第40話 n週目
その言葉に、フロックスは力無く崩れそうになったが――しかし気力で堪える。
分かっていたはずだ――予想していたはずだ。
――もう、故郷はどこにもない、と。
「そうか――」
そう呟いたフロックスに――ビャクヤは。
「……なにを人生が終わったみたいな顔をしてるのよ。
もしかして――え? あんたって、自分の星の特性すらも忘れたってことなの?」
特性――確かに、そんなものがあったような気がする。
ウッドの特性は、『増殖』惑星――。
しかしその増殖というのは――。
「ムクロは全てを殺すんだ。星の特性なんてものは、星が生きていなくちゃ発動しない。他は違うかもしれないが、ウッドはそういうもんだ。
だからムクロが解き放たれた時点で、ウッドの増殖は殺されている――」
「え、いやでも――」
ビャクヤは、なんだかきょとんとしながら、
「でも、だって今もウッドは存在しているし――、
ただ、以前とはまったく、形や名前を変えて、だけどね」
フロックスは――目を見開いた。
「今は『増殖惑星・プラント』になっているよ――住民も全員、無事。
予感でもあったんじゃないの? ムクロの試用実験の時にはもう既に、住民はいなかったって報告書にも書いてあったし――」
「じゃ、じゃあ――」
「うん。星は名を変え、形を変えたけど――つまり、住民のみんなは無事ってことだよ」
その言葉で――あの時の判断は無駄ではなかったと、フロックスは思えた。
十三年間――ずっと、余計なことをしたかもしれないと思ってしまっていた。
でも――それを聞くだけで、自分のやったことは無駄なんかではなかった、と思えた。
たとえ、なにも影響を与えていないのだとしても――気持ちの問題的に、楽になれた。
ああ――もう死んでもいいと思えるほどに――、
「――ていうか話の続き、早く」
と、ビャクヤ。
「あ、はい――」
思わず敬語になったフロックスは――話の続きを。
「……ムクロだと思っていたが、実はフォロウだった薬品を持って逃げたはいいんだが、けどすぐに見つかったんだ。そして追いつかれ、ミサイルで攻撃をされた。
あっちは戦闘機で、こっちはただの宇宙船……勝てるわけがなかったんだよ」
「え――でも」
「ああ、分かっている――今、こうして生きている」
生きているのならば――、
「オレたちはそこで死んじゃいねえってことだよ。宇宙船は壊されて、宇宙空間を漂っているだけの存在になりそうだったが、かろうじて、宇宙船が最後の力を振り絞ったんだ。
ただの直線運動しかできなかったが――、ただの、前に進むだけのことしかできなかったが、それでも充分だった。そしてオレたちは、『地球』に辿り着く」
そして――。
「地球に辿り着き、着地した場所が――この家だった」
朝凪家の――屋根を突き破り。
二階の地面をぶち壊し、リビングに衝突した。
それが意味することは――、
「オレたちはな――日野の両親を、そこで殺しちまったんだよ」
殺した――宇宙船で、踏み潰した。
気づいた時にはもうどうしようもなく――二人の地球人は、即死だった。
残った一人の、地球人の子供は――、
「その時、日野はな――笑っていたんだ」
今とは違って。
「そう、よく笑っていた――両親が死んだことなど分かっていない様子だった。無邪気に笑って――子供らしく、生きていた。両親を殺しちまったのはオレたちの責任なんだ――だったら、思うだろ。この子を、日野を育てるのは、オレらしかいないだろって」
不幸は――けれどそれだけではなく。
「両親が死んだ――それだけならまだ良かった。いや実際は、全然良くないんだが、ここは良いことにして、だ。問題は別にあった。オレたちが持ってきたフォロウ――その気体が入っているビンが割れて、もろに、日野は全部を吸っちまったんだよ――」
フォロウの効果を知っているビャクヤは――そのことを聞いた時。
いまいちそれが問題として機能しているのか、判断できなかった。
「フォロウって、でも、一日をもう一度やり直せる程度のものでしょう?」
「ああ、そうだ――感覚操作ってやつだよ。一日が終わり、眠れば、夢の中でその一日をもう一度、やり直すことができる。いや、やり直すってことじゃねえな。直すことはできねえ。辿ったルートを、そのままもう一度、味わえるだけなんだよ。
一日の反省をしたい時に使われる薬品なんだが――、これはな、ごく少量で充分なんだよ。間違っても、ビン一つ分の気体を吸い込んでいいものじゃねえ」
薬品が生む恐怖――、
想像することで、ぞくりと、ビャクヤの心が、縛られた。
「え、じゃあ――」
「気づいたか? まあ想像している通りだと思うが――日野は、ごく少量でいいものを大量に摂取した。ごく少量で一日の反省――しかし日野は、ビン、一つ分。
それが意味することは――ここから先はオレの勝手な予想であるが、日野はきっと――」
一呼吸を入れて――フロックスは。
「日野は一日を過ごし、眠ることで、
今日を含めた最新の一週間を体験している」
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