Episode4
第41話 背景に染まる
聞いて、ビャクヤは今――日野の人格の根本を見た気がした。
一週間を繰り返す――それを、十三年も続けている?
それは、日野の精神は既に――人が本来、辿り着けない領域に辿り着いている。
それならば納得がいく――何度も何度も、同じことの繰り返しならば、いずれ、慣れてくる。
生きるということに、生活をするということに、関わり合うことに、コミュニケーションを取ることに――なにもかもが。だからなにもかもに、興味がないのも――頷ける。
繰り返すことに慣れてしまえば――変化をつけないという結果になっても変ではない。
どうせ繰り返すなら――動きは少ない方がいい。
笑顔はいらない――怒りはいらない――悲しみはいらない。
そもそも、色々なことを日野は体験し――もう飽きるほどに、慣れたのだ。
それが今の、日野の姿――。
限界を越えた――無の姿。
「――――っ!」
ビャクヤは、別にフロックスを責める気はなかった。
フロックスのせいではない――これはただの事故で、仕方のないことなのだから。
でも、それでも思ってしまう――、
「なんで、日野なの……」
拳を、握り締めて。
――彼でなくても、良かったじゃないか。
なのに――なんで、彼なのだろうか。
「どうすれば……」
ビャクヤは、ぼそぼそと呟いた。
「どうれば……どうすれば、どうすれば……。
――っ、どうすれば日野の症状を元に戻せるのよ!?」
ビャクヤはフロックスの胸倉を掴んで、引き寄せる。
もう力に、手加減はなかった。
「治す方法は、ある……ある――が」
フロックスは揺さぶられる意識に堪えながら、思考を巡らせる。
「当たり前の話だが、解毒剤がある――、本来ならば効果はすぐに、一日で切れるもんなんだが、日野の場合は、ちと特殊でな……。濃度がかなり濃く、あれだけの量となれば、フォロウの効果はあと、十年以上は続くだろう。フォロウはこれでも一応、毒なんだ。
麻薬と一緒だ――感覚を刺激しているんだからな」
「なら――その解毒剤を……」
「あったら使ってるだろうが。ねえよ、そんなもん」
ならば結局、今がどうしようもない状況に変わりないではないか――。
治す方法があるとか言って――無駄に期待をさせられた。
掴んだ胸倉から片手を離して、無意識に殴りかかろうとしてしまったビャクヤだったが、
「でもよ――さっきお前は言ったよな? オレたちはパラディナイツに追われている……任務についているのは、サクヤ・ホワイツナイツってな――」
胸倉を掴んでいるビャクヤの手は、片方しかない。
それならばフロックスでも簡単に解くことができる――、
手で手を払い、ビャクヤからの拘束から抜け出し、バランスを取るフロックス。
「十三年前、あいつは小さかったが、既にパラディナイツに所属していた。オレみたいな下級よりも下の、そもそも兵士ではない奴なんかが会える存在ではないんだが――、
けど会えなくても、見ることはできるんだよ」
情報を――と、フロックスは不敵に笑う。
「あいつは用心深いだろ? 使うはずのない薬品の解毒剤を常に少量、持っている。それはあいつの癖みたいなもんだ――、十三年前はよく見ていたよ、使うことのない薬品の解毒剤を持っていこうとして、いらないと色々な奴に言われているあいつをよ。
けど、それでもあいつは持っていこうとした。結果――持っていった。あれだけ染みついている癖なんだったら――年月が経っていようが、抜けてねえだろ」
「…………」
ビャクヤは、なるほど――と手を叩く。
同時に――見直した。
フロックス・ダイナマイツ――彼の情報力は、正確だった。
確かに姉――サクヤ・ホワイツナイツは、そういう行動をする。
ならば――、
「姉さまに、会いにいくべきってことね……」
どこにいるかは分からないが、それは探しながら考えるしかない。
もう手遅れかもしれないけれど――、日野はもう、これ以上、壊れないくらいに、限界まで壊れてしまっているのかもしれないけれど――、
しかしビャクヤは、今すぐにでも彼を助けたかった。
地獄の一週間――、繰り返す一週間から、抜け出させてあげたかった。
それに――茅野の方も。
なににも興味を持とうとしない――それが、フォロウのせいなのだと言うのならば。
フォロウがあるせいで今も、現在進行形で感情を殺しているのだと言うのならば――まずはフォロウの効果を消して、感情を殺すという行動の意味を失くす。
繰り返すことはないのだから、もう、一度しか一日を味わえないのだから――感情を持っていた方がきっと楽しいと、彼に教えるために。
そして感情を取り戻し――茅野に、きちんと告白の返事をさせるために。
姉・サクヤの元へ向かおうとしたビャクヤは――、
「――え?」
と、頭の中に、矢が突き刺さるような感覚がした。
――敏感な感覚が、なにかを感じ取った?
「……どうした?」
眉をひそめて聞くフロックスは、一度目は気づかなかったようだが、しかし、
二回目の変化に気づくことはできた。
「――今、震えた、よな?」
感覚が――揺れた。
なにかを察知した。
察知したなにかの中心地点は、ここから近い――。
そこでビャクヤは茅野の――フロックスはキヌオの身が心配になった。
ぞぞぞ、となにかが蠢いている光景が目に浮かぶ――、それはそれぞれの想像ではあるのだけれど、その想像がまったくの的はずれの想像だとは思えなかった。
無意識で考えている想像――、
感覚が察知したものを、分かりやすく脳内で再生させてくれているのだろう。
だとしたら――想像通りのことが、外で起こっている。
「――い、いくわよ!」
ビャクヤはフロックスを引っ張り、部屋を出ようとした。
「いくって、おま――どうやっていくんだよ!?」
「大丈夫、宇宙アイテムがあるからっ!」
ここから目的地まで、大した距離はないけれど、だが走っていくよりは、危険性や時間のことも考えて、乗り物のアイテムを使った方が断然良い。
ビャクヤは取り出したリモコンのボタンを一つ押して、小型のバイクを出現させる――、タイヤのような、しかしタイヤではない輪の形をしたものは、縦ではなく横になっていて、それは地面を走るものではなく、地面から浮く用のものだった。
バランスを取るのが難しく、ビャクヤが上手く扱えないこその、進んでしたくはない二人乗りだったのだが――、だが、今は怯えている場合ではない。
操作を誤り、事故を起こしても、それは覚悟の上だった。
まだバイクに関しては初心者であるビャクヤは、バイクに跨り、手を震わせながら、
「ど、どうぞ」
「乗りたくねえよ! なんだお前のそのガチガチは!
オレが運転した方がいいんじゃねえか!?」
「じゃ、じゃああんたが運転すればいいじゃない!」
「オレはもっと初心者だ!」
小さい頃から研究しかしてこなかったフロックスに、運転の技術はない。
分解や組み立て、理論を紐解くのは得意なのだが――、
そう呟くフロックスには元々、ビャクヤは期待などしていなかった。
「――い、いくわよ。いくから乗りなさいって!」
「まじか! ったく、分かったよ!」
渋々と言った様子でバイクに跨ろうとするフロックスの肩に――、
その時、手が置かれた。
そして、フロックスの後ろから――視点を変えて、ビャクヤの目の前から。
彼は――誰に流されたのではない、自分の意思で言った。
「ぼくも連れていって」
日野は見ていた――。
自分の母親が、フロックス・ダイナマイツに変わったところから――全てを。
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