第42話 突然変異
「いつから気づいていたんだ――……その、お前の両親が、オレたちだって」
「さあ? いつからだろうね……。
でも、ぼくの本物の両親じゃないってことは、なんとなくで分かっていたけど――」
宙を飛んでいるバイク――、
運転しているのはビャクヤで、そのビャクヤの腰にしがみついているのが日野——、
そしてバイクの席、後ろぎりぎりのところになんとか座っているのが、フロックス。
合わせて三人の――バイク三人乗りであった。
三人だから速度は遅く――だがそれが幸いし、ビャクヤでも上手く扱うことができていた。
のろのろと速度は遅いが、しかし、蛇行運転のような不安定な運転ではなく、真っ直ぐ、直線に進んでいる。
障害物がないから避けなくても問題はない――真っ直ぐに進める。
そんな中で、フロックスと日野のそんな会話――。
ビャクヤはその会話に、言葉を挟むことができなかった。
彼女は運転に集中するために必死に前を見ている。だが自分の腰にしがみついている日野の腕を見て、背中に感じる彼の温かさを感じて、顔が真っ赤になっていた。
日野のことが好きなんだと意識し始めた途端に――これだ。
これならば『好き』と知らない方が良かったのではないか、と、『気づいた気持ち』に後悔もしたけれど、だがそれも刹那と言えるような時間の流れで、あっさりと途切れることになる。
目の前には――黒い『なにか』が、飛んでいた。
黒い羽――黒い体――光る、赤い目。
思い出す――遊園地で遭遇してしまった、完全昆虫型の宇宙人。
昆虫惑星・ダストバグ――モデルはスパイダー、種の名は『デーモン』。
しかしそれそのものではない――、
「あれは、子供?」
デーモンの、子供。
それが空を埋めるほどに、空中に飛んでいた。
だが――待て。
デーモンの子供だというのならば、それはそれで納得できるが、しかし。
「どうして、モデル・スパイダーって言っているのに――なんで飛ぶのよ!?」
ビャクヤの疑問――その叫びにフロックスは、
「ま、ありゃあ突然『変異種』だろ」
「突然変異種……」
日野が疑問符なしにそう聞いた。
フロックスは分かりにくい、感情がない彼の言葉の意図を理解して答える。
「名の通りだよな――実際、デーモンが地球にくることは少ねえんだ。少ないというか、ないだろ、そもそも。今回が初めてのパターン。なら――可能性はある」
フロックスは立ち上がり、足を踏み外しそうになった時のことを考え、日野の頭に手を置いて支えにし、デーモンを観察する。
「初めての環境。慣れない土地――生存本能が動いたんじゃねえの? つーか、デーモンが子供を生むってのも珍しいもんだ。よっぽどのことがない限り、デーモンほどの種が、他の惑星で子供を産むなんてのは聞いたことがねえし――」
よっぽどのこと――たとえば、死に間近の時。
「地球に、デーモンに傷を与えるほどに強い奴がいるなんて思え――」
そこでフロックスは――びくりと震えたビャクヤの様子に気づく。
その震えは――、まるで今の現象が自分のせいだ、とでも予想をつけてしまった時の震えによく似ていて――、
「まさか――お前……」
「わ、わたしじゃない! これは姉さまが!」
ぐらぐらと揺れる、荒い運転になったバイクの上で、冷静に――、
「前」
日野の言葉がビャクヤの胸に突き刺さり――、
ビャクヤは運転を安定させながら、遊園地で起きたことを説明した。
「――なるほどな。ま、ならあれだけの子供を産むのも分かるが……」
フロックスは下を覗込んで、
「このデーモンの子供、生まれるためのエネルギーは全部、茅野から奪ったものだろうな――」
その言葉に反応を示したのはビャクヤだった――。
「え?」と彼女はフロックスと同じく、視線を下に向ける。
そこには茅野と――キヌオがいた。
茅野をお姫様抱っこして、屈んでいるキヌオ……。
それを見たビャクヤは、我を忘れてすぐにバイクを下へ向かわせる。
地面ギリギリで停止したバイクは、一瞬の間の後にどすん、と地面に着地。
それを待たずに、ビャクヤはバイクから飛び降りて、茅野の元へ駆け寄った。
「あ……お前は、」
「そんなことよりも、茅野は! 茅野はどうなったの!?」
茅野は――彼女の皮膚は裂けて、破れていて、血は出ていないがそれでも、大変な状態というのは見て分かる。皮膚の穴は最初は小さかったのだろう――、だがデーモンの子供は、皮膚から出てくる間に成長していき、やがて手の平サイズになって、皮膚を完全に突き破った。
それが、茅野の全身で起こっている。
空にいる、数え切れない、空を覆い尽くすほどのデーモン……その子供。
それだけの数が、茅野の体から突き出てきた――もう彼女の体は、ぼろぼろだった。
ビャクヤは優しく、茅野の頬を撫でる――それから、空を見た。
地球という場所で起こった、突然変異――羽が生えた、デーモン。
相手がサクヤだったからこそ、あの時は一瞬で敗れてしまったが、しかしデーモンの強さはビャクヤでも勝てるかどうか分からない程度には、強い。
親であれなのだから、子はもっと弱いのだろうけれど、だが今度は個の強さではなく、数の強さ……、弱い力でも積み重ねれば、それは一撃よりもダメージは強力になる。
一撃でない分、一回で終わらない分――数が多い方が精神的にもダメージがある。
戦闘ができるのはビャクヤ――そしてフロックス。
いま観察してみたところ、キヌオに戦闘はできなさそうだと判断した。
できないだろう――茅野を抱えたまま、涙を流している彼に、戦えなど言えるわけがない。
言えるのはそう――フロックスくらいなものだ。
「おい、なに泣いてやがんだ。別にお前のせいじゃねえよ」
「でも――」
涙を流し、鼻水を垂らし――、情けない顔を晒しているが、
ビャクヤは、そんなキヌオを、格好悪いなんて思わなかった。
空に広がるデーモンを前にしても、茅野を抱いて、守って、離れなかったその意思を。
ビャクヤは、尊敬する。
「大丈夫――あのデーモンたちは、わたしが
「なんだかお前の発言の『やる』は、『殺る』に聞こえるんだけどな――」
フロックスは、言いながらも短刀を手に構えて――、
「まあ、付き合うが」
「あんた、強いの?」
「サクヤに比べたら弱いが――戦えないわけじゃない」
デーモンたちを前にして、ビャクヤとフロックスが、並んで立つ。
短刀を持つ――フロックス。
銀色のペン、『デリートS』を持つ――ビャクヤ。
そして彼、彼女よりも前に出たのは――日野だった。
「ちょ、あんたなにやって――」
「きた」
彼はそれだけ言って、指を天に向けた。
指し示したところに――絶対の確信を持って。
――彼は一体、なにを見ている?
日野が指し示す場所には、デーモンの大群がいるだけで、他にはなにもない。
ビャクヤはもう一度、目を凝らしてそこを見てみるけれど、やはりなにも見えない――、
自慢の感覚に頼っても、なにも感じ取ることもできず、日野の唐突な行動に疑問しか覚えられなかったが――、
だが、空にある黒のカーテンが縦に裂かれるのを見て――ビャクヤは気づいた。
「あ……え? ねえ、さま……?」
サクヤ・ホワイツナイツが、空中で大剣を一度、振り下ろした。
そしてその振り下ろした一撃の余波が、周りにいたデーモンを吹き飛ばす。
分かれた黒のカーテン――、
覆っていた空から飛び出してきたのは月……、満月だった。
月の光が周りを照らしたことによって、デーモンよりも恐ろしいものが見えてくる。
大群はデーモンだけではなく――空にいたのは、『パラディナイツ』――騎士隊。
サクヤの部隊――。
その数は、今のデーモンの数よりも、遥か上をいく。
「姉さまも、異変を感じ取って――」
そこでビャクヤは、ばっ、と日野の方を向く。
どうして――彼はサクヤの出現を知っていた?
いや――なぜ、気づくことができた?
視覚では当然、無理だ。
どれだけ目が良くても、それは地求人の視力でしかない――、ビャクヤでもギリギリの位置である。現段階で、近づいている状態のサクヤの姿なら見えるけれど、さっきの登場するよりも前の位置では、いくらビャクヤでも分からない。
それに、黒いカーテンがあったのだから、そもそもで視覚では無理なはずだ。
では――そうなると後は、感覚という話になってしまうが。
しかしビャクヤでも感じ取れなかったのだ――それは、日野にだってできるとは思えない。
でも――できるとしたら?
原因は分からないけれど、できるとしたら――?
「……もしかして」
「――そう、ビャクヤが考えていることが正解よ」
天から声――、サクヤ・ホワイツナイツが、デーモンを斬り裂きながら言う。
彼女は上空の、なにもないところを地面としているかのように――立っていた。
騎士隊も同じく――彼女、彼らには、天も地も関係ないのだろう。
空中を自由に移動できる力を使用しながら――そして。
サクヤはちらりと、フロックスとキヌオの姿を見てから――しかしそれには触れずに、
「まあ、言いたいことは色々と、お互いにあるだろうけど――それよりも。
あの時、遊園地でのこと――デーモンの姿は、そこの少年と少女には見えていた。それはなぜかって話だけれど……ビャクヤ、あなたが一緒にいることで、その二人にはあなたのエネルギーが渡ってしまったのよ。
その意味が――分かる?」
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