第43話 とある少年のわがまま

「え……」

「分かってなさそうだから、ヒントもなしに答えを言うわよ――」


 サクヤは動きを止めて――ビャクヤを見る。


 そんな彼女の後ろから――デーモンが迫る。

 だがそのデーモンは、一瞬で塵へ変化した。

 小さくなって分かりにくいが、

 デーモンの体は縦に横に細かく切られていて――微塵切りにされていた。


「ありがと――」

 サクヤは後ろにいる人物に、顔を向けずにそう言った。


 彼女の言葉に――全身を鎧で覆っている騎士隊の隊員が、一礼。

 そしてサクヤに意識を向けながら、周りにいる、迫るデーモンを同じく微塵切りにしていく。


「優秀でしょ、私の部下は」


「それで――答えはなに?」


 焦らすつもりはないのだろうが、それでも結果的に焦らしているように見えてしまうサクヤに、ビャクヤに代わって、日野が言う。


「そうね――」

 サクヤは、日野の言葉に頷き、


「……答えはね――少女の方は、ぎりぎり大丈夫だったらしいけど、その少年は、こちら側になってしまった。

 ――つまり、君はね、もう地球人ではなく、私たちと変わらない体質になっているのよ」


 地球人とは違う。

 だが――宇宙人としては、劣化版になってしまっている。


 中途半端な存在。

 危険に巻き込まれながらも、決して強さを持ち合わせていない存在——。


 それが今の日野だった――。


「だから、黒いカーテンで埋まっているのにもかかわらず――私の姿など見えていないのは当たり前で、デーモンという感知を邪魔する障害があるのにもかかわらず、君は私の登場を察知できた。それは――ビャクヤ以上の感知能力を有していることになるけれど……」


 でもね、とサクヤ。

「察知はできても、君は――対応はできないでしょう?」


 察知はできてもその後がない――それは。


 宝の――持ち腐れ。


「強力な力も、使えるだけでは役には立たない。他の特技と組み合わせることで、それはやっと能力として機能することになる――技として、力としてね」


 サクヤは日野から視線を逸らして――、


「地球に長くいることで起きたのが、これよ――ビャクヤ。あなたは一人の少年を地球人から無責任にも、上のランクへ上げてしまった。どうするつもり? あなたが守りながら侵略をするって? これ以上この星にいて、他の子まで同じような目に遭わせるまで?」


 自分のせいで――日野が、危険に晒されている。


 自分のせいで――茅野までもが、そうなりそうな状況になっている。


 サクヤは、ビャクヤの傷を自覚させて――広げて。


 侵略という意思を、ビャクヤから削り取ろうとしていた。


 そして追撃として――いや、とどめとして。


「ねえ、ビャクヤ。あなたはそこの狐と狸まで隠して、私の任務を邪魔するつもり?」


 とどめが機能し――ビャクヤの膝が崩れた。


 計画通りに――、ビャクヤの気持ちは、ここで折れる。


 ―― ――


「ごめんなさい、ごめんなさい……日野、ごめんなさい……」


 ビャクヤの声は震えていた。

 彼女は俯いていた――影で表情は見えないけれど、泣き顔だということは分かる。


 でも――なぜ、泣いているのだろうか。


 日野は、自分の身になにが起きているのか、分かっていない――わけではない。

 サクヤの言っていることは分かる――分かりやすいくらいで、説明が上手いなと思うほどだ。


 だが、そう――、そうのんびりと余裕を持ちながら聞いていられるくらいに、日野にとっては焦るような事態ではない。


 自分のことなどはどうでもいい――だから、気になることを。


 日野にしてみればそれは――どうでもいい、と片づけられることではない。


「ねえ――その任務って、『これ』を捕縛するってこと?」


 日野はフロックスとキヌオを指し示す。


 サクヤは――、

「そうよ」


「捕縛して――どうするの? 刑務所にでも連れていくの?」


「まあ、そういうことになるでしょうけど――」

「何年で戻ってこれる?」


 次々と質問をするこの日野の光景は珍しい――。

 フロックスもキヌオも、そんな日野をじっと見つめる。


 そしてビャクヤまでもが――日野に注目していた。


 空では――、まだ戦いが繰り広げられている。デーモンの数は減っていないように見えるが、けれど実際には減っているのだろう――、

 だが減ってはいてもしかし、減っているように見えないのは、精神的にくるものがある。


 そんなデーモンと騎士隊の男たちの戦いを背景にしながら、サクヤは言う。


「残念だけど、罪が重いからね――間違いなく死刑でしょうね――」


 サクヤは告げた。

 そして――次のセリフに、全員が驚いた。


 本人を除いた誰もが驚き――サクヤでさえも声を出して驚いた。



「――嫌だ!」



 日野が――そう言った。

 日野が――わがままを言った。

 日野が――感情を見せた。


 まるで――子供のように。


 まるで――フォロウを吸い込んでしまう前のように。


 黒く染まり切った瞳は、今は――光を取り戻していた。


「……それは嫌だから、引いてくれるとありがたいんだけれど――」


 だがそれは一瞬で――、すぐに瞳は、黒く染まる。

 感情のない瞳に戻ってしまう。


 しかし以前の日野とは確実に違う――、

 それは唯一、本人だけが分かっていなかった。


 けれど本人以外は全員――分かっていた。


 日野の変化――。

 やはりきっかけは――ビャクヤなのだろう。


 彼女が侵略をしにきたからこそ、日野はこうして、一瞬でも感情を見せることができた。


 だから――自分が変われたことに自覚はないが、それでも、日野は言う。


「ビャクヤが謝ることなんてなにもない――ぼくは後悔なんてしていない」


 日野は、ビャクヤを見下ろす――。

 ビャクヤは日野を見上げて、


「……うん」と――、侵略者としてではなく、乙女の声で頷いた。


「――で、少年」


 上空で、サクヤは冷たい眼差しで――日野を睨みつける。


「嫌だ、と言われてこちらが、『はいそうですか』、とでも言って、諦めると思っているのだとしたら、私だけじゃなくて、全てをなめているとしか思えないわけだけれど――」


「もちろん、交換条件は、あるけどね――」

「ふうん……、それは?」


「ぼくを差し出すよ」

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