第44話 普通を探す旅
「なっ――」
日野が出した交換条件に、誰よりも早く反応したのはビャクヤだ――。
彼女は日野の前に立ち塞がり、
「なに言ってんのよあんた! 自分を売るって、どういうことだか分かってんの!?」
「分かっているよ」
「分かってない!」
冷静な日野とは真逆に――ビャクヤはどんどんと熱くなっていく。
「自分を差し出すってことは、ナイツにいくってことで、パラディナイツに入るってことなのよ!? それは奴隷として扱われてもおかしいことじゃないのよ!?」
「別に――それだけのことじゃないか」
「なん――、どう、して……」
事の重大さを理解していないのか――できないのか。
それとも理解していながらも――覚悟の上なのか。
どれだとしても――どれでもないとしても、ビャクヤは。
「わたしの気持ちも、考えてよ……」
「…………」
力強く叩いたつもりらしいが――、しかし日野の胸が叩かれた時のビャクヤの力は、限りなく弱かった。自転車に乗った時に当たってくる風よりも、力はないように思える。
そんなビャクヤはそっと――日野の胸に、顔を埋めて。
「やめて……」
服をぎゅっと掴んで、
「自分を、大切にして――」
「いいや、やめない――ぼくは、この道をいくよ」
日野は、体重を預けてくるビャクヤを――彼女の力を、横へ流した。
ビャクヤはそのまま横に逃げてしまい、地面に手をつく。
日野の決心は固く――、ビャクヤでも、崩すことはできなかった。
それはたぶん――茅野でさえも。
―― ――
「――優しいね……日野くんは」
「そんなことはない」
「優しいよ――だからこそ、私は好きだったんだ……」
「そんなことはないよ」
「日野くんは自分を犠牲にして、二人の子を助けようとしている」
「お前の妄想だ」
「でも、いいけどね――」
「澪原は――」
「うん?」
「澪原は――いや、澪原の声が、なんでいま、こうして聞こえるんだ?」
「さあね? 自分が地球人じゃないからじゃないの? 分かってるじゃん、日野くんは」
「なるほどね――それで、澪原は全身、穴だらけで、死ぬの?」
「死なないよ」
「死なないの?」
「死んでほしかった?」
「どうだろうね」
「そこは冗談でも、死んでほしくないって言ってほしかったけれど……」
「それが――普通なの?」
「さあ? どうだろうね。日野くんは、普通がいいの?」
「普通がいい――うん、普通が良かった」
「なら――やってみればいいんじゃないかな?」
「うん?」
「ビャクヤちゃんと一緒に――普通ってやつを、見つけても」
「……澪原が言うなら、そうしようか」
「じゃあ――今度は直接、話そうか」
「ああ、澪原――」
「なあに?」
「直接、話す時は――返事、きちんと言うよ」
「うん、待ってるよ――」
―― ――
そして――。
日野は見上げ――、満月の中心地点にちょうど重なっているサクヤに、眼差しを向ける。
「サクヤ・ホワイツナイツだったよな? ――ぼくは朝凪日野。地球のことならば、ぼくに聞けばいい。情報は、いくらでも持っている。これを聞けば、地球を侵略しなくとも、平和的な解決が望めるんじゃないか?
元々、地球に戦闘の意思はない。手元に置いておきたいのならば、ぼくの情報を貰っておいても損はないはずだけれど。あと、よく考えてみればいい――、ぼくを逃せばきっと、こうして交渉できる奴は、地球人にはいないぞ。
地球人は臆病だ。誰も彼もがぼくみたいに、自分を捨てているわけじゃない。そこで交渉だ――ぼくの所有権を、お前にやる。だからビャクヤが任されている地球侵略の取り消し、そしてそこの犯罪者の見逃しを要求する――」
日野はサクヤの返事も待たずに――。
たとえ、されようとしていた返事がその提案を飲むための返事だったとしても、日野は告げる次の一言を変えることはなかっただろう。
予定通りに、それから日野は――最後の一撃を叩き込む。
「どうだ、サクヤ――。
こうすればお前が望んでいた、妹と生活できるという願いが叶うわけだが――」
その言葉に、「え?」と声を出したのはビャクヤと――サクヤだった。
ただしサクヤは――顔を真っ赤にしながら。
まるでそれは、隠し事がばれたことを、必死に隠そうとする子供のように見えて。
「な――なんてことを言うんだお前はああああああああああああっっ!」
サクヤが、大剣を振り回しながら叫ぶ。
完全に冷静さを欠いている――騎士隊も、これには動きが止まった。
「ちょっ……ねえ、さま?」
「ビャクヤ!? 今は私を見ないで! 目を逸らして!!」
「いいじゃん、妹なんだから。
――それともなに? 妹に、妹以上の気持ちを抱いているとでも?」
「お前――こら少年! お前、吹っ切れたのか!? すごく活き活きしてるけど!?」
「――で、どうするの? シスコン」
「直接っ、言いやがった! さすがにそこは言わないだろうな、なんて期待はしていたけれど、余裕でその期待を裏切ってきやがったな、少年ッ!」
そのやり取りは――周りの時を止めるほどだった。
サクヤのその慌てる様子もそうだが――日野の方。
日野のころころと変わる表情は――見ていて心が温まる。
ああやって笑うことができる。
ああやって楽しそうな顔ができる。
日野の――本物を見た気がした。
そんな日野に見惚れて、動きが止まってしまったビャクヤは――。
だが、姉の言葉を思い出し、数秒の硬直から自力で抜け出した。
音速以上の速さで上空から地面まで降りてきたサクヤは今――、
日野の頭を脇で挟み、その状態のまま彼の口を塞いでいるところだった。
どうやら――、日野はサクヤの、人に言われては困ることを色々と知っているらしい。
それは――やはり自分が一緒にいてしまったから――。
一緒にいたからこそ日野は、地球人よりも上位の存在になってしまい――こうして地球人にはできないようなことができてしまうようになった。
ビャクヤはそのことに負い目があったのだけれど、しかし、地球人ではなくなったために生まれた日野のその特技のことを考えると、
そこまで悪いことではなかったのかもしれないと思ってしまう……。
だとしても――負い目は感じておくべきだが。
日野の人生を悪い意味でも良い意味でも――奪ってしまったのはビャクヤなのだから。
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