第35話 茅野の決断

 ――ばれた!?

 ――いつ、どこで、なんで!?


 茅野から飛び出した、いきなりの言葉の砲撃――、彼女に悪意はないだろうが、けれどビャクヤとしては攻撃されたと言っても過言ではないほどの言葉であった。


 侵略をしにきているのだ――日野の場合は例外だが、侵略対象に正体がばれてはいけない……というのは当たり前のことなのだ。

 隠し通すのが普通で、そうするべきで――、

 今までばれないようにと、振る舞ってきたというのに。


 なのに――茅野は、そんなビャクヤの正体を見破った。


 だが――、疑問符をつけて聞いているということは、まだ確信は、ないのではないか――。


 ――いや。

 しかし、ビャクヤは茅野の表情を見て、分かってしまった。


 彼女はきっと、ビャクヤが宇宙人だということを確信している――、本人に聞いたのは、宇宙人ということを本当かどうか、はっきりさせたい、というわけではないのだろう。

 もう一段階、上――。

 ビャクヤを宇宙人と確定させた上で、茅野は、その後を聞いているのだ。


 宇宙人だから――地球人だから。


 その関係の境界線上には、大きな大きな壁がある――相手がどんな身分なのか知っているのと知っていないとでは、対応が違うことなど、多々ある。宇宙人と地球人――、侵略する側とされる側。その間にある壁――、壁があるのだから、拒絶をするのが普通だ。

 ビャクヤのことを突き放すのが普通だろう――、

 普通ならば、茅野が、普通の少女ならば、そうだが。


 けれど茅野はそれでも――、ビャクヤのことを拒絶はせず。


 正体を分かっていながらも、拒絶せず――今もまだ、ビャクヤを友達として見てくれている。


 茅野の質問に答える――前に。


 ビャクヤは日野を睨みつけた――自分は、正体をばらした覚えはない。


 なら――可能性としては正体を知っている日野ということになるのだが――、


「ぼくはなにもしていないよ」


 日野は、睨みつけてくるビャクヤの思考を読んだかのように、意図を察し、返答する。


「もしばらしていたとしても、口止めされていたわけじゃないから――、

 文句を言われる筋合いはないんだけれど……」


 確かに――そうだ。

 ビャクヤは一度も、自分が宇宙人だということを誰にも話すな、とは言っていない。


 口止めをしなかったのは、ビャクヤのミスだとも言えるし――それに、日野にならば言ったとしても、広められることはないという信用からか。

 事実、日野は誰にも言っていない。

 口の堅さは最高級の日野である。彼に向けた信用は、正解だったわけだ。


 だがそれでも、茅野にはばれている――。


「なんで――」

 自分は言っていないし、日野だって言っていない。


 となると、残すはどこかで聞かれていたか――ということになるのだが、


「――あ、」

 そこでビャクヤは――思い出した。


 そう言えば、あった。一つ、もしかしたら茅野に正体がばれてしまったのではないか、と思ってしまうような危ないシーンが、一つだけ。


「あの時――屋上の話を……」


 転校初日――、

 日野と出会ったあの日。そして日野を侵略すると決めたあの日。


 あの日の昼休み――茅野は屋上にいた。

 当時はそれを知らなかったからなのだが――彼女がいるのにもかかわらず、ビャクヤはぺらぺらと、自分が宇宙人だということを、それに関係する色々なことを、日野に話してしまっていた。日野だって、口が堅いとは言っても、一度も直接、口に出すことはしない――というわけではない。ビャクヤが言った言葉を繰り返したり、質問したりもするのだ。


 あの場に――茅野がいた。


 ならば当然、距離はあったけれど、話を聞かれていたとしてもおかしくはない。


 あの日から――。

 あの時から茅野は――ビャクヤの正体を、知っていた。


 しかし彼女は――、


「……知っていながらも」

 ――それを表に出さずに、内に秘めてくれていた。


 茅野が、人格として静かで、前にぐいぐいと出ることができなくて。

 誰にも打ち解けられないから話すことができない――のではない。


 言おうと思えば――広めようと思えば、茅野にだってチャンスはあったはず。


 やりようはいくらでもあった――でも。


「ばらそうとは、しなかったんだ――」

「……しないよ、そんなこと」


 茅野は言う。


「ばらすことで、ビャクヤちゃんはきっと、傷つくと思うから――」


 それを聞いたビャクヤは――、

 決心が、ついた。


 どうしようかと思っていた――迷っていた。

 日野ならば心配はないが、茅野には心配があった。行動が読みやすく――、だが候補に挙がる、どの選択肢の行動を取るか読めないため、

 先手を取られる前に、記憶を改竄するべきかと悩んでいたが――、


 けれど今、必要ないと分かった。


 茅野になら――全てを語ってもいいと。


 そう思えるような――地球人。


 ビャクヤは茅野に、「座って――」と。


 そして――、


「わたしは宇宙人……ビャクヤ・ホワイツナイツ」


 正体を明かした後、語る話のまず最初の一つ目は――、


「――わたしは、地球を侵略しにきたの」


 ―― ――


 そして――。


 ビャクヤが一人きりで話した後の――沈黙。


 二人きりの部屋――日野と茅野だけの空間。


 ビャクヤは宇宙人で、この星を侵略しにきた――、ただその侵略は、武力行使ではなく、話し合いのような平和的な方法だということを聞いて、安心はできたけれど、だが侵略という言葉自体に、あまり良い印象はない。

 他の宇宙人に侵略されるよりは、確かにビャクヤの方がいいけれど――、

 だが友人として茅野は思う。侵略なんてしないでほしい、と。


 だが、侵略をしないとなると――それはそれで問題が生じてしまうし、いま以上に最悪へ進んでしまうような状況になってしまう。

 けど茅野からすれば、それはどうでもよくて、

 ただ嫌なことは一つ――、侵略をやめてしまえば、ビャクヤは、星に帰ってしまうのだ。


 柔軟惑星――ナイツへ。


 せっかく見つけた友達なのに――仲良くなれた友達なのに。


「そんなの……嫌だよ」


 ――小さく呟く。小さい声なのにしかし、部屋中に響く。


 ビャクヤは今――この場にはいない。

 彼女は一通り話してから、喉が渇いたらしく、それに日野と茅野のことも考えたらしく――、

 一階へ下りて、飲み物を持ってくると言い、部屋を出ていった。


 ビャクヤがいない今――色々と、考える時間だ。


 心を落ち着かせ――覚悟を決め、

 どうするべきか、最後の判断をするところだ。


 けど――、心の中にはわがままから生み出された希望しかない。

 侵略はしないでほしい――でも帰らないでほしい。

 ずっと、一緒にいてほしい――。


 茅野の言い分は、ようはビャクヤに、自分の星を裏切ってくれ、と言うようなものだ。


 自分に当てはめて考えてみれば――そう言われて、自分は、うんと言えるのか――。


「言えるはずが、ないよ……」


 どれだけ酷いことを、自分の星がしていたとしても。

 どれだけ非道なことを、自分の星がしていたとしても。


 だとしても――自分の星で、故郷で、家であることに変わりはない。


 茅野に今、地球を裏切る覚悟があるかどうか――そんなもの、持ち合わせていない。


 そんな覚悟もないのに――自分は、ビャクヤに自身の星を裏切れと。


 言えるはず――ないだろうに。


「日野くんは、どうすればいいと、思っているの――」


 日野の方へ、顔を向けずに、茅野が聞いた。

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