Episode2

第13話 進展する関係

 四時間目の授業――終了のチャイムが鳴り響く。


 澪原茅野は横になりながら――ああ、やっちゃった、と思った。


 教室に戻れず、戻るための心の準備をしている内に、午前中の授業がいつの間にか終わってしまっていたらしい。誰がどう見たところで、これはサボりになってしまう。誰かが心配でもして探してくれているのだろうか――? しかしすぐに、『ないな』ということが分かった。


 自分なんか、探してもらえるほど、相手に尽くした覚えはない。

 存在さえも認識されているか、怪しいものだった。


 先生は――、さすがに異常を感知すれば探すだろうが――。


 しかし午前中の授業をサボった程度では、異常まではいかず、異変で止まるはず――。


 このまま午後の授業までサボれば、異変は異常になりそうだが――、

 さすがにそこまでサボる気はなかった。


 そこまでゆっくりとはできないだろう。


 ――自分の見ていないところで、

 白姫白夜と朝凪日野の距離が近づいてしまっているかもしれないのだから。


 だが――、

 まあ日野ならば、絶対に近い確率で、近づくことなどないだろうと言い切れるが。


 しかし、絶対ではない。

 ゼロではなく、およそだ。


 パーセントはきちんと表示されている。


「…………よし」


 心の準備は、さっきよりはできている。クラスメイトの視線のことを考えれば、戻りたくはないけれど――、日野のことを考えればここでぐーたらとしているわけにもいかない。


 気持ちは一定。

 歪みない。


 日野に向けた気持ち、その気持ちが、心臓を激しく運動させる。


 頬が赤くなる。いつもそうだったけれど、今日は特別だった。


 なぜだろう――? 答えは彼女――、白姫白夜の存在だった。


 こうして動けるのは――動こうと思えたのは、彼女のおかげだ。


 茅野は横になっている状態から、体を起き上がらせる。

 座って顔だけは、真っ直ぐに。


 前を見る。

 空中を見る。


 屋上――、さらに上。

 屋上に出れる入口のところは、まるで小屋のように校舎から飛び出している作りになっており、茅野はその小屋の屋根の部分にいる。

 当然、登ってはいけない場所だし、

 階段などあるわけもなく、よじ登らなければ行けない場所である。


 しかし茅野はそこを楽に、まるで慣れていると言った様子で、登っていったのだ。


 慣れているのだ――なぜなら、ここにはよく来る。


 嫌なことがあった時――昼食を食べる時。


 茅野にとっての逃げ場所のようなスペースであるのだ。


 もう一つのホーム、とも言えるか。


 そしてこの場所――、茅野がいる場所は、屋上のさらに上であるから、当然、下の、屋上本来の敷地の様子が、よく見えてしまう。

 あまり知られていないが、常時開放されている珍しいシステムであるこの場所――、知っている者は、屋上に昼食を食べに来たりする。

 その生徒とばったり出くわさないためにもここにいる茅野――、

 彼女は昼食に来た生徒を観察しながら、いつもは昼食を食べていた。


 ここに人が来ることこそが珍しい――。

 いつものようにこの場所にいる茅野が言うのだから間違いではない。


 そんな場所に今日、がらら、と扉を開けて二人の生徒が入ってきた。


 男子と女子、カップルがデートスポットとして選んだのだろうか。


 だとしたらセンスがないなあ、とも思うが、これは単にカップルの様子など茅野が見たくないだけであって、センス云々は、言ってしまえば関係ないことである。

 見たくないのならば見なければいい――、そんな当たり前のような返しなど、茅野だって思いついている。そしてそれに従おうと視線をはずし、体も、下側から見えないように、奥に進ませようとしたところで――、


「ん?」


 待てよ。

 今――、すごく見覚えがある背中を見た気がする。


 髪の毛も、すごく見たことがあった。


 慌てずゆっくり、心臓をばくばくと鼓動させながら――手を震わせながら。


 茅野は顔をちょこんと出して、入ってきた男女のペアが一体誰なのか――確認する。



「――いいから、さっさときなさいってばっ!」


「…………ほんと、横暴だなあ」



 白姫白夜。

 そして、朝凪日野――。


 彼、彼女を確認して、体が硬直してしまった茅野は、しかしばれてしまう可能性を考慮して、すぐに頭を引っ込ませた。

 見つかるはずはないけれど、だが、見つかってしまったのではないか――と考えてしまう。


 次に顔を出した時、白夜がこちらを見ているのではないか――、そう思ってなかなか顔を出せなかった茅野だが、けれど見つかったところで、それはそれで二人の『二人きり』という状況を壊せるのでありかなと思い、勇気を出して顔を出した。


 ――見つかっているなんて、そんなことはなかった。


 二人は屋上の真ん中付近に座っている。


 首根っこを掴まれながら――引きずられながらここまで連れてこられていた日野は、ぐったりとしながら仰向けで横になっている。

 両手両足が、無防備に広がっていた――、そんな日野の横では、ビャクヤが持ってきた弁当を丁寧に開けて、広げている。そこには自分一人用しかなく、日野の分はなかった。


 もしかしたら――。


 予想を、ぶんぶんと首を左右に振って、振り払う。


 仲が良くなるにしても、早過ぎではないだろうか。出会ってまだ、四時間しか経っていないではないか。そんな期間で……、自分がいない間に、白夜と日野の仲は、ここまで進展してしまっていたのか――。


 お弁当を一緒に食べるまでに進展したのか。

 だが、ビャクヤは広げたお弁当を一人で食べている。


 日野は、横になっているままで、動かない。


 太陽の光を全身に浴びさせているだけにしか見えず――、実際、そうなのだろう。

 日向ぼっこである。


 すると、ぐー、という音がここまで――、茅野にまで聞こえてきた。

 それは日野のお腹から鳴った音だろう、ということはここにいる誰もが分かった。

 それほどまでに、音の発信源が明らかだったのだ。


 音の方向的にもそうだが、それ以上に、

 ヒントとしては日野がお腹を押さえている、ということが最大だったのだろう。


 そんな日野をちらりと見るビャクヤ――。


 彼女は、

「悪かったわよ……」


 言って、自分が食べている弁当をそっと、差し出した。


 日野もそれに合わせて体を起こす。


 お弁当の中身はピンクと白の割合が多く――部分部分で見ればなんともないが、しかし遠目で全体的に見れば、それは白姫白夜の似顔絵として表現されていた。


(そこまで自分に自信があるんだ……)

 ここまでくると凄いとか通り過ぎてしまう。


 凄いは凄いが――凄いと認めていながらも呆れてしまう。


 それは日野も同じだったのか――そのキャラ弁(?)と言っていいのかは分からないが、ビャクヤの顔が作られた弁当を見て、


「これはない」

 

 そう言い切った。


 ばっさり、斬り裂いた。


「――な、な、どういうことよ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る