第30話 ビャクヤとサクヤ

「なんで――なんでっ、姉さまがここにいるのよ!?」


「それはもちろん、任務だからだけど?」


 サクヤはビャクヤのテンションに合わせることなく、静かに、しかし力強い声でそう言った。


「ビャクヤこそ――なんでここいるの?」


 これは、単純なサクヤの中にあった疑問なのだろう――。

 分からないから聞いただけ――純粋な質問だったのだけれど。


 ビャクヤはそれを――歪ませて解釈する。

 ビャクヤにはこう聞こえたわけだ――侵略もせずになぜここでサボっているのか、と。


「…………」


 言い訳は、しようとした。

 これは侵略の下準備になるわけで――決してサボっているわけではないのだが、しかしそう姉に言ったところで、素直に「そうか」と納得されるとは思えなかった。


 ビャクヤとサクヤの差は――大きい。


 サクヤにとって侵略は三日でするべきものなのである。過去にあった――サクヤはたった一つの、地球よりも大きく、宇宙戦争にも関わっていた星を、僅か三日で侵略した。

 その星は、今ではナイツの手駒になっている。 


 その時の姉の侵略までの工程は、簡単。

 二日で準備――最後の一日で侵略。


 三日で、未だ準備すら終わっていないビャクヤの話など、聞くに堪えないものだろう。

 聞いてはもらえないはずだ――、それに、聞いてくれたら、それはそれで説教が待っている。


 なぜ、三日も使って準備も終わらないのか――と。


 ナイツにいた時と変わらない――。

 自分は姉とは違うのだと、叩きつけられるような気分を味わうことになる。


 だから言えなかった――。

 沈黙するしか、ビャクヤにできることはなかった。


「……まあ、いいわ」


 サクヤは、俯き、完全に萎縮してしまったビャクヤに言う。


「ビャクヤにはビャクヤの計画があるのでしょうね――今回のビャクヤの任務に、私は関わっていないから……、あーだこーだと言うつもりはないわよ」


 そしてサクヤは――、


「ひとまずは」


 言って、上を向いた――、視線の先には蜘蛛……、デーモンがいる。


 デーモンはカゴの上を定位置と決めたのか、降りてくる気配はなかった。


 しかし、だからと言って放っておけるわけがない――なにかをしなくとも、なにかを企んでいなくとも、そこにいるだけで被害を生むかもしれない。

 デーモンは、そういう生命体である。


 それに、見逃すにはもう既に手遅れである――。


 二人――いや、一人は被害と言うほどの傷を負っているわけではなさそうだが――。

 しかしそれでも確実に、一人は被害者が出ているわけである。危害を加える気がないのだったら、野放しにはできないものの、けれど保護することも思考の中にはあったのだが――、しかしこうも一人、被害を出してしまうとなると、


「……ま、始末するしかないわよね」


 サクヤはそう言った――サクヤが直接、口に出したということは、それは確実に、その出した言葉は、実行されることを意味する。

 有言実行。

 前例がそうだった。

 だから今回も――。


 そして――始末する。


 簡単に言うけれど、しかし相手はデーモン――、

 一応、惑星ダスト・バグの王者である。


 だが、サクヤがいることによってその王者という称号も、霞んで見えてくる。


 サクヤがいることによって、ビャクヤはライオンの頭の上に乗っかっているネズミのような気分になった――、それは結局、心強い味方がいるから自分も強くなったのだと錯覚しているだけで、実際、デーモンの強さは変わらない。


 変わらない――そう、強いままだ。


 さっきも、ビャクヤはデーモンに負けたところである。ステージ的に不利であったわけだが、もしも足場がきちんとしていたところで、それでもきっと負けていただろう。


 ビャクヤはそう自分を評価する――そんな自虐的なところは、サクヤがいるから。

 サクヤがいることによって、ビャクヤは――無意識に自分を下げてしまう。


 昔からの癖で――。

 身内の中で前に出れないビャクヤの、大きな原因だった。


「それじゃあ――ビャクヤ、この子たちを預かっててくれないかしら?」


 サクヤから渡されたのは、気絶している茅野と――そして気絶はしておらず、目を開き、起きているものの、だが一向に動こうとしない日野だった。


 茅野の方は背負うことで解決した。

 残っているのは、今もまだサクヤに差し出されているままの日野だ。


 ビャクヤならば別に、茅野に加えて日野のことも持つこともできるが――。


「あんたは自分で立て」


 ビャクヤはきっぱりと言い放つ。

 まあこれには、予想をしていたらしく、

「……そのつもりだけど」と、日野はサクヤの手から自力で抜け出し、地に降りた。


 茅野から続けて、日野もカゴから落下したはず――。


 ビャクヤもそれは見ていたので確実だ。しかし、結構な高さから落下していたはずなのに、茅野は仕方ないにしても――日野は、気絶しないどころか、まったく、動揺すらしていなかった。


 日野は、自分から落ちてきた――デーモンになにかをされたわけではなく。

 間接的に、飛び降りなければいけない状況に立たされたのかもしれないが、しかし直接的な攻撃でもされない限りは、人間、そう簡単に自分から飛び降りることはできないだろう。


 死にたがりでもない限り――。

 とすれば、日野は――死のうとしていた?


 いや、違う――ビャクヤはそんな考えを切り捨てる。


 彼は言っていたはずだ――両親のために死ねないと。

 逆に言えば、両親がいなければ死んでもいいと――むしろ死ぬと。


 そう言っていたのだから、自分で飛び降りたのは、死にたかったからではない。 

 なら――、


「やっぱりいたのか……」

「――え、あ、いや、その」


 日野の言葉に慌てて言葉を返そうとするが、上手く発声することができなかった。


「――別に! あんたのことを追ってきたわけじゃなくて、たまたまよ、たまたま……」


「それは別にどうでもいい。ただの答え合わせみたいなものだから――」


「…………?」

 首を傾げるビャクヤは、体で示している通りに、分かっていない。


 日野に。

 侵略をしようとしている対象に。

 死ぬか生きるか――その状況で。


 自分はあてにされていたというその真意に。


「それで――ビャクヤ」


 すると、サクヤが日野とビャクヤ――、

 二人の会話が終わったのを見計らって、そう声をかけてきた。


「あのデーモンのことだけど、たぶん、ビャクヤが連れてきたのだと思うわよ――」


「へ? いや、わたしはそんなこと――」


「無自覚で当たり前。ああいう人型じゃない宇宙人は、目ではなく、感覚で敵を捉える。

 ――そうね、ビャクヤの中にあるエネルギーを感知している、とかね」


 つまり、宇宙船で宇宙空間を移動し、地球に向かっているビャクヤのことを、このデーモンは感知し、彼女のことを敵だと思い――餌だとでも思い、追いかけていた。

 そして追いかけている内に、デーモンまでもが、ビャクヤと共に地球に侵入してしまった――というところだろう。


 言いながら、人差し指を立てて、くるくると宙になにかを描く仕草をする――サクヤ。

 そんな姉の、説明している時の仕草が――懐かしかった。


 ビャクヤは昔、サクヤが自分の勉強を手伝い、

 色々と教えてくれていた時のことを思い出した。

 あの時もこんな風に、分かりやすく教えてくれていた――、

 というかこの説明を聞くのも二度目だった。


「前も言ったことがあると思うけど――ビャクヤは体内に保有しているエネルギーが多いのよ。

 スタミナがあるってことね――私なんかよりも全然……恵まれている方よ」


 そんなことをサクヤから言われても――素直には喜べなかった。


「でも――姉さまの方が、実際、優秀だし……」


「そうね――私は少ないエネルギーを極力、無駄遣いしていないだけだから――」


 なんだかそれは。

 自分は、エネルギーを無駄遣いしていると言われているような気がした。


 サクヤにそんな気はないだろうけれど――言葉だけを見れば、そう取ってしまう。


「……うん」


 言われて、また俯いてしまうビャクヤに、サクヤは。


「――はあ。ビャクヤ、俯いている暇はないわ。

 まず、その子たちを避難させておいて。私はあのデーモンを始末してくるから」


「――でも、姉さま」


 ビャクヤは、言おうとしていたその言葉が、

 姉にはまったく必要のない言葉だと気づいて引っ込める。


 ――大丈夫? 

 なんて――、いらない言葉だった。


「ううん……なんでもない――いってらっしゃい」


「そうね――いってきます」


 そして跳躍するサクヤを、ビャクヤはただ、目で追う――。

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