第28話 宇宙生命体

 白姫白夜――本名、ビャクヤ・ホワイツナイツは。


 彼女は、宇宙人なのか――茅野はそう聞いてきた。


 その答えを返す前に、日野はゆっくりと目を瞑る――。


 ばれていたのか――それか、聞かれていたのか……。


 別に口止めされていたわけではない――というよりは全然、正体をばらす気満々のようなビャクヤだったので、特に庇うこともないだろうな――と、すぐにそう判断した日野は目を開けた。


 ああそうだよ――。

 そう答えようと思っていた日野だったが。



 それどころではなかった。



 ガラスの窓から外が見えない――、さっきまで景色が見えていたのに、今は見えなかった。

 原因は、黒いなにか――黒いなにかが、自分たちが乗っている、このカゴを覆っている。

 激しく揺らされ、みしみしと――このカゴの限界を感じさせる音が微かに響く。


「な、なに――」

 茅野も会話はどころではなかったらしい――まあ、それは当然か。


 自分は全然、落ち着いているが、これが普通だと思っては駄目だ――。

 自分は異常――そして今こうして慌ててしまっている茅野が、普通なのだ。


「……窓は、開かない――か」

 日野は、窓をがたがたと触って、調べる。


 次に、状況を確認してみる――扉も開かなかった。

 無理やり、体当たりでもすれば扉は開くかもしれないが、しかしそれが成功したとしても、外に飛び出し、真っ逆さまである。とても良い案だとは思えなかった。


 かたかたと蠢く黒い、なにか。巨大なので姿はよく分からないが、丸い胴体があるとして――そこから、棒(……?)のようなものが生えて、くねくねと動いている。

 その棒がまるでUFOキャッチャーのように、カゴを掴んでいたのだ。


 そして、黒いなにかの全体が動き、景色が晴れてくる。


 差し込む光が黒いなにかを照らし、見えたのは黒く染まり切っている胴体――。


 そこの中心付近――赤く光る、点。


 一つだけではなかった――その数、その配置の仕方に、不気味さを感じる。


「ひ、日野くん……!」


 座っていた椅子から退いて、日野の胸に背中から飛び込んでくる茅野――。

 茅野と日野の体重が、これでカゴの片方に集まったことになり――、カゴが少しだけ片方に沈み込む。それに驚いたのか――、黒いなにかが動いた。


 黒い棒のようなものを振り上げた――。

 そして真横から、カゴの中へそれを突き刺す。


「これは――蜘蛛か?」

「そんな冷静になっていないで――日野くんっ、伏せてっ!」


 そう言われた時にはもう既に遅く――、棒のようなもの……、正体が分かれば、そのあとの答えも同じく分かる。それが蜘蛛の足である、ということが分かった。

 その足が、カゴを真横から突き刺した――そして同時、衝撃がカゴを揺らし、大きく傾く。


 日野の体の重心が、傾いた方向へ移動する。

 蜘蛛の攻撃によって、窓は割られ、扉は破壊されていた。


 つまり、外へ向かうための障害はなにもなく――。


 そして日野の視界は、空中の景色で染まっていた。


 気が付けば、自分は外にいる――投げ出されている。


 ――――落下、している。


「――日野くんっ!」


 すると――そんな声が上から。

 そして次の瞬間に、状況はもう動いていた。


 重力とは反対の方向に体が引っ張られ、日野は、カゴの中へ戻ることに成功する。

 掴まれ、引っ張られたのは腕――、腕にかかった力が、熱が、まだ残っている。


 カゴの中の地面に尻もちをつく日野は、目の前の光景に、さすがに日野でも、目を見開いた。

 動揺を生んだ――。


 今まで自分は空中にいた――そこに、今は、まるで日野と入れ替わるように、茅野の姿があった。彼女は日野の腕を掴んで、引っ張り――、そう助けたことによって、前へいってしまったのだろう。空中に、仕方ないとは言え、自発的に飛び出してしまったのだろう。


「澪原」


 地面に手をつき、立ち上がって外を見る――けれど茅野はもう、そこにはいなかった。

 茅野は――なにかを言っていた。

 今、目を見開いた時、

 まさにそこだけ、一瞬だけだったけれど確かに、その時、なにかを言っていた。


 四文字だった。


 けれど日野には、彼女がなにを言ったのか、予測すら、まったくできなかった。


 彼女の考えていることなど分からない――なぜ自分を助けたのか、どうかも。

 彼女は落ちた――この高さから落ちて、叩きつけられて、生きていられるはずがないだろう。

 だから彼女が最後に言った言葉は、日野は、一生をかけても分からないことである。


 分からない――なにも、分からない。

 けれど分かることと言えば――たった一つだけ。


「この蜘蛛は――宇宙人か」


 それは『人』と括っていいのか、曖昧だったけれど――人と言うよりは『生命体』。

 なんにせよ、地球のものではないということ――つまりは、


「あいつが、どこかに居るってこと、か……」


 ビャクヤ・ホワイツナイツは――今、ここにはいない。

 だが、ビャクヤが関わっていることに、間違いはないだろう。


「ま、どうでもいいことだけど――」

 結局そう呟いて、とりあえずは。


 日野が、カゴから飛び降りた。


 飛び降りたら死ぬだろう――だが、どうせカゴに居たところで結局、蜘蛛にやられて死ぬだけだ。なら――殺されるくらいならば、飛び降りる。

 それに、ただ飛び降りたわけではない。ビャクヤが関係していると思ったから――だからこそ、自分を侵略すると言っているビャクヤが、簡単に自分を見捨てるわけがないだろうという考えで、決断した。


 しかしその予想は間違いだった。


 だが、はずれたのは予想だけで――望んでいた結果にはなった。


 予想は間違っていたけれど、決断は間違えていなかったわけだ。



「――驚いたわ。まさか、自分から飛び降りてくるなんて」


 

 日野の体は、彼女に、着地寸前で受け止められていた。

 日野の隣には、気絶している茅野の姿もある――。


 そこにいたのはビャクヤ・ホワイツナイツ――


 見間違えるほどに、雰囲気は似ていたけれど、よく見なくとも外見で違いが分かる。

 しかし似ている――纏う空気が、オーラが。


 まるで――ビャクヤの姉妹を見ているようで。

 まるで、ではなく、彼女は――サクヤ・ホワイツナイツは。



「……なんで――」

 そして、聞こえた声に振り向いたサクヤは、自分の肉親を見つける。


 ビャクヤは、突如現れたサクヤを見て――、


「なんでッ、姉さまがここにいるのよ!?」


 優等生の姉。

 劣等生の妹。


 そう評価されている二人が地球で、イレギュラーにも出会うことになった。

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