第17話 確かに、警備兵の数がだんだん増えている
確かに、警備兵の数がだんだん増えている。しかし、仲間の同士撃ちを避け、正体不明の人影に、銃を乱射するのを躊躇するうちに、次々に、首元に手刀を落とし、まんまと、防護網を突破したようだった。
辺りには、薬品の匂いが充満してきている。
「さすが、里一の天才、巫矢だ。この匂いに気が付いていたのか」
「えへん。研究施設なら、薬品の匂いのする場所だと思いました」
そんな会話を交わしている間にも、二人は、兵士や、騒ぎを聞きつけ部屋から飛び出してきた軍服を着ていない作業服や、白衣を着た男に、手刀を叩きこんでいる。
「作業服や白衣を着ている者は、兵士じゃない。こいつら、きっと、研究者だ」
大和は、その者たちの身のこなしを見て、確信する。
すでに、大和と巫矢の周りには、気絶している者たちが多数ころがっている。
その時、やはり、研究室から出て来た女性、歳の頃なら、二二、三歳であろうか、ストレートのロングヘアーに、すっぴんにも関わらず、透けるような白い肌に、すらっとして顔立ち、そして、切れ長の瞳に長いまつ毛を携えた、一〇人に問えば一〇人が美人と答えるだろう美貌の美女が、隙のない構(かまえ)で大和たちの前に立っていた。
「あなたが、影野主(かげのつかさ)さん?」
その佇まいに巫矢は、この者は影の一族の腕利きであると瞬時に判断して、声を掛ける。当然、大和に声を掛けさせないためだ。
「そうだけど、あたしに何か用?」
腕を組み、頭を傾げる仕草にも、まったく隙がない。
「影の一族の長から、手紙を預かって来た。俺たちに協力してもらいたい」
大和は、相手が影野主とわかってふところから、手紙を取り出し、主に渡す。
主も夜目が効くようで、手紙をさっと広げると一読して、大和と巫矢の方を向いた。
「ふーん。じゃあ、おまえたち、明日、正面の門であたしに面談を申し込んでよ。話は通しておくから。それから……」
主は少し考えて、部屋の中にあるタイプライターのような器械を指差して、言った。
「それ、ガラクタだから、捨ててきて。じゃあ、用は終わったから、早くここから消えてよね」
そう言うと、主は、部屋の中に、戻っていく。もう、相手にされてないことに気が付いた大和たちは、仕方なく、その器械を持って、海軍士官学校を後にした。
空船に帰った大和と巫矢そして理子は、取ってきた器械をじっくりと観察する。
「大和さん、これ、きっと、暗号機ですね。影野主さん、なんでこんなもの私たちに渡したのかしら?」
「さあ、明日、影野主さんに会えばわかるさ」
「そうよね。それしかないよね……」
巫矢は、主が、思いのほか若く美人だったこと、そして何を考えているのか分からないことに少し警戒をしているのだった。
「大和さん、今度は私も連れて行ってくださいね」
逆に、理子も影野主に興味をもったのだ。
翌朝、大和と巫矢、理子は、海軍士官学校の正面門から入り、影野主に面会を申し込こんだ。
すると、意外にも、ここに主を呼ぶのではなく、主の研究室まで案内するという。
「まさか、昨日の騒ぎは、俺たちのせいだと話していて、俺たちをこのまま、捕まえるつもりなんじゃないか?」
「違うでしょ。それより」
大和と巫矢は、案内してくれている兵士に聞こえないように小声で話すと、今度は、巫矢が兵士に向かって恐る恐る尋ねた。
「あの、もしかして、影野主さんって偉いんですか?」
「ああそうだ。影野殿は、少佐だ」
兵士の返事に納得する三人、そのくらい偉ければ、多少の無理は聞くのであろう。
そして、兵士の案内で、主の研究室に通された三人だったが、その研究室は、本や図面が散らかり、実験道具が乱雑に並べられていた。
「巫矢の住む小屋と、どっこいどっこいの散らかり方だな」
思わず呟(つぶや)いた大和の言葉に、主はすぐに反応する。
「なに、お前、この部屋と同じなのか? 我が同士がここにいる」
そういうと、巫矢の手を取り、その辺(へん)の椅子に座るように促した。
「お前たち、名前は?」
「俺が大和で、こっちが巫矢だ。それから、理子さんだ」
「そうか、お前たちが起こした昨日の騒ぎは、敵国のスパイが乱入したことにしている。あたしが相手をして、最後取り逃がしたことになっているから、お前らは知らないフリをしていろよ」
「主さんが追い払った?」
「ああ、この施設の中では、あたしは群を抜いて強いからな。あたしがそう云えば、大体は納得する」
「やっぱり、主さんは、影の一族の腕利きなんだ」
「そうだぞ。一族の中でも、五本の指には入る」
主と巫矢の会話に大和が無理やり割り込んでくる。
「ところで、昨日渡された器械は?」
「あれは、今、日本国が使っている暗号機だ。スパイが手ぶらで帰ったら問題があるだろう」
「いや、そんな大事な物を取っちゃっていいんですか」
「なに、あたしは、あの暗号機の暗号はすぐに解読されると見ている。あんな不完全な暗号機はかえって危険だ。スパイに盗まれたと知れば、新しい暗号機を開発するだろう。それをこの天才のあたしが受けようと思う」
天才という言葉に、巫矢は反応して主に噛みつく。
「私も、この暗号機の構造をじっくり見ましたけど、これなら、天才が手間暇掛ければ、どんな暗号ルールも解かれてしまうわ」
「なに、自信ありそうだな。お前にならできるのか?」
「簡単よ。神魂一族の技術を持ってすれば」
「ほう、お前たち神魂一族だったんだ。初めて見た。あたしも少ない文献をあたったことが有るけど、お前たちホントに人間なのか? まるで、おとぎ話のヒーローか何かみたいに書かれていたんだけど。 疑っていたんだ。神魂一族の力をさ」
そういうと、丹精な目鼻立ちが際立ち、元々表情のない主がさらに、表情を無くした。
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