第10話 一方、得体のしれない物体から

 一方、得体のしれない物体から飛び降りた大和と巫矢。

 混乱する大和に対して、巫矢は冷静で在った。この事態を引き起こした張本人なのだから、当然と言えば当然だろう。理子にさらりと挨拶をすると、大和に向かって叫んだ。


「大和、体重をゼロにするのよ。それで、作務衣を広げて、スカイダイブするの」

「なるほど、それで、落下地点はどこにする?」

「このまま、真っ直ぐに落ちて! 下手に風に乗ると海の中に落ちちゃうわよ」

「わかった。とりあえず真下だな」


 大和は、体勢をダイブの体勢に整える。

神魂の里で身に着けた体術は、気功も取り入れていて、気を練ることで、体重をゼロにすることもできるのだ。この気功法こそ、大和たちの動きを極限にまで俊敏にしている神業といえる。

そうして、やっと風に乗り、落下を制御することに成功した。

 体重を0にして、緩やかに落下するだけなら、凧やハンググライダーも必要としない。

そうして、落ちて行く先は、幼い頃、ハンググライダーに乗って初めて空を飛んだ時の懐かしい光景になって行くのだ。

「巫矢、この先は、神魂の里だな?」

「そうみたいね」

「と言うことは、さっきの物体は、神魂の里の真上に在ったということだよな」

「そうね」

「巫矢、お前、何か知っているのか?」

「私が? 今は、着地に専念しましょ。さっきまで居たところは大体検討がついているから」

「それも、そうか?」


 大和は、そこで、巫矢に訊(たず)ねることをやめる。神魂の里に行けば、何かわかるかも知れないと考えたのだ。


 目の前に広がる光景は、もう、眼前に神魂の里が迫っている。そこは、勝手知ったる里である。木々が伐採され少し広くなっている広場に、大和と巫矢はきれいなランディングで着地を決める。


 しかし、着地した途端に、四方から、闇鋼の弾丸が、大和や巫矢に向かって飛んでくる。

 大和や巫矢は、神速で身構え、闇裂丸や、射闇弓で、弾丸を弾きながら、大声で叫んだ。

「相変わらず、物騒な里だぜ。俺は大和! なんで俺を撃ってくるんだよ? 

しばらく、里に帰らないうちに俺の顔を忘れたのか? それとも、ふらふら、遊んでいたことに対するお咎めか? 謝るからじじいを出せ!」

 その叫びに効果が在ったのだろう。銃声が止み、物陰から、数人の一族を引き連れ、ひとりの老人が前に出てくる。歳の頃は七〇歳を超えているだろうか。隙の無い物腰で訊ねて来る。

「じじいとは誰のことじゃ?」

 低く響く声は、威厳を讃えているが、大和にはその顔に見覚えはなかった。

「神魂聖衛門だ。ちゃんと謝るから! 青雲の儀の後、遊んでてわるかったって」

「わしがこの里の長、神魂聖衛門じゃ」

「えーっ。嘘だろう! ふざけてないでじじいを出せ」

 意味の解らない問答のやり取りに、混乱する大和と村の衆たちは、再びお互いの武器を構える。

「大和、冷静になって!」

「ああ、巫矢、確かに里の者同士、殺し合ってもしかたないか」

「なに、同じ里の者同士だと! 確かに闇鋼の弾丸を弾く得物を持っているとは、神魂一族の者に違いあるまい。それにしても、なんと危険なやつらなんじゃ。なんの目的があって、お前この里に来たんじゃ」

「だから、神魂聖衛門に会いたいって、さっきからいってるじゃん」

「だから、わしが、正真正銘、この里の長、神魂聖衛門じゃ。わしになんの用があるのじゃ?」


 巫矢は、今まで感じている違和感の正体について知りたかった。この人が本当に神魂聖衛門なら、間違いなくあの現象がおこったんだ。いや、巫矢はこの現象について、先ほどの理子の話や、神魂の伝承から一つの確信を持っていた。それを確かめるように、震える口を開き、長に訊ねる。

「ところで、ちょっと、聞きたいんですが、今は天空歴一八七〇年ですよね?」

「はあ? 今は天空歴一九四一年一二月じゃ。それがどうかしたか?」


 巫矢の問いに答えた長の言葉に、巫矢は首を傾げて考えている。

(私たちの時代から、約七〇年以上、未来なんだ。さっき居た東城って子は、未来からやって来た。そして、私たちは未来に飛ばされたわけね。こんな偶然があるかしら。きっとこの時代何かが起こる前触れにちがいない。

それにしても、あのおじいちゃんの次の代かその次の代になるはずなのに、やっぱり長は大和じゃないのね。それとも大和の子どもなのかしら?)

 巫矢は、ポカンとする大和を遮り、次の質問を長にする。

「聖衛門さん。貴方のお父さんの名前は? そして、貴方が、長になる前の名前は」

「そんなことを訊いてどうする?」

「確かめたいの。大和がこの世界に存在したかどうかを!」

「大和だと? その名前は、確か、わしの兄貴の名前だったはず。しかし、わしが生まれる前、幼い頃、重い病に罹(かか)って死んだと聞いているが」

「じゃあ、あなたのおとうさんの名前は、忠守(ただもり)なの?」


 神魂一族の長は、別に世襲制ではない。その時代で、里で実力を認められた者がなるのだ。

 しかし、ここ最近では、大和の血筋がダントツで優れた実力を持っていた。

そういう訳で、大和がじじぃと言っている聖衛門の代の一つ前から、大和の直系の血筋が、長になっていた。

 そして、忠守は、大和の父親でも在ったのだ。そして、大和は、忠守の一人っ子であったはずだった。


 そして、忠守は巫矢の質問に対して答える。

「確かに、わしの父親は、忠守なのじゃ」

 その答えになぜか納得した巫矢は、うんうん頷いている。

(なるほど、わたしと大和は、天空の聖杯で未来に飛ばされた。しかも、大和が存在していない未来に? ということは、ここは、たくさんある可能性世界、すなわち、私たちのいた世界とは少しずれたパラレルワールドってことになるわね。きっと、理子さんのいる世界につながるパラレルワールドね)

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