第36話 講和条約が締結された一週間前に
講和条約が締結された一週間前に、大和と巫矢そして主と理子は、空船から地上の戻り、戦火の在った第七七七部隊の移動先の軍事施設と言うには貧層な掘立小屋を訪ねていた。死んだと思われていた大和や巫矢、それに理子や主は、その再会で、大歓迎を受けたのである。
特に、日本の頭脳と言われた主は、その損失を惜しまれていたため、生きていたことが判って涙を流すものが大勢いた。
「そりゃ、あれだけの美人が死んだら日本の損失だよな」
「大和、なんか言った?」
「いや、もし巫矢ほどの美人が死んだら日本の損失だなと言ったんだよ」
「大和!」ジト目で大和を睨む巫矢。
「でも、美人だから惜しまれている訳じゃないみたいよ」
主を取り囲んだ研究者たちが口ぐちに言っているのだ。
「主さん。東京に落とされた大型爆弾、あれ、我々が調査したら原子力爆弾だったんですよ。それで、その原子力爆弾、原料になるウランやプラトニュウムの原子核が、なぜか、安定周期に入っていて、衝突させた陽子に反応しなくて、不発になったんですが……。あれって主さんが何かしたんでしょ」
「ですよね。あんなこと主さんしかできないですよ」
「もし、あの原子爆弾が爆発していたら、東京は、未来永劫、死の街になっていましたよ」
「あの原理、教えてくださいよ」
困った顔で、無言でいる主に質問攻めにしている研究員を見ながら、巫矢は大和に言った。
「やっぱり、美味しい所を主さんに持っていかれちゃいました。さすがに、影の主役、ラッキートリプルセブンです」
「巫矢、俺たちは神魂一族だ」
「わかっているけど……」
「おまえが凄いことは、俺が一番良く知っているよ」
「さすが、大和です」
そう言って、甘えるように、腕を取り、体を寄せる巫矢。
「しかし、なんだな? 元の世界に帰れないみたいだから、もうしばらく、ここで厄介になるか?」
「うん」
そうして、その掘立小屋で過ごすこと一週間、大和と巫矢、そして主は、天皇陛下の玉音放送を第七七七部隊の研究施設で聞いたのだった。
終戦を告げる玉音放送とは、終戦詔書を天皇の肉声によって朗読し、これを放送することで国民に諭旨するという物であった。
「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」から始まり、戦時中の困苦と占領されることへの不安を呼び起こさせるが、続いて「以て万世の為に太平を開かんと欲す。朕は茲に国体を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠に信頼し常に爾臣民と共にあり。」(これ―被占領の屈辱に耐えること―によって世界を平和にして欲しい。私はここに国体を護持することが出来、忠実なお前達の誠を信じ、これからは臣民との関係ではなく、国民と同じ立場にある)と述べたのである。
大和と巫矢そして理子はその放送を聞いて驚いた。なにせ、天皇が人間として、野に降ったのだ。その身分は、日本国民の象徴だという。そして、すべての行政に係るすべての権限を放棄するものなのだ。
「理子さん、どうなっているんだ」
「まあ、確かに、私のしっている歴史では、天皇は現人神をやめて国の象徴になるんですが……。きっと、陛下は、軍部の暴走を止められなかった責任を自ら取ろうとされたのでしょう」
「なるほど、俺たちが、行った時も、思いつめた感じで、覚悟を決めていたようだったしな」
「そうですね。天皇は、軍部の暴走によって犠牲になった英霊たちを悼んで決意したのかもです」
「うん」
巫矢の言葉に、頷いた理子は、自分を取り巻く異変に気が付いた。なぜか、また、誰かが自分の中に入ってきたように、そして、辺りが色あせ、白黒になる。
「汝の働きみごとであった」重厚なかさなりのある声が頭の中に響く。
「えっ、また頭の中に誰かが?」
「我らが無念、天皇陛下の決断により、薄らぎ、汝が住む未来をも変えた。ここから先は、神魂一族の大和殿と巫矢殿が、決着をつけるべき時。汝の旅はここで終わる」
「ここで終わる?」
理子は、頭の中で、英霊たちに問いかける。しかし、周りの三人は、理子に必死に何かを訴えていた。
「理子さん! 体が透けています。どうしたんですか?」
巫矢の呼びかけは理子には聞こえていないようだった。すでに、理子は耳鳴りと頭痛でめまいがしていたのだ。
「この現象、過去に来た時と一緒だ。これが、終わるということなの? だったら、私は元の時代に帰れるかも。だったら大和さんや巫矢さんに伝えないと」
理子は聞こえるかどうか心配だったが、声を力の限り叫んだ。
「大和さん、巫矢さん、まだ、決着をつけるべき相手がいるみたいです。絶対に勝ってください。
私は、先に未来に帰って、あなた達の勝利を見届けます!」
すでに、消えかかっている理子を見ていた大和と巫矢そして主は、確かに、理子の叫びを受け取っていた。
「理子さん。元の世界に帰っても、達者でな」
「理子さん、心配しないで、私たち無敵だから」
「おい、もどった世界がいい世界だといいな。私も努力するからな」
大和、巫矢、主の三人が声を掛け終ると、理子は目の前から消えてしまった。
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