第15話 それで、わしらは、どう協力すればよいのだ?

「それで、わしらは、どう協力すればよいのだ? 明治までは、各藩があったし、明治の高官もわしらの存在を知って、重宝がって使ったが、今や、権力は一極集中、わしらの力を逆に恐れ、一族を滅亡させようとする者や、存在を忘却させようとする者で、すっかり、仕事も減ったのじゃ。

 今や、影の仕事はアルバイトで、潜り込んだ組織の給料で生活している者も多いぞ」

「なるほど、権力が一極集中すれば、諜報活動より、諜報活動を取り締まる方が忙しいか」

「それにしても、影の一族がサラリーマン化しているなんて」

 理子が言い、大和と巫矢は、暗い顔をする。

 そういう訳で、日本はスパイ活動では、他国に比べてかなり遅れをとっていた。

「そうだな。まず、コミンテルンとやらのスパイが誰かを教えてくれ。あと、軍部の兵器開発局の技術部あたりに潜入したい。後は、スパイの抹殺については、潜入捜査でなんとかする」


「わかった。まずは、ソ連のゾルゲか、他にも何人もいるぞ」

 この時点で、コミンテルンから日本国中枢部に潜り込んだスパイは一〇〇〇人以上、そして、本人も意図せずスパイの手先になっている共産主義者が五万人は居たのである。


「まず、ゾルゲだが、ドイツの北方への侵攻や、日本の真珠湾攻撃も事前にスターリンに報(しら)せておるぞ」

「しかし、さっきの話だと、真珠湾攻撃は成功したのでは?」

「そのことじゃが、日本とアメリカの戦争を望んでいるスターリンが、どうやらその情報を握り潰したらしい」

「なるほど、他には?」

「ノモンハンでの日本とソ連の軍事衝突は、日本の関東軍の中にスパイがいたため、すべて、ソ連に筒抜けで、大敗して、日本は北方への侵攻を断念したな。

もっとも、日本の外交官の中にもスパイがいて、日本の対ソ外交は、すべてソ連のスターリンに筒抜け、先手を打たれて、日ソ不可侵条約を締結することになった。ソ連は、日本を気にせず、ドイツに戦力を集中できることになる」

「ですよね。そこで、ドイツはレニングラードの一歩手前まで、ソ連を追い詰めながら、そこに駆け付けた寒さに強いシベリヤ軍に大敗を喫して、以後は、各地で敗戦を続けることになるはずです」

 未来から来た理子が、長老たちの話に自分の知っている未来のできごとを付け加える。

 

「なるほど、そこの理子とかいう女子。わしたちもお前さんと同じ未来を予想しておる。我々もドイツがこれで窮地に立たされると予想していたが。理子さんよ。確かに結果はそうなるだろうが、因果とは、必ず原因があるもの。ドイツのシベリヤ軍の加勢による敗北の本当の敗因は別の所にあるとわしは見ている」

「本当の敗因?」

「ああ、諜報に生きたわしたちだからこそわかることがある。戦争のカギを握る戦いとは、秘密裡に実行され、たとえ、その勝利すらも、内密に処理され決して表に出ることはないのじゃ。

例えば、暗号の解読合戦じゃ。今の時代は、作戦の指令や伝達はすべて無線を使っておる。そして、その無線は当然、敵方にも傍受されておる。それを、相手には、何のことか分からないようにするのが暗号じゃ。

 それが、相手に解読されていれば、作戦は敵に筒抜け、戦いを有利なように持って行けるじゃろう。

 歴史を変えるような本当の勝利は、その勝利さえ表に出てこないものなのだ」


「うーん。今一(いまいち)何を言っているのかわからない」

 大和の頭の中には?マークが飛び交っていた。そこで、理子が大和に少しレクチャーをする。

「あのね。大和、多分この時代は、離れたところでも電信を使って、文字なんかが送れるの。それを伝達する電波は、そこら中に飛び交っているから、誰でも受信機さえあれば、それを受信することができるの。そのために、その信号を暗号化する基盤コードを通して送って、また、その基盤コードを通して受信すれば、何が書かれているか分かるようになっているの。暗号の解読とは、その基盤コードの入手から始まるのよ。

 そうして、解読されないようにするため、基盤コードを時々替えるわけ」

「なんとなくわかった。要するに、指令が、敵にわかる方法があったということだな」

「そういうことです」


「それで、最後は、レーダーと言う物だな」

「レーダー?」

「そうだ、レーダーじゃ。電波を発信し、その反射波で相手の所在を知る器械じゃ」

「なるほど、俺たちの敵索と同じだな。俺は相手の気を読むんだけど、あまり広範囲にはできないしな」

「そうだ、敵が、この規模とこの辺(あたり)を攻めて来ると諜報でわかったとしても、最終的には、正確な敵の数と位置を知る必要がある。戦で最も大事な事じゃ」

 

理子は大和のために、手に持っていた歴史の参考書を使って、この話を、具体的に説明した。

第二次世界大戦に当てはめて解説すると、日本やドイツの暗号は、アメリカではマジック作戦、イギリスでは、ウルトラ作戦と名付けられ、その解読に日夜血眼になっていたのだ。

 とくに太平洋戦争での転機と言われるミッドウェー海戦では、日本の作戦は、アメリカ海軍に筒抜けで、おとりのアリューシャン海峡に向かった日本軍に偵察機を飛ばすなど、作戦が漏れていることさえ隠すような行動をしながら、その裏で、日本海軍の隙を付き、奇襲を掛けるつもりの日本海軍に、逆に奇襲を掛けることに成功する。

 そうして、日本海軍は、航空母艦四隻とその艦載機の多数を失い、太平洋の制空権を失うことになるのだ。

 

また、ドイツでも同じことで、開戦前、解読不可能と言われたエグニマと呼ばれた、換字式の暗号機が、イギリスによって、解読されたため、ドイツ軍が英国に上陸して侵略するためのドイツ空軍を主役にした電撃作戦の一つ、アシカ作戦は、ドイツ空軍の攻撃のタイミングや、攻撃場所などがイギリスに、事前に把握されていて、英国空軍は、手薄な部隊を指揮して、ドイツ軍の猛攻を撃退して、ドイツ空軍に多大な損害を与え、ついに、アシカ作戦を中止に追い込むのに成功したのだった。

そして、そのために、ドイツは、戦力を東に向け、ソ連に侵攻したが、モスクワ攻略に失敗して、消耗戦に持ち込まれ、アメリカのバックアップを得たイギリスとの二面作戦を強いられるのであった。


 ちなみに蛇足になるが、この時の英国空軍総大将は、ウルトラ作戦の秘密を守るために、完璧な暗号解読によって知っていることを話せず、会議で、敵がいつどこからどのくらいくるのか知っていなければ、できない作戦を、無謀な作戦と判断した空軍内部のライバルに、そのことを指摘されて、博打のような作戦と評価され、総大将に出るはずの報酬を、ライバルに持っていかれてしまったという現実もある。

 大和や巫矢が、周りを納得させるための「俺の勘は、外れたことがない」というわけには、組織の中ではいかなかったのだ。

真の情報とは、決して表には出てこないという事を理解したほうがいいという事例だ。

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