第4話 大和と巫矢はなにかあれば

 大和と巫矢はなにかあれば、立ち寄ってしまう切り立った崖の上から、神魂の里を見渡す高台に腰をおろして、並んで座っていた。

 いよいよ、里で一人前とみなされる青雲の儀。

 巫矢は、その儀式を経て、やっと可能になる幼いころからの秘めた思いを持っていた。


「大和、明日の青雲の儀、がんばってよ」

「えっ、あれか、だるいよな。って言うかお前も当事者だろうが!」

 二人は、青雲の儀の成功を、里から見渡す光景に誓うのだ。

 

 神魂一族は、一五歳になると、一人前と認められ、それぞれ、貴重な神代の神宝、闇鋼を錬成した固有の武具が与えられる神魂青雲の儀が執行される。

 そして、闇鋼より練成された武具は、鋼(はがね)を切り裂き、岩を砕き、その武具から迸る斬撃は、数百メートル四方を更地にかえる。そして、使用者と一体になり、不思議な力を持つとされている。

 その青雲の儀は、常人を超える大和たちの足でも、丸一日以上かかる出雲から遠く離れた、高千穂の地で行われる。この地は、天地から天孫降臨により神々が降り立った神聖な場所だが、今や、この場所を知る者は神魂一族をおいては、誰も知らない忘れ去られた土地である。


 この地には、神の化身と言われる闇鋼の柱が立っている。天孫降臨当時は、その柱は直径三メートル、高さ六メートル以上あったのだが、数万年が経った今では、直径二メートル、高さ五メートルほどになっている。

 青雲の儀とは、この柱から闇鋼を削り取り、自分の武具を錬成する儀式であり修行なのだ。


 この儀式に与えられた期間は一か月、柱から闇鋼を削り出す作業は、過酷を究め、削り出された闇鋼は、錬成者の技量で、いかなる物にも姿を変える。

 この儀式に成功する者は、最近ではわずか数パーセントであり、神魂一族の技量も神代の時代から遠く離れ、失いつつある遺物になりつつある。

そして、現在では、失敗した者たちは、過去に成功した者が錬成した武具を貰い受けることになっている。


「大和、巫矢、お前たちの潜在能力は、歴代の里の猛者より数段上だ。あとは、その潜在能力を開放するのみ」

 屋敷の門からそっと出て行こうとする大和と巫矢の背中に、障子越しにその気配を感じて、神魂聖衛門は、そっと呟く。


 大和と巫矢は、その日の夜、闇に紛れて神魂の里を出立する。

 神魂の里や高千穂の入口が、人目に付かないように闇に紛れて行動する。


「大和、里を出るのは初めてだけど、どうやって高千穂までいくの」

「そうだな。俺たちだけだと、人目に触れないように、山道を行くのは当たり前、宿を取ることも無いしな」

 聖衛門に与えられた地図を見ながら巫矢に答える大和。

「どうせ、休み無しで、高千穂の地まで行くんでしょ」

「ああ、町に出たら、飯でも食って一休みするか?」

「大和、お金はあるの?」

「長のじじいからくすねた金が少しある。長のじじぃには内緒だけどな」

「さすが大和ね。抜かりがないわ」

 そうして、町に出ると大和たちは、茶屋で、飯を食い、再び、高千穂に向かって足を進めた。


 そして翌日、人目に触れないように細心の注意を払い、日が暮れた闇に乗じて、高千穂の地に入った。

 そこは、鍛冶の道具が置いてある掘立小屋と、黒光りする闇鋼の柱のみがある少し開けた森の中であった。 


 大和たちは、掘立小屋で一夜を過ごし、翌朝から闇鋼の柱から闇鋼を削り出す作業に没頭する。この柱は、その削ろうとする者の技量を見極め、柱に認められた者にのみ、技量にあった量を削り出させると言われている。


大和は、体中の気を闇鋼のノミに通し、闇鋼の柱に打ちつけるが、闇鋼の柱には、傷一つ付かない。大和はその硬さに驚愕する。こんなものからどうやって闇鋼を削り出すというのか?

途方にくれる大和に対して、闇鋼の柱の裏側からは、怨念のような囁(ささや)きが聞こえてくる。どうやら、巫矢が唱えているようだった。

こっそり、巫矢を覗く大和、耳を澄ますと巫矢の呪文のような言葉が聞こえてくる。

「世のため、人のために使います。どうか私に、闇鋼の神宝をお与えください。以前の時のように、大和の足手まといになるわけにはいかないのです。私は大和の横に立って歩んでいかなければならないのです」

 口の中で、ブツブツ唱えながら、一心不乱にノミを柱に打ち当て、大和が後ろに立っていてもまったく気づかないようだ。

 そして、足元には、数枚の削り節のようなものが落ちている。

「そうか、この闇鋼は私利私欲のためでなく、武器を持たぬ人たちの盾となり剣となる覚悟が無ければだめなんだ。俺には、その覚悟が足らなかった」

 そう反省して、巫矢から離れ、自分の持ち場に帰った大和。その脳裏には、闇鋼の武器を持ち、力持たぬ人たちの盾になる自分が浮かんでいる。そして、その横には、美しくそして凛々しい巫矢が立っているのだ。

 大和は、再び、全身全霊で、闇鋼の柱に挑んでいる。

 そして、寝食を忘れ、闇鋼の柱に挑み続けるが、いつしか、いかに念を込めようと、それ以上は闇鋼を削り出すことは出来なくなっていた。


 大和や巫矢が寝る間も惜しんで三日三晩掛けて、削り出した闇鋼は、お互い、やっと腕一本ほどの量であった。

 大和や巫矢は、不満だったが、この量を削り出した猛者は、歴代の神魂一族でも、数えるほどしか居なかったのだ。

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