第29話 わかったわ。その人たちが居れば

「わかったわ。その人たちが居れば、日本国も平和的な講和条約は望めないということよね」

「そういうことだ」

「だったら! 」

 そう言うと、巫矢は、アイスホッケーのキーパーが被る仮面とチェンソーを取り出した。

 大和は、呆れながらも、何とか言葉を発する。

「巫矢、お前そんなもんどっから出したんだ? でも、まあ、そこには突っ込まないでおこう。だが、その恰好はなんなんだ」


「いえ、日本の軍人さんを脅かすために、アメリカ版ホラーと言えば、これでしょう」

 そこで、頭を押さえる大和。

「まったく誰に聞いたんだ。いや、普通にいこう。別に恐怖を与える必要ないから」

「えー、つまんない。せっかく、理子さんから聞いて、脚本を書こうと思っていたのに」

「やかましい。ささっと、付いてこい」

 大和は、巫矢の腕を取って、空船から飛び出した。ターゲットの目星は付いている。空船に入電してくる指令を見れば、誰が盲信者かは、一目瞭然だ。

「とにかく、戦局を分析することなく、何も考えなくて、出撃命令と玉砕命令を出すやつだ。こいつら、兵士に死に場所を与えることに快感を覚えてやがる」

「ほんとにね。それに海軍と陸軍の仲の悪いこと。連携することもなく、勝手に作戦を実行しちゃうし。お互いの作戦が失敗すると喜んで、罵(ののし)り合うし」


 そうなのだ。日本の作戦本部は、この時期には、もうすでに、実際の戦力分析もせず、希望的観測で作戦を立てている。

 そして、実際に作戦を実行する隊長が、その作戦の失敗の責任を取らされている。

 敵二〇〇〇人、装備は軽装という報告を受け、日本軍が、実際に行ってみると、数万の兵団が、戦車と重機関銃で待ち伏せていることなど日常であり、その敵を前に、わずか、数千の味方は、装備も銃と手りゅう弾だけ、撤退も許されず、死ぬまでその場に留まって、地獄を見ることになるのだ。

 

さらに、この戦争のお粗末な作戦はこれだけではない。

 軍隊を少し送って全滅すると、今度は、もう少し軍隊を増やして送る。また、全滅すると、さらに、軍隊を増やして戦場に送る。まさに何も考えていない作戦なのだ。

 なにも、考えていないのは、それだけではない。

 軍隊が動けば、後援部隊が、食料や弾薬といった物資を輸送しなければならないが、この輸送路が全く確保できていないのだ。制空権を握られた日本国の輸送船は、航空機や潜水艦の的になり、戦地に赴く前に、すべて、海の藻屑と消えている。

 日本国軍は、アメリカ兵だけでなく、飢餓とも戦わなければならなかったのだ。


 大和と巫矢は、そう言ったバカげた作戦を立て、実行している軍部中枢部に暗殺の標的を絞る。

 夜な夜な、大和と巫矢は、空船から出て、将軍と呼ばれる軍人を刈る。

 ある者は、女郎屋で多数の女を抱いていているところに、漆黒の矢が頭に刺さって死に、ある者は、高級料亭から出たところを、漆黒の刃に首を跳ねられ、ある者は、部下の忠告に対して、更に理不尽な命令を出している所を、額を貫く漆黒の矢によって。


 もちろん、これはすべて壁越しに行い、大和と巫矢は、決して姿を見せることは無い。

 壁を突き抜けた矢や刀が、軍人たちを襲うのだ。

 軍部は、当然スパイや暗殺を疑うが、まったく、証拠を残さない手口に合わせて、死んでいった者は、もはや、戦争のお荷物になりつつある妄想主義者ばかりである。


 一応、警戒態勢を取りながらも、すでに、この戦争の敗戦の責任を取ろうとする腹の座った参謀たちは、この事態にも、恐れることは無かった。


 大和や巫矢は、影ながらその態度を見て感心している。

「さすがに、腹の座った日本国軍人だ」

「そうね。これだけやっても、少しも怯えることがないわね。ジェイソンは必要なかったわね」

「巫矢、それは置いとけ、それに、怯えるような奴らはすでに刈ってしまっているしな」

「これからどうするの。大和」


「後は、陛下にご決断いただく」

「そうね。この戦争を終わらせるためにも必要ね」

「ちょっと、待って、大和さんに巫矢さん。天皇は、軍部によって、もはやお飾りで、実質の権限なんてなにも無いのよ」

「しかし、日本国民は、現人神天皇を崇拝しているし、この戦争にケリを付けられるのは天皇だけだぞ。もし、降伏するにしても、天皇以外で、誰が納得するんだ?」

「そういう時代だったんだ……。だったら、天皇に戦後の日本を知って貰いたい!」

「理子さん。天皇に会いに行くのはとても危険だ。俺たちでさえ、今までだって、死にそうになっているのに、とても、理子さんを守る余裕なんてないぞ」

「大丈夫、私だって、神に未来を託された一人なんだから」

「そうだな。理子も参謀なら、最後の詰め、理子の考える通りにしたらいい」

「ありがとう、主さん」

「で、主さんはどうするのよ?」

「私は、あと少しで、今やっていることが完成する。それに、理子の話だともう時間がないんだ。申し訳ないが、私はここに残る」

「「「……時間がない?」」」


 三人は、主の言葉に何に時間が無いんだと疑問を感じてるが、それならそれで急ぐことはこちらにもあるとばかりに大和は巫矢に尋ねた

「巫矢、天皇陛下の居所はわかるか?」

「ええ、御所の地下の地下壕にいるみたいね」

「近衛兵は?」

「そうね。五、六十人といったところかしら」

「たった、それだけか?」

「陛下ご自身が言ったみたい。私の護衛は必要ないって」

「なるほど、この人も、腹の座った人の一人か……。とにかく、出かけて話をしてみるしかないな」


 大和と巫矢は、そう言って、空船で、天皇の警備が手薄になる時を伺いつつ、盲信軍人を刈り続けている。そして、盲信軍人をほぼ刈り尽くしたころ、天皇の周りから、護衛が消えたのだ。

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