第13話 隠匿

 起きるとビリッとする。

 体に電気が走って尻もちした俺は「保健室に行こう?」とアユラの補助を受けた。


◇◇◇


 診察中「君って丈夫ね…」と分厚い本をバシッと閉め、涼しい室内には医療器具があり。


「ズバリ。私別魔力抗体症しべつまりょくこうたいしょうだね」


 白衣からペンを取る保険教師。

 本棚や器具の密集する机に診察結果の用紙が提示されていた。


「ども」


「所で君、生まれは白魔術界で記載されてるけど合ってる?」


 顔が近いが「…うん」と一息ついて、また確認事項なのか冷淡に診断内容を記入する保険教師。


「粛清対象と遭遇時の合言葉覚えてる?」


 ペンの音が止む。

 唐突で「どうして?」と尋ねると薄笑いから、保健室の明かりが遠のいて寒気が漂い始めた。


「第六位、青い髪は瞬麗しゅんれいの黒魔術師にして智慧ちえを喰らう。囮は巨体の者にせよ、さもなくば全情報網が喰われるだろう」


 尋問かの空気感で「次は?」と問われる。

 戸惑ってしまったが記憶は正確に残っていた。


「墓の骨見ぬ生け贄術師は底なし地獄。腕切り舌切り屈さず沼地の外へ退避しろ。第五位」


「意味は?」


「知らない」


「そう? 最近被害が多いそうよ。餌食となった写真や四肢を魔術師達にばら撒いて脅迫してる大災。何が怖いって場所が写真に書かれていて行ったら最後、次の犠牲者になるらしい」


「管轄内で?」


「両方あるらしいわ、けど比率は管轄外が多数よ」


「最近粛清された人っている?」


「最近はヴェンネルバリという人物が二日前に粛清されたわね」


「…。」


 幼少期に関わりがあった人だった。

 詳しくは正式な公表が二日前にあったそうで黒魔術界へ潜入した魔術師達の有志らしい。

 以降から携わった人達が災いの様に狙われているのが最近だそうで、ヴェンネルバリとは黒魔術師の弟子入りから会ってはいないが、意識が乱雑した。


「君の方角は怖い。まあ気を付けて!」


「…あ。はい」


 結構軽いがそれより「弟子になったんだよ!」って喜んでいた姿は居ないんだ。

 あの時病弱な体質が治ったと慕っていた師は黒魔術界の第五位だったし。


「戻ります、お世話様でした」


 体が良くなった。

 正確には死と比較したら大した事なかったと、歩き出す背に声が掛かる。


「それってね、自分と違う魔力を消耗する事で抗体が誤作動を起こす麻痺まひ類の症状なんだけど…心当たりは?」


 保健室の電気が消える。

 数秒の静けさに紡がれた。


「まあ成長期って可能性もあるかな。魔力の性質は大人に成るにつれ変わるものだからね…だとすれば、闇の性質に特化してるね君は!」


 楽しそうに語る保険教師に、半ドアの出口を行った俺は改めて挨拶した。


「はいお大事に」


 水滴の付いた廊下からシトシト降る窓に人の姿が無い。

 校舎を繋ぐ道なりで水飛沫みずしぶきがかかる。

 突き当たりの階段を上がった教室に辿り着く。

 消灯する教室を開けると。


「遅いよ‼︎ 五十分よ五十分、すぐ治るからって言ったよね?」


 居ないと思っていたらアユラが傘を持って駆け寄った。


「言ったけど、授業はどうなって」


「今日は午前授業! 魔力測定で終わり…約束したじゃん奢りって。待ってたんだから奢ってよね」


 胸に傘で叩かれた。


「知らなかった…じゃ一度家帰って準備して。あっそか、風呂入るから待ち合わせ時間は」


「はあ? そのまま行くに決まってるでしょ。小学生か」


「煩いな! 傘持って来て無いんだよ」


 意地を張る俺に首を傾げるアユラは「そんなもん、ウチの使えばいいじゃん?」と傘を掲げ、流れる会話で外へ出て催促さいそくする。


「さあ入って入って」


 手招きされて歩が止まる。

 また、アユラが指先で髪をいじりながら。


「二人で使えば濡れずに済むじゃん? これしか無いし…なにその顔は!」


 赤らんで燃え尽きた様に。


「放火バラすね」


「ッ⁉︎」


 俺は傘を取り「よし行こう‼︎」と話を捻じ曲げる。

 片や「あれれ〜。やっぱりシオン君が犯人だったのか」とゲラゲラお腹を抱えていた。


 …やっぱりこの人苦手だ。


◇◇◇


「注文おねがいしま〜す」


 天候不良でも賑わう喫茶店で、来客する景色をぼーっと見ているテーブルに店員さんがやって来る。

 注文してほとぼりが冷めていたら「そうだ。後で聞こうと思ってたんだけど、保健室の付き添いの時。メイミアちゃんが睨んでた気がするんだけど…やっぱりウチが行ったの不味かった?」と。


「ん…助かったよ。命拾いしたし」


「でも睨んでたと思う…」


「それは朝の目覚まし時計を止めようと勢い余って吹っ飛ばしちゃって。メイミアの寝てる正面のガラスを割っちゃって、かな。朝揉めたのそれだし気にしなくていいよ」


「そうかな…」


「そうだよ」


「本当に付き合ってないの…」


「付き合ってないって!」


 その無反応の対面で視野の隅に小さい頭部がぴょんと跳ねてる。


「よ…! 珍しいな二人って」


 優斗君を連れるミグサがそう言った。


「ねえ僕この席に座りたい!」


「駄目だぞ、デート中なんだから」


 デート?

 ミグサはケーキを持ってくる店員さんに断り離れた席へ案内された。

 俺は隣空いてるし座ればいいのにと思いながら「…あの、そんな急いで食べるとお腹に悪いんじゃ」と爆速で食べてるアユラに零れた。


「ホッといて! 丈夫なの」


 そう言ってハーフアップの髪にホイップが付着してる。

 俺は知らずに食べてると思い拭き取ったつもりが「近寄んな!」と怒鳴られる。何だか様子がおかしいなと感じ「もしかして…さ!」とひらめいて前に乗り上げた。

 アユラは息を飲んでいた。


「ミグサ好きなの?」


 考えれば俺と親しい関係は誤解が生まれるから挙動がおかしくなったと感じる。

 ミグサとは仲良いし、俺がメイミアと付き合っていたら遊べる関係を築けるかもしれない。

 だとしたらアユラはミグサが好きで合ってる!


「は? 何でよ」


「…。」


 こうして会話が無くなった。


◇◇◇


 帰り道。俺はさりげなく傘を持っていた。


「晴れたね」


 きっと無理に言った別れ道で、屹立きつりつするアユラと同じ方向へ向く。


「送ってく」


 気まずさを打破したかった。


「いいよ近いから、ご馳走様でしたシオン」


「いえ……」


 その時冷気に煽られた。

 突然。

 陽の方角にまみれる、逆さの異質。

 人混みに紛れて映る光景に目を奪われた。


「どうかした?」


「ううん。帰るよ」


 傘を渡す。

 改めて同じ場所を観て──家族連れの光景に変わっていた。

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