第25話 生き写し

 校庭に鐘が鳴り出した。

校舎の階段を登る頃には静まった同学年の廊下で。


「ニ年A組、B組」


ぶら下がる木札を参考に教室を覗いていた俺は順に人を探していて、隣で賑わう生徒に尋ねてみる事にした。


「あの。長めの髪で金髪の男の子を探していて、その子が何組か分かります?」


「知ってますよ、C組に居ると思います」


輪の中で強張るものを抑える様に教えてくれた男子生徒に御礼を伝えた。


「はい!」


親切な声に再度いい顔を振っていた俺はC組を覗く。

すると配膳台で給食の準備をしている光景から、後ろの方の目立った外見に忍び込んでいった。


「よ! 昨日ぶりだね」


肘を付き黄昏てる様な懐にしゃがんでいると「なんで居んの?」と血相を変え椅子が揺れる。

反動で机の中のはみ出た紙が膝に降ってきた。


「なんでって。何これ」


その赤丸がビシッと付けられた紙を手にして音読する。


「名前…水城翔。かけるって言うんだ。点数は。。満点⁉︎」


「返せ」


「あっ……」


紙を掻っ攫う翔が机に戻し配膳に並ぶ後に付いて行く。


◇◇◇


「まずメイミアを捕える化け物が居る件について」


「ばけ…私か弱い女の子だったんだよ。それで一番お高い値段だったんだ!」


えぐくて反応しずらい…


「ずっとね、親の顔色伺う生活で父親は情緒不安定だし母親は他人みたいだった。でも子供ながらに愛されたかった、けれど引き渡される時に謝られた」


「…なんて?」


「産んだ後悔」


聞くんじゃ無かった…


「それで運悪く会場で抗争勃発されるし人質にされるしで散々な結末ご臨終の薄い意識で、抱き締められたの」


「分かったそこだ! 抱き締められたその人に助けられるいいお話し、にして欲しい…」


「………クスっ。私はその人の温もりの中で死んだの」


「…」


「後から知ったんだ。その場に居た首謀者皆殺し、死因は窒息死って」


「おう…凄え因果応報」


「ふふ凄いでしょ。私のダークヒーローなんだ、大事な大事な思い出の宝物」


「…希望だけはあってよかった」


「うん、それまでの暗い人生が覆されたよ」


「…その後その人とはどうなって?」


聞いていた頃にはかんざしを挿し直し、昔話しは終わった様に感じる。

それが勿体ぶる笑顔を見せ付けられた、ひと吹きの間と。


「秘密だよ」


引き込まれていた意識に響いてくる。


「ひ…秘密なら我慢し(何で我慢してんだよ)…そうだ、この辺に中学校は無いの!」


りんと立つ視野を上げると、首がよれている目の奥に不自然な姿が写っていた。


「……あるけど、田舎だから少し離れた」


「方向は?」


口走る俺を傾げながら腕を伸ばすメイミア。


「あっちだけど、ちょっと! 魔力は駄目だってば」


そうして。学校に辿り着いて来た訳で。

空いていた席に給食を置き翔の席にくっ付ける。


「よし」


「よしじゃねえ、独りで食えや。そもそも生徒でもないお前がなんで学校入って来れんだよ」


言われ周りが自由に食べている様子を見渡した。


「いいじゃん、他もこうやって食べてるし。それに俺の学校見学自由だったけどここは違うの?」


聞き返していた俺は、新鮮な環境にワクワクしながらパンをかじっていると。

鋭い目力で、しかし呆れたみたいに。


「どんな中学か知らねえけれど。ここは他校の関わりに厳しいし、お前の学校に連絡されたら問題になるんじゃないか」


その不思議な話を聞きながらスープを口に運んだ。


「退学したよ」


「中学生が退学になるかよ。それ所か親元に連絡されて困るのお前だろ」


困らないし説明してもオチが無いし、そう考える間に完食した。


「親いないよ、それより食べるの遅くない?」


半分残ったパンと何も手を付けない給食が気になる。


「お前が早過ぎんだよ‼︎」


投げ出す机が壁に激突し、ぶっ飛ぶ配膳を俺が確保しているとバックを持ち出す翔に教室中が凍りついていた。


「食べないの…学校終わり?」


「気が変わった」


所々に破けている学ランを肩に掛け、椅子を蹴り押し金属が打つかる豪快ごうかいな音が鳴った教室で、対面した教師はしかめて窓を向く。

逸らされる一面に直る俺は教室を抜ける翔の後を追った。


「じゃ、これから暇ってことじゃん! 俺ゲームセンターとか行ってみたいんだ、太鼓叩くやつとか」


右から左へと翔の周りで誘っているんだけれど、反応が無いので「ねえ」と前に立ってみると。


「勝手に行け、俺は行く所があるんだ。第一お前みたいな奴と居ると目立ってしょうがない」


重心を突き向けられ、とがった声に少々悩んだ。


「別に…よくない? それより行こうよ?」


昨日の広場で散々目立っていたよと言ったら怒られそうだし、首を傾げて待ってみた。


「行かねえし付いてくんな?」


◇◇◇


──ジムとは、体を鍛える施設らしい。

俺はダンベルで鍛えている翔を座って見ていてそう思った。


「通り道でカラオケとかボウリングとか楽しそうな所を素通りして、よりにもよって筋トレかよ…これが翔の趣味?」


熱心に腕を動かす姿勢から天井を見上げて、長く、退屈な時が過ぎていく。

流した汗をタオルで拭いて、ペットボトルの水を飲む翔が言った。


「おい。お前なら何kg持ち上げられる」


バキバキにひしめく機械から、鉄の音がする光景に興味はない。

けれど唯一他所を見ている翔から友達っぽい雰囲気に触れられた気がして、鉄塊に標的を向けていった。


「やったことない、けど」


無関心から関心に変えられるなら。


「ここでは何を持ったら凄い?」


りきを入れるこころざしで返事を待っている俺にその口が開く──同時。

横からお声が掛かる。


「お客様、お時間です」


「…はい」


運が悪いんだか何だか、話題の失ったジムを出てから。通りすがりで同い年くらいの子が賑わう繁華街を抜けた、やけに古風な門構えの家に着く。

──なので。


「じゃあまた」


 数十分振りの口を開いていた頃には、街に戻る帰り道で、つまずきそうだった。

歩みを進めると、距離感が増して、日の光に混ざる光景はアルタイルと同じ、冴えない日常と大差はなくて。


「時間あるなら上がってけよ。シオン」


シンとした道なりで翔はまだ、玄関にたたずみこちらを伺っていた。


「いいの?」


「いいけど、本当変だよお前。普通は家を見てビビるか嫌がるかのどちらか…その輝いた目をヤメろ。どんだけ嬉しいんだよ」


遠い距離感が報われた瞬間だった。

俺は舞い戻って、鈍い目で家に招かれた俺は渾身級に礼儀正しく。


「お邪魔します‼︎」


「いらっしゃいませ‼︎‼︎」


玄関口で御目おめに掛かる大人達の内、四季に連なる刺青の入った腰の低い家人に案内された、部屋で。


「翔って何者⁉︎」


と、お茶をもてなされた俺は御辞儀をし、そっと聞いた。


「ただの家柄。それより昨日……そこの写真に見覚えあるか?」


制服を脱ぐ片手間の翔が、黒いふちの写真が二枚、花飾りのある所に促している。

俺はそこに近付いて、それは、辿り着くまでもなく。


「ある」


遺影だった。

ぶっきら棒の少年に送る、満面の笑みでいる描写がふつふつと蘇る。

あの親近感は身内のものなんだと、熱がはしった瞬間だった。


「通り魔に襲われた弟を双子の兄貴が身代りになった、傷が深かった弟は病院で息を引き取った」


一旦のお茶をすすってから翔は語った、あの日と繋がった。

二人の故郷に居るんだと妙に納得した。


「親近感って」


──三人兄弟だったんだ、ミグサ。


それを知って、元に戻り。座布団に座ったテーブル越しで対面していると。


「おい変な気は使うなよ? 昨日の様子が変だったから話しただけだからな」


砕けた目に写っている親身な姿は、両手を付いて。


「使ってないよ、どうぞ宜しく」


「使ってんじゃねえか‼︎」


お見合いみたいな伏せをしていたいい突っ込みに、顔を上げると所々赤く染まった白い服に目がいった。


「ところで、そこの服は何の…衣装? 模様っていうか、血っぽいけど」


「あれは兄貴が着てた特攻服らしい、そのせいで俺が族を引き継がされたんだ」


「族って昨日のバイク? がうわーって来た、アレ?」


「……うわーって。まあそうだよ、面倒な事ばかり押し付けていきやがったんだ兄貴は。今時もっと面白い遊びがあるだろうに、絶対許さねえ」


流れる様な口数に驚いていたら湯呑みはからっからになる一服と、熱の入った翔から少し、時間を惜しんでいるとそう感じた。


「ただでさえ家の影響があって学校の推薦は取消されるし、踏んだり蹴ったり振り回されて…それでも。兄貴の形見を無くしたくはなかった」


「……そう」


ここに来て平和の象徴だと思っていたこの世界は、複雑らしい。


「今日も行くんだ。兄貴の形見を守りに」


家内に声が通る頃には、それが、急遽に響く足音と共に外からエンジン音が聴こえてくる。


「昨日で最後だ」


同時にふすまが開かれた。

総出の家人が縦に整列し、その中央の人物が頭を下げ、重い声で告げた。


「若。迎えが到着致しました」


大袈裟おおげさとばかりに下げ続けると、塞いだ道を開ける様に縦の列に控える。

その道奥で影に覆われる人物が、灯りに照らされて来る。

それは眼鏡をかける白く慎ましい服装の男だった。

これに規律を示していた家人達が一斉に頭を下げ出している。

一見し清楚な印象を受けるさわやかな短髪が額を出し、少々の髭が貫禄を再現している容姿は、一般人より派手に映っていて。

何より、エンジン音に気が付いたのは紛れもないこの白服の男の異質感からで、たたみを踏み越える視線の先には。


「水城翔さん。約束の時間ですが、人数が少ない。承った契約によれば、十七歳と十八歳の方とお連れする予定ですが」


「二人は昨晩…不慮の事故に遭って、来られないと思います」


言いにくそうに硬い姿勢を立ち上げた翔。

静まっているこの場で顎を触る白服の男が背筋を逸らし出し「そうなると」と、推し量る様に返答した。


「契約不成立になりましてご実家は潰されて悔いないと?」


とがめる顔を突き出した、よりは心を覗いている言動に瞳の光が失う翔。

まるで広場で感じたあれは、怖れてる様に感じた根源が目の前に現れる。

鬼神の形相だった。


「何してんだお前…」


不快。

 不快。

  不快。


「なんて。失礼な人でしょう。冷嘲熱罵な行いでこの家は無残にも散ってしまいそうになる」


まるでミグサの実家を潰せると白服の男は挑発してる。

けれどこうなっている原因は不明だった。

でもそんなのどうでもいい。

やっと喋ってくれる仲になれて、しかも親友の家族だったと知ってスゲー嬉しいのに。

 頭が上って──全身を奔って──髪が逆立って。

  歩んでいく。


「それ以上家の問題に立ち入らないでくれ。でないとお前の繋がり共々未知の力で根絶やしにされてしまう」


翔の全身で止められる、正確にはその意志に足が止まると家全体が軋んで揺れ出す。

白服の男の魔力だった。


「ですから人数が足りていない。念のため申し上げますが成人した方は選出致しかねますので」


「承知しています、そのことも…一方的な残虐を目的としたコロシアムってことも」


悟っていたかの翔が言うと鼻で咲う白服。

更に殺気立つ魔力が家内の花瓶を砕いてこの場の人間に促すみたいに。


「ふふ、語弊ごへいがありますよ。世界中の資産家の娯楽、そして貴方のブランド力を評価された言わば。選ばれたのですよ、一人の戦士として」


「ええ、この身一つでこの場を収めて頂けると自負しています」


「…ほう。賢い子だ。本来貴方が逃げないよう他の二人は人質みたいなもの。特段価値無し埋め合わせは用意している。行きましょう」


関心しながら手を仰ぐとさんを踏み越える黒服達に囲まれる。

連行される翔が家人達を通り、白服の男が付いていく。

それからの事だった。

そこから逆流してくる足音と共にこの場が凍り付くかの悲鳴が度重なる。

更には悲鳴を凌駕する怒鳴り声が響き出す。


「いつまで帰って来ないつもりなのよ‼︎‼︎」


ぶっ倒れた白服の姿が見える。

家内を絶望感に駆り立てたのは蒼白するメイミアだった。


「ねえ…白いおっさん」


「あの高飛車たかびしゃが…今度は何ですか!」


俺は今までのやり取りを確認する。


「契約が三人って言ってたよね?」


「そうです、三人ですよ」


「良かった。これで翔の人質役になれるよ、ありがとメイミア」


俺が礼すると逆鱗かの顔でメイミアが口を開く。

同時に半身が灯りと影に覆われる白服の男が口を開ける、刹那せつな


「馬鹿かお前! コイツは観客の前で戦わせ、一方的な残虐で金儲けするマフィアなんだぞ。出場者は殺される、絶対に来るんじゃねえ‼︎」


黒服達に抗い隙間を広げる翔の強調、その暴れっぷりを一瞥いちべつしドスのある発声が響く。


「黙らせろ……青髪の子よ。こっちは商売でやってる分富豪の連中に価値が付かない餓鬼はお断りなんだ」


ネクタイを緩め眼鏡を外す、その中心で茫然ぼうぜんとするメイミアが交互に伺い。


「ん?」


「しかし。君みたいな世間知らずが恐怖で堕ちるのを想像するとうずくんだよ。だから感謝してくれ。けして踏み込めない無法の道楽に送られる私を」


顔面に手を押し付け体を逸らしている、語り癖に感情がたかぶった多幸福かの様子で。


「あの、何のお話をうおうおっ?」


俺らは黒服達に囲まれながら車に乗った。

俺は改めて隣にいる翔に血の気が引く。

まるで黒魔術界の住人かの白服が何を企んでいるのか、その場所に翔が行くって思うと。


「私何でこうなってるの?」


発車した車内で手錠を強調される。

これからメイミアに酷い目に遭わされるが後悔ない。

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