第8話 暗黙

 耳に馭者達の警戒が入る。

 発車した馬車は魔王と真向かいで目を瞑る銀髪の男との空間に「改めて私魔王のシンクです」とぎこちない微笑みの魔王。


「ども…シオンと申します」


「シオンさん。ええっと…ご趣味は」


「趣味は読書。です」


 視界にはしとやかな振る舞いの奥に少女の様な期待の情緒を感じる。

 しかし宿屋の外で不穏な魔力が漂っていた中心の人物達。飽和する室内にクラクラする。


「魔王。おたわむれは。所で貴殿きでんは」


 さっきまで目を瞑っていた男、いつ目を開けたのか、動作を感付かせない何かを習得してる人なのか。


「シオン殿。俺は魔王の側近だ、護衛を任せる身としていささか気になっていた」


 視界がかすむ。耳に蓋をされてるかの聴力だが筋肉の強張りだったりで疑っている印象。


「魔力が感じ得ないのだが、その身で何ができる?」


不躾ぶしつけよ、私が決めた事に不服でも?」


「いえ。ですが此の者は武器を所持していないどころか戦士特有の痕跡が見受けられない。服装は薄着で装備とも呼び難い、一見では低級魔物と渡り合うことすら困難を要する風貌ふうぼうかと」


 そう側近と魔王が口を動かすが、届く声が理解より早く離れてしまい、声を上げた。


「あ、あの…少し…魔力を抑えて」


 欲しいと言う筈が体が崩れていく。

  姿勢が戻せない。

   麻痺していた。


 ──ここまで追いやられるともはや清々しいが──


 ◆確かに、何処いったんだろう◆


 静かになる。

 真っ暗。

 その視界に過去の行いが駆け巡る。


◇◇◇


 俺は魔力を溜めていた。

 魔力が青になる感覚が気掛かりで、その事を思い出す。

 それに走馬灯って死を実感するにはありだなーと。

 カーテンのあるベッドで目を覚ました。


「生きてたわ…」


 ふぁぁと伸びていたら枕元に手紙があり開いてみる。


「体調は如何でしょうか。具合が良くなってる事を願います」


 魔王より。

 ん?

 周りを見ると、シャンデリアに照らされる緋色ひいろ絨毯じゅうたんや羽根ペンが立て掛けてある机に数冊の恋愛本が並ぶここは──魔王城だ。

 ドクロ飾ってあるし。

 何でこうなってるのか分からない。

 確か魔王の護衛とかで連れて来られ、それで今こうなって。


「アイツ……!」


 部屋の扉が開く。

 体が震える中魔王は部屋に入っていた。


「気が付きましたか?」


 机で水を注ぐ所に俺は向かった。


「なんのつもりですか」


「いえ。お水です…」


 コップを差し出す魔王に厭う言葉を上げた。

 理由は二つ。

 馴れ合う気もなく二の舞は起こさないため。

 これら動機に動かされ、水音がした。

 コップの水面が揺れてる。

 けど魔王から魔力は垂れ流れていた。

 何より暗い表情と垂れ流れる魔力が相応に一致しない、そう思っていたら水を喉に通していた。


「体調が悪いと聞いていましたので」


 コップを宥め、故意的な威嚇でなく文化の違いなのか。

 綺麗な目と合わすと震えが増す。


「やはり…体調が悪いのですね」


 変に目立ってしまう状態を見透かされ、目を瞑った。


「好調です」


 身体が危機を覚え、気を緩めれば怯えてしまう。

 気付けば二度目の嘘をつく俺を、薄目に映る魔王が紡ぎ出した。


「昨日来たばかりと伺っています」


「…この地の事は…分かっていない所存です」


 漠然とした悩み、不安、これらが積み重なった結果が今なんだと感じるし、意識し出す程本質に迫るという間違い探しの様に抽象的な恐れや、漠然と砂漠の上にいる儚さすら控えめな虚無感に苛まれる。

 本心では懸命に生きてるつもりが失敗だった。


「ある程度の事情はシイナさんから、きっと慌てると思いますと…魔王城に来て頂いた理由は私から説明するつもりです」


 話が途絶える。

 待ってる間、シイナのやり取りと類似するし素直に待っていても聞くことは叶わない。


「あの。ここに来る前、シイナは貴女の護衛と言っていました」


 俺は互いが関心を持つ話題へ誘導した。

 理想は流れる会話に変える目的と、くすぶっていた疑問。

 冷静にいればいる程聞き間違いに感じるし、失礼かもしれないし、でもみんな言ってるから関心があるんだと思うし、見れば見るほど綺麗な容姿だし。

 とことん苦手だと再認識してると淑やかに。


「そうお伝えしています」


 合っていた。

 ならこの人とシイナの関係性を知りたいけど身の震えに抗える内に優先的な会話を進めていた。


「勇者からと聞きました」


「はい、勇者により壊滅状態です」


 狙い通りの反応。

 というのは見知らぬ土地で役に立つ重要な事と友達が言っていた。

 確か格上の存在は貪欲に知るべし、らしく。

 知りたい。


「貴女に対抗出来る勇者はどれ程の強さですか?」


「……それは、勇者特有のスキルが最近になって強力に。いえ、進化の方が正しく。魔物は未知のスキルで絶えていき、私が出張った結果は虚しくも。追い返すのが限界でした」


 ひしひしと現れる情緒を押し込めながら話す魔王。

 もう勇者の話はしない。

 震えが止まった。

 今対面してる相手は人なんだと、意識してしまった。

 悪人は嘘が方便だし、食い違いを如何に許容し利用し合うかが生き残る秘訣だった。

 ただ魔王という呼称に悪と認識していたからか、悪だから魔王となるのか、この人を意識すると混乱する。

 落ち着こう。

 元は勇者の追求で身の危険に対応すべく情報を収集、拠点の確保だったり今後の生活水準と生存率の向上。

 あと仲間も欲しいな。

 ああ。そういうことか。


 ──現実の向き合い方が変わった──


 頭がすうっとする。

 この後の未来を考えると高揚する。


 ◆あの頃の◆


「失礼。手を出して頂けますか?」


 切り替えた表情が映る。

 以降。微量に揺れて伝う魔力と共に、幽玄とした声で魔王は唱えていった。


かえけ、馴化じゅんか変幻へんげんせよ。脈動みゃくどううつりゆけ、風見鶏かざみどりのよう一度ひとたび優越ゆうえつわれのマナをわけあたあふれよ〟


 声に作用する魔力が風を創り、オーロラの背景を持って差し出す手に手を添える魔王。

 オーロラが青に変わる。

 魔王の魔力は闇の系統。

 それが手を通し変換され、青い魔力がみる様に満たされる。

 見開いて、戸惑いつつも全身を見つめる目頭が熱くなっていく。


「嘘っ…魔力が…満ちて。あれ。おかしい」


 満タンの魔力が全身を駆けて、自分の魔力が肌で感じる。


「やはり、シオンさんから魔力を感じないんですね」


 魔王に涙が零れた。

 散々追いやり微量しか回復しない俺が纏っていることに、何度諦め、無理と思っていた。

 疑っても肌で感じ取れて、それで、一体どうして。


「私の魔力を変換して与える二重言霊にじゅうえいしょうです。多少私色の魔力が含まれていますから扱いには気を付けて下さいね?」


 俺は人差し指を口に添える魔王にお礼を伝える。

 全身に駆ける無邪気さに灯される様だった。


「シオンさんは笑顔が似合いますし、同じ碧眼同士。睨まれると怖いのです」


「あっ…はい」


「間も無く奥の間で食事会があります、そこでお話を聞いて頂けますか?」


「はい」


「それと、さっきのシオンさんはかなり恐ろしかったです。それでは」


「はい?」


 淑やかに席を外した魔王に首を傾げていた。

 一人になった部屋でふと思い出す。

 そういえば何か大事なもので満ちていた気がした、したが。

 いっか。

 灯りの中に居られる今に没頭したい、し…。


 ◆これが本当の魔力だった?◆


 一転して放心。

 静電気を帯びてるかの朦朧や。

 疲労なのか。

 ぐるぐる回ってる感覚や名を呼ばれる。

 何度と知らない声から聞いた事ある声で呼ばれた。


「シオン殿。先程は無礼を申して済まない、体調不良とは知らなかった」


 剣を床に置いて頭を下げる側近。


「あの。意識が無くてほとんど記憶にないですし看病して頂けて助かりました」


「はっ。それと申し遅れた、俺はシュタラ。好きなように呼んでくれ」


「分かりましたシュタラさん…聞きたい事があります」


 穏やかに伝えた。

 シュタラさんは帯刀しながら「ああ」と。


「食事なら直ぐだ、案内し……?」


 お腹からゴロゴロと鳴る。

 不思議に見つめるシュタラさんは急ぎ目に繋げた。


「早ければ惣菜の盛り合わせが済んでいる」


「ええ」


「その後に主食を一番に出す様頼んでおこう」


「ありがとうごさいます、それで」


「ん。苦手なものはあるか?」


「い、いえ」


「緑の惣菜か?」


「こう見えて大食いなので、大…丈夫…それで」


「飲み物に好みがあればシェフが用意してくれる。何かあるか?」


「えと、えと、乳製品以外であれば! あとト」


「うむ、承った。所でお腹を摩っているのはどうした? 結構な響きに聴こえるが。落ち着かない位に腹が減っているなら急いだ方がいい」


 俺は汗を流して声を張った。


「だから急いでトイレの場所教えてよ‼︎ 漏れるて‼︎ 何で気遣い出来る紳士がうんこ分からないんだよ‼︎‼︎」


 我慢を台無しにし聞き出した道を疾走した。


◇◇◇


 奥行きのあるテーブルが沢山ある料理一杯の広間で魔物達とすれ違う。

 迷いなく着席したり周回する魔物を観察してると指定席なんだと思い、空席を頼りに歩いてると大きい影に覆われた。


「おい。新入り」


 …。

 ……。


「でか⁉︎ 」


 人の形をした大岩、ゴーレムという種だろうか。

 また俺の事か聞くと「ああそうだ、新しい奴が来るって伝達合ったし見かけない顔だ」との太い声に魔物の視線が集まる。


「そこ。肉料理の席が空いてるだろ? 食おうぜ!」


 テーブルに湯気の立ったステーキが並ぶ。

 椅子を引くゴーレム?に聞いたら自由席の様でお礼を言い座った。


「おうよ。今日はサプライズがあるってらしいぜ。俺はアメジストってんだ、よろしくな」


 アメジストの気さくな振る舞いに名を返していたら隣の椅子がきしむ。


「サプライズって何?」


「おう? ええっと。んん。うん。あんま分からないけどよ、そこの広場で力を披露するって奴だな」


 目線に石を埋め込んだステージが全席から観戦できる形であった。


「度胸すご…」


「他人事じゃないかもしれないぞ?」


「指名制なの?」


「そうだ」


「新人いびられるの?」


「ああ」


「帰っていいですか…」


 そうは言ったが家はないと実感する。


「昔の話しだ。それにみんな可愛がってくれるはずだ。まああそこに立つ機会は来ないと思うぜ?ここでやっていくからには要らん心配は体に毒ってもんよ! 飯食おう……ぜ?」


「よかった」


「凄ッ」


 俺はホークに刺す五皿目の肉を口の前で止める。

 柔らかい赤身を観察した。


「美味いねこれ? 何の肉?」


「なんだろうな…!」


 広間の灯りが弱くなる。「食休みには丁度いい頃合いだ」と小声のアメジストに習って広間の奥を迎えると「今日は私の意に集まってくれて感謝する。途中名を呼ぶ者があるが、食事しながら聞いてくれ」との魔王とシュタラさんの登場や忠実な魔物達の中に俺はいる。

 今、魔王城に居ることを実感した。

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