第9話 魔王事情

 王座でグラスを回す魔王。

 静寂にシュタラさんの声が通い出した。


「招集した理由は他でもない、この短期間で我々の軍事力が大幅に失った事から各軍の戦力を再構築する。とりわけ三と六。この数字を持つに相応しい魔物を決める場として、意義のある者は挙手して欲しい」


 一通り目をやるシュタラさんや手を上げる紫の翼を持つ魔物。総勢の関心を集めて立ち上がる。


「進言致します。私は三.六に対し現状の軍からの選抜に危惧しています。現に二名は勇者侵攻に打ち倒されてしまった…新たに適任した場合、危険視され、それこそ戦力を失います。現状に耐えながら相応しい魔物が現れるまで、反対です」


「その通り、ギルドの懸賞金が増すだろう…では、空席のまま戦力低下を敵に知らしめる事はどうだろう? 攻めこむ隙を与えない為に、力を誇示こじする必要性は今も昔も変わらない。強い魔物の誕生を待っている時間、敵はそれを許しはしない。魔王軍を招集したのは、同胞を守る重要な決断だからだ、意義のある者は?」


 首を振り魔物は座る。

 挙手する者は出てこない。

 そうして「これより羅列られつの審議に移るとする」と席を外すシュタラさん。

 俺は「羅列って何?」と聞くが「知らん。ま家族の才能を見いだす場かもな、戦力を指数で表して?」からハッとして「総括軍隊長!」とアメジストの向く所に「シオン殿、腕前について聞いておきたいんだが」と俺を覗くシュタラさん。


「腕前というのは?」


「ステージで実力を見せてくれ。得意な戦術で構わない、相手が必要なら俺が立ち合うつもりだ。攻撃か守備か、どれだ?」


「得意な戦術は……。守」


「それと守備なら魔王自ら立ち合うと仰っていた」


「攻撃で!」


「そうか。なら俺が防壁役になろう、名を呼ばれたらステージに上がってくれ」


 端的に告げていくシュタラさんの背を眺め、視界が暗くなる。

 攻撃って何だよ…。

 そもそも魔術使えないし…。

 でも魔王の攻撃なんてもっと嫌だ、嫌だから旅立とうと立ち上がるがアメジストの顔が鼻にくっ付く。


「どこへ行く?」


「お花を摘んでくる」


「ついさっき便所まで突っ走ってたよな。腹の調子が悪ければ上機嫌にメシ食えねえはずだ…さてはビビってんじゃねえだろうな?」


「いや…美味たべすぎて…。」


 思わず下を向くと「おうおう」と迫るアメジスト。


「なあ俺らは血よりも濃い家族だろう?」


「まだホクロの数も知らないよ…」


「一つ屋根の下で同じもんつつき合ったんだ。な?」


 俺は縮こまった背を向けて歩いていく。


「昔の魔王軍はしょっちゅう裏切り者を抹殺してたな。魔王が」


 しおらしい声が掛かる。


「…そういうの下っ端の仕事じゃないの?」


 一応聞く。

 でも脅しに決まってる。

 でも仲間が欲しい身としては凄い困る。


「魔王は愛情深いから自ら引導を渡してくれる、そいつの親兄弟と一緒にな…」


 見ると懐かしんでるかの声や安らぎが伺えるし「…今までの生存率は」と強張った。


「いないぞ?」


◇◇◇


 宴の夜を連想する広間で人相悪く声を荒げてる。そんな光景に見飽きてうつ伏せた。


「思えばそこまで変わってもなかったわ」


 愚痴が零れた。

 一体何がこうさせるのか、反省しうる可能性に没頭中。


「しかしアレだ、お前が選ばれてるとは…。皆を癒す系だと早とちりしてしまった。うん、いびったらヤバかったな! ハハッ」


 かれこれずっとはげましてる。

 また興奮宛らの発声と共に「ほら最初の奴の出番だ。腹くくって見ておけよ!」と揺さぶられ顔を上げる時冷気に戦がれた。


「…。」


 何もいない。

 勘違いと思いステージに目を配ると、魔力が声に作用している。


女神めがみあらがつばさあお吐息といきしずめた大地だいちささげて 地獄じごくべたこおり化身けしん


 言霊。

 魔物の上に魔法陣の発現。

 まるで魔力自体を言葉で呼び起こしていた様に感じる。


 ぁっしょぼ──

  ぁぃてぃなぃの──


「…いた」


 冷気の正体。

 小さい容姿が魔法陣に写る、鬼?

 角がある幼女が吐息を…。


第四魔法陣クァットゥオル 息吹アペルティオー フローリス


 魔物の声が上がる。

 橙色の瞳が紫に変色を遂げ魔法陣に氷柱が発現、ステージを囲う透明防壁に氷柱が飛び交う。

 氷雪の様に地が埋まりそれら冷気が魔物に集まる。

 冷気は結晶の様に収縮し、それを爆発させた。

 輝く水色がステージに蔓延する霧の飛沫が薄まり、魔物が立つ地につやのある爆発痕が出来ている。

 それは爆発の威力を表すより、粉塵より細かいナノクラスの冷気はへんによる脅威きょういのもの。


「これを以って魔王軍の六の称号に相応しいか。皆の意向を示して欲しい」


 賞賛が起こる。


「ああやって総括軍隊長が防壁してくれるから全力で振えばいい」


 俺はアメジストに頷いた。

 ステージに立つ魔物に六の称号が贈られ、またシュタラさん自身も二の称号を担ってると演説した所。


「何故シュタラ様が三位に降格するんだ」


「一位がシンク様。二位にシュタラ様。絶対的羅列に何故?」


「だったら誰が二位を受け持つんだよ⁉︎」


 暴れる魔物達。

 魔王軍のNo.ニから三に移籍する演説は続いた。


「意義は認めん。次に移る。シオン殿、ステージへ上がってくれ」


 暴れる魔物達が鈍り、途端に総勢の注目を集める、俺。

 血走った視線に送られ、ステージに立つと最悪の絶景が広がった。


「この者をNo.二に推薦する。この中で彼を知る者はいないだろうが知るものぞ知る手練れであり俺自身未だ想像できぬ原石だ。ここで我々に真の力を証明してくれるだろう。ではシオン殿」


 合図。と同時に皿が割れ出し罵声の嵐が起こる。


「………クスっ」


「シオン‼︎‼︎」


 ものを震わせるアメジスト、いい顔で続ける。


「負けんなよ」


 沈黙。罵声が鎮圧された。

 また全員が睨みに見えていた視野は期待の表情を映し込む様になり、目を瞑る。


 考える事は攻撃、攻撃、攻撃。


 過去を探りながら青い魔力が宙を泳いでいく。

 青い魔力とは、死に物狂いで戦った記憶や、再現性のない攻撃が浮かぶ。

 また過去を頼りにすると、辛い。

 よって新しいものへ挑戦するきっかけにした。

 思い切って言霊する。


 ──鬼神化身きしんけしんし与える──大気をおこ妖艶ようえんまどわしうなれ──


 魔力が作用する感触がした、刹那。


 フゥゥ──

  ビリュルル──


 体が乗っ取られ、脳裏に瞳を光らせる存在が語り掛ける。

 ダメだと。

 魔力量然り全く足りないという。

 それは力を貸す見返りがなければ発現出来ないと続いた。


「お前の教師から魔力を献上させると見込めるなら力を貸すが?」


 力を、貸す。

 言葉の意図は分からないが、言霊と魔力で発現するものでない事は悟った。


「どうする?」


 力を貸す分の魔力量を先生に肩代わりしてもらい、力を発現させるという説明の元「嫌」と即答した。


「何故だ?」


「肩代わりが承諾できない」


「いいや、アイツにとってお前は生命の活力になっている。別の世界で窮地だったとゆすればいい」


 更に魔力が好物であると主張される。

 魔力の取引に利用したいらしい。

 断ると了承するまで取り憑くと聞かず、一点張りのやり取りから方向性が変わる。


「野望は何だ?」


「聞いて何?」


「力無く成り立つ野望はない」


「先生に肩代わりしてくれてまで叶えたくない」


「お前一人で大成出来るものなのか?」


「一人じゃなきゃいけない」


「言ってみろ」


「倒したい奴はいる」


「誰だ?」


「悪魔」


 そう言わされた気がした。

 けど野望という本質に絡んでいるだけで今となっては優先順位が低い。

 新しい地に来て思い出すきっかけ自体少なくなるはずだ。

 ならそれでいい。

 ただそれだけだ。

 だがこいつは耳を閉ざせない脳裏で笑い狂っていた。


「ふっ。よりにもよって魔力位よじげんが悪魔。そんな下剋上から何を得る?」


「話す必要がない」


「ふむ…まあいい。こちらとしては久しく笑えた。契約者が俺を呼んだ事象も含め。足して訂正するが取り憑く気は毛頭ない、だが悪魔を討つなら契約相手と上手くやっておけ」


「シイナを知ってるのか」


「ほう。そのシイナとやらに聞いておけ。だが今回だけは俺からの祝いだ」


 彷彿する紅い魔力が胴長に暗闇を照らす。


「…シイ…ナ。シイ…ん。ガキの頃に聞いた様な…何だっけか…んー歳は取りたくねえもんだ」


 脳裏から独り言かの余韻が消え、意識を取り戻した。

 頭上から紅く駆ける魔力を感じる。


「そこまで」


 魔王の声が室内を通る。

 最後を唱えてはいけないという事に。

 またシュタラさんが琥珀色の剣を構えている現実が後押しする。


「はい」


 俺は自然消滅まで時間を要した。

 剣を収めずにいたシュタラさんや総勢の動揺が止まらず、魔王は隣に赴き肩を引き寄せて言う。


「私の一存で此の者を推薦した、そして皆を招集した名目は我々の勝利と守護。二の称号とは私を脅かす存在として皆に告示するため。尚今まで通りシュタラには総括軍隊長をやってもらう。以上だ」


 魔物から伝説と歴戦の言葉が届く中、魔王はひるがえし、俺はニの称号を担う事になった。


◇◇◇


 あれから朝起きた部屋にいた。

 改まって勇者から守る護衛になって欲しいと魔王に依頼され、それらを振り返った。


「何か、変」


 絨毯で腕を枕代わりにし、思った。

 護衛は承諾したものの肝心な所が分からず終いで、駆け引きだったのか。

 元々魔王城に行く事自体はシイナの提案で、運が良いのか、魔力に満たされそれが報酬だったのか。

 考えてももどかしいだけで何も分からない。

 きっと聞いても答えてくれないだろうけど、シイナはどこで何をして…。

 いや。

 沼にハマってる。

 約束した以上今はすべき事に集中すれば。


「?」


 意気込んで起こしたら宙に白い羽根が見えた気がする。

 しかし左右を見ても居なく、バンと寝たら。


「ジーーー」


 吐息が掛かる。


「…怖」


 両手で床を押さえてムッとした顔を突き出すメイミア。

 それが肌に髪が掛かって痒く、そう伝えると圧迫が加速し出す。


「寝心地良さそうなベッドで羨ましい限りだね…シ。オ。ン」


「だから痒い…なんでここに来れるんだよ⁉︎」


 思わず距離を取っていたら横目で睨まれる。


「時間を掛ければどこに居ても憑ける。悪魔舐めないでね?」


「置いてくるんじゃなかった…で何?」


 耳を触っても無い俺は細い目で注視した。

 けど既に視界から消えていたメイミアは楽しそうに口ずさむ。


「いやね、ミグサが連れ戻して来てくれーって。代わりにケーキご馳走になったからね、半殺しにしてでも連れて帰るって約束したんだ、あとね」


 後ろから熱を感じる。

 気付けば首周りに腕を通され、遮った。


「こっちだって約束したんだから帰らない」


「じゃあ寝る時は気を付けないとね?」


「寝不足になるわ。てか…何か良くしてくれるし、守るって約束したからには」


 自分に言い聞かせるために言っていたが、メイミアは重たそうな目で「うん」と。


「知ってる。だから?」


 ジトーっと浴びせてきた。


「だからって、知ってるなら説明しなくても分かる」


「訳ないよ。シオンのせいで飯なし野宿だったんだよ、手足の二三本落としてもお釣りが出るよ」


 知らねえよ…。

 俺は心で思った。

 ただ聞く限り微塵も興味が無いようで「なら家で好きにしてくれ」とポッケから鍵を渡す。

 寝不足は困るって言うつもりが、眉を細めた仕草に気付かされる。


「鍵は。持ってて損はないんだけど、まいっか!」


「でしょうね、渡して直ぐ思い出したわ。いつも家に居た奴が野宿ね?」


 弄ばれてる俺はベッドに転がる。

 ぼーっとして、忘れようとしてる所に。


「ある二人が手紙のやり取りをしています。さて誰でしょうか?」


 俺は謎々っぽい話しに背を向けた。


「一人はここを治めている人、もう一人は歴戦の勇者……」


 足音が近付いてくる。

 背にした行いに後悔した。


「はいお終い!」


「…。ここを治めてるってシンクさんじゃないの?」


 そう向くと「ハイ正解! ならどうして勇者と手紙のやり取りをしているのでしょうか?」と服を摘まれニヤニヤと問われる。

 けど凄い簡単だった俺は「宣戦布告」と伝え答えを待つ。


「……」


 まだ?


「……」


 まだなのか?


「じゃあここで。ロマンの欠片もないシオンにヒントだよ!」


「帰ってくれ」


「折角面白い話を教えてあげようと思ったのに、つれないな!」


「なら簡潔に教えて欲しい」


「んー要は、魔王とヒビキ先生がお知り合いってオチでしたとさ。めでたしめでたし」

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