二章 魔王と会う

第8話 剣と○○の中世風で

 前触れのない風景は宵闇よいやみに変わった。

一帯に星が散りばんで、立っている感覚がない俺はきごちない首で覗いた。


「浮いてる…何、ここ」


上空。

なのか分からないが星雲が駆けていて明るさがあった。

どこを見ても底はなく、ドシン、ドシンと意識する。

気が…重たい…。

いや、重力?

物理的な様な、以前に考えてる場合じゃない様な。

のし掛かるものがうつ伏せにさせられるっていうか、いやいやいや──嫌。


「落ちてるっつうか底が見えねえからぁあ‼︎‼︎」


体が下降し爆風に晒されていたら、優雅ゆうがに降ってくる人物と対面した。


「先ほどの突風は肝が芯まで冷えましたが、こういう風は心地良いですね」


同じ体勢で腕を伸ばし切り、泳ぐみたいに遊んでいるシイナだった。


「あっこれで契約が受理されました。にしても下向きなシオン様には焦りましたよ?」


聞いていて声が風の音で聞き辛く、中指で米神こめかみを突いていた俺に。


「耳が変なんですか? フンってやると治るかもしれないですよ」


鼻を摘み、目を閉じて口元を細める仕草から指南の顔を浴びせられ。

激しく首を振っていたら、うつ伏せている俺に悠々ゆうゆうと寄って耳に手を添えられた。


「大丈夫ですか?」


思わずこの手を握ってツラを引き込んだ。


「大丈夫な訳ねえだろ何処に転移してんだバカ‼︎‼︎」


そう夢中で叫んだ。

それからしばらくポカンと固まるシイナがようやくといった時間差でぱくぱくと口を開いていく。

しかし口パクかの様に聴き取りにくく、俺はシイナを引いて耳元に寄せていった。


「転移…ではありませんが…転移先に移動はしています……バカって言いましたね‼︎‼︎」


最後の方には鼓膜が破れそうで、突き出してくる不満げの表情が決め手だった。


「移動じゃねえ‼︎ 過激な身投げだろうが‼︎ もしお前が同級生だったらかなり競り合ってそうだわ、なんなら黒魔術界アルタイルよりタチ悪いわ‼︎ 」


不満一杯に爆発していたら、シイナが途端と身を引きながら縮こまった。


「…怒りながら褒めないで下さい、それに身投げではないです。偶々アルタイルが上にあり、移動先が下に位置しているんですよ! 落ちるだけで済むんですから立派な移動です‼︎」


言われ自信を取り戻して寄ってくる空中で取っ組み合っていた。


「褒めてねえしどう見ても死ぬだろこれ‼︎ それとも壮大そうだいに着地しろって? 骨も残らんわ!」


「それぐらい僕がなんとかしますよ! 大体シオン様にはベールが控えているのによくも死ぬって言えましたね‼︎」


会話を重ね互いの握力が増し睨み合う。

 燃えて、燃えて、燃え尽きて、冷静になっていった。


「初めに説明して欲しかった。こんなふうに落下した事無いから、落ちる速度は異常だし、重力だか知らないけど背骨が折れそうに感じたから」


乱心を抑えながら言っていた。

なんとかなると聞いて安心したし、悪い所はあった。

だからニマリと歪む面影に我慢して、


「ええ、普通に落ちては数千年掛かりますからね。十分で着くように僕が加速させています。お望みなら更に加速を…って辞めて下さい‼︎」


俺が意地悪そうに「お望みなら」から暴走し引っ張っていた髪の毛を、大事そうに死守しながら。


「違うんです背骨が折れそうって聞いて、頑張ってるんだと自慢じまんしたくてちょっと! ハゲたらどうしてくれるん。ごめんなさい加速しませんから許して下さい」


静かになった。

急というか謝罪された意外性に手放していると、掌に赤い髪が付いている。

誰の?

赤髪はいないし、掴み損ねるその髪は爆風で飛んでいった。

シイナは黒い髪、そうじっくり見ていると潤んだ視線に貫かれていった。


「まあ…この環境にも慣れたし、何処に向かってるの?」


不思議な心地が罪悪感に流される、複雑な心境でシイナに聞いた。

まるで寝起きの夢を持ち続けていたい、みたいな、赤い髪が薄い記憶となっていく一方で、足先を下に向ける奇妙な仕草から高めに見下ろされた。


「忘れてました。ありますよ、地面」


無表情となって告げられ目の奥の方が咲う、そういう危険な香りがするシイナの仕草を真似ようと、姿勢を変える。

俺はうつ伏せから立つように、しかし思うように動けない。

どころか行動不能で反転し、体が仰向けになる瞬間、腰に衝撃が奔った。


「ゔ…‼︎ ぃい…‼︎ あ゙…ぁぁ」


突然の。着地する感覚を全て集める腰。そこでうずくまり、悶絶もんぜつしている一方で。

まし顔でヒョンと着地するシイナが服の乱れを整え始める。


「着地時に身体を強化しましたので打撲で済むはずです」


俺が激痛に耐えうる差中、小麦色の袖を二度織り続けて。


「あと痛みも気持ち吸収しましたが、骨折程の痛みが…あると思いますが動いて大丈夫ですよ」


聞きながら観る角度により、月白げっぱくを浮かばせる蜃気楼っぽい地面で──後悔した。


「もっと引っ張っておけば…」


星々がキラキラする視界を、透明の地を宥めていると、この下に何かがある気がした。

でも──何を考えていたか忘れた、あと腰が抜けて。


「座軸は合わせましたから、着きますよ。その体勢で公の場に出るのは恥ずかしいので立って下さい」


さり気なく肩を引いてくるけれど、体中にビリッと流れる症状が恐ろしく。


「いぃ! 自分で立つからほっといて」


精一杯震える体を起こしていたらシイナは薄っすらわらい。


「今回は勝ちです」


胸を張るシイナ。俺は敗北感はないけれど、血の上った視野を広げる。

空中に立っている足場の感触。不思議な環境、それだけを認識して。


「で‼︎ 着くって、行きたい所があったんだけど! どこに向かってたんだよ」


「行きたい…所、どこですか?」


「えっと。地球!」


言って水の風景からなる文明的な風景を思い起こした。

というか異界の書に魅惑されたのはこの絵だっだし、戦闘の少なそうな印象だったから行って見たいと思って、確か──海っていう。


「行く予定は無いですね」


膨らむ想像をホイと捨てられる、残酷な言葉が心に突き刺さった。


「無いって、行きたい世界を選べないの⁉︎」


まるでドン底の心から捻り出す様に「予定」という言葉を聞いてみる。すると。


「はい。注意事項にも書いています」


平然と髪をかすシイナ。

何だかすっとぼけられた気もするが、目を通していない行いに何も言えず。


「知ら…なかった…。ねえ予定って」


「失敗は次に活かしましょう。さて、転移先に着きますよ」


あからさまに揉み消される。これに目を凝らし、繋いだ。


「そこってどんな世界?」


「ファンタジーな世界です」


「ファンタシー?」


「ファンタジーです。勇者と魔王が命を削って戦う、剣と魔法の世界です」


思わず説明が積み続ける度、全身が重く、項垂うなだれて言った。


「戦うって。何その治安の悪そうな世界。おとぎ話でしか聞いたことないんだけど、しかも魔法って」


「あの。いきなり不満な表情で肩を落とさないで下さい。座らないで!」


──ガンガン戦いそうな世界に向かうことを喜ぶ人はいるんだろうか…。


「不満通り越しておっかないわ! ほいで魔力と離れられると思ったら魔法って…。お前は鬼か!」


「鬼でなく精霊ですが? お察しの通り魔力をベースにスキルや魔法を。到着です」


その「到着」で視界一杯に光が覆った。

 硬い砂地の感触、知らない声が耳に入るこの土地は…?


「ここでは堂々とされ先ず宿屋に向かいます。付いてきて下さいね」


シイナが潜めて言った頃には視力がやんわり戻ってくる。

日差しが馴染んでくる様に視野が広がり出して木々の屋台が出回る道中に立っていた俺は見知らぬ土地で人とすれ違う。

大男が木箱を運んでいたり、ローブを羽織る女性や弓矢を背負う二人組らしき姿は独特の服装で。

コートを着ている人や、薄着だったり、ブーツを履いていたり、手袋だろうか?

一貫性の見えない人々が穏やかに歩いて、風情ある建物が広がっている世界に移り変わっていた。


「おっとお嬢ちゃん。すまないが」


光景に夢中となっている中、呼ばれる様な声が背に当てられ、浮いた口で振り返った。


「あっはい。お嬢ちゃんって俺のことです、か⁉︎」


目の前。木製の荷台を引く三十半ば位の、革鎧の男は立ち止まっていた。


「クエストでヴリトラを狩って来たんだ。通れないんで…どいてくれないだろうか?」


強大な竜がはみ出た荷台をガン見で眺めていた俺は、謝罪しながら端に寄っているんだけど、視線が続いている。

注視の様な眼力から、革鎧の男がえだす顔となって荷台を下ろしていった。


「君はパーティーを探していたりしないか?」


繋げて耳に入る「よかったら」と革鎧の男の影に覆われながら逞しい腕に囲われた。

咄嗟に身構えていたら、弓矢を背負う女性が走ってきて、口を開けた。


「こらまた勧誘かんゆうする、Sランクを制覇したからって浮かれない! とっととギルドに行くよリーダー」


焦っているかの身振りで革鎧の男を荷台に誘導していると、ローブを羽織る女性が迫ってくる。


「そうですリーダー、いつも寄り道先でよからぬものを発掘してくるリーダー。毒キノコでパーティーを壊滅させたり、崖に転落して回復するのは私たちなんですよ。今回に関しては偶々、ヴリトラの前でコケるリーダーに唖然失笑したヴリトラの隙があっての討伐だったんです。いつも変な事してパーになるんですから油を売る前に納めに行きますよ?」


「おいおいポンコツみたいに聞こえるぞ? いいか、まずアレは毒キノコじゃない、筋肉の成長の効果があってだな、十日腹を下す作用があったのはすまん。が、崖に落ちるのは訓練だって。この通り体は丈夫だ、まあ。コケて討伐出来たんだから幸運だったとしてよ、そんな世界一ついてる俺がぁぁ……」


革鎧の男を引きずっている女性二人が、蔑んだ目で荷台の元に放り込んだ。


「だからお嬢ちゃん、もしパーティー探してたらギルドの募集欄から焔艶を探してくれよ? 俺の目指しているものはこの世界最大の、パーティーを作ることだ。苦楽を共にこんな感じだが、良かったらな!」


「…どうも、お気をつけて」


圧ある女性二人に囲まれながら笑顔で荷台を引き始める姿にそう言って、何気なく三人の会話に耳を傾けた。

するとローブを羽織る女性が革鎧の男に話し出す。


「気に掛けてるけど、あの子は魔力指数ゼロだよ。その心眼で何が視えたわけ?」


「んん、しいていえば。純粋な生の持ち主だったが。魔力の消耗量が振り切ってた。あの容姿で、あんな風に綺麗だなんて余程の……駄目だ。言語化無理だ」


「ふーん? 正義って感じじゃなかった様な…そうよ。知ってる? ラルフ様を筆頭に三と六を討ち取る快挙を遂げているってこと。これに私達も貢献した方がいいと思うの。貴方にはその力があるんだから、仲間集めは程々にして魔王を」


「またその話か、俺は師匠から受け継いだ感性を大事にしたいんだ。その人はな、子を教──」


そうして遠くなる声が途絶えた。

俺は日差しで蒸した暑さに服を仰ぎ、屋台の影に移動して思い出す。

シイナ、どこ?

思わずその場で見渡していると、口を緩ませた屋台のお婆さんが映った気がした。

と同時に果実の香りと共に。


「もし。涼しそうなのに暑がりなんだね、水分でもどう? 新鮮な果実だよ」


商売のお声が掛かった。

まるで温厚に豊富な果実をとって見せてくる、屋台のお婆さんに。


「美味しそう。これは?」


俺は甘美な彩りに喉の渇きが増してくる。

知らないものばかりで想像が膨らむし、でも一番気になる桃色の果実は遠かった。

なので橙色の果実に指差してみた。


「それは八百ゼニーだよ。でもお嬢ちゃん若いから食べ盛りでしょ? 半額でいいよ」


「マジ⁉︎ じゃあそっちの果物は‼︎」


奥の果実に差し変えた俺は、質問中に横からの大きい声に鼓膜を貫かれた。


「何やってるんですか‼︎ それは五十ゼニーです。僕らが物価を知らないと高値で売りつけてるんです、行きますよ!」


奥歯を噛み出すシイナは、馬鹿力というか、凄い腕力に引きずられながらお婆さんの姿が遠くなるまで耳に舌打ちが残っていった。

そして説教しか聞こえない俺は右手にある果実をぱくぱくと食べていると。


「初っ端から僕を無視して、あのシオン様? 聞いて…何故桃を食べているんですか」


「これ…桃って言うんだ」


熟れた甘味で喉が潤う感じ。

口に広がって感動していたその桃をシイナに渡した。

すると引きずられていた手が解放され、


「どうも」


にぎやかな繁華街を通っていった。

この地の娯楽に年齢制限はなさそうで、交友感覚の場所になっているのか、酒場や賭博場が見えたりすると表情が強張ってしまう。

余り見ない様にして弓矢の遊びに目をやった。


「なあシイナ、今度行って見ようよ」


打ち消し合って揚々ようようとしている俺と。食べかけの桃を見つめているシイナから太陽が遠ざかった。


「見知らぬ土地では、いいように騙されたり利用されるので心配だったんですが。御上手なんですね、そういうの」


「うん」


空に雲が敷いた影がかる道で、尊く、滲んでいるシイナの紅い瞳を見入っていると──遠い意識にいざなわれ──灯火が揺れて、動いている──


◆やっぱり、可笑しいですね◆


そう意識にシイナの声が聞こえてくる。


◇◇◇


あの日、森の奥地を宵闇に変えるものがいた。

漆黒の羽を地に落とし、剣を振り重ね、まるで現実から抗っているみたいに。

何もかも完封され続け、青く透いたその力を、ゆらりゆらりと躱され、俺は布を払って飛び起きた。


「俺は…。寝てた?」


ベッドの上で寝ていた感覚がある。

息を整えていると側から声が反復した。


「寝てましたね、僕立って寝る人を初めて見ましたよ」


シイナだった。

また、見渡すと木造一間の電球が時折チカつかせる部屋。右手には腰ほどのたなにシェードランプ、左手には窓がある宿屋のようで。

横にある椅子に笑混じりのシイナが座った。


「…ごめん」


あれから運んでくれた様だ。

窓からの月。これに経過した時を実感してベッドから出ようとそう言ったが。


「寝ていませんでしたし無理もないですよ、そのままで居て下さい…明日は早いので」


俺の腕を掴んでいるシイナから遅れて聴こえた。

けれど大丈夫と言って出る、筈が固定され微動だに出来ない。

しばらくいい顔のシイナを見つめ、冷や汗のまま口にした。


「分かった…あと聞きたいんだけど、この世界に来た理由ってあるの?」


「それは後ほど、おやすみなさい」


腰を上げるシイナはそう言い残す。

軋む床が響いて戸は閉まり、残された俺は窓を開けた。

見知らぬ土地と共通する月の景色を観ながら溜め息が夜空に舞った。


「隠さなくてもいいでしょ」


零して窓に捨てる。

それから深く吸うと樹木の香りに包まれた。


「名前って何だろう、読んでおけばよかった」


正に今風景も文化も違う世界に来て、正直他に興味は無かった。

けど初めて話した人が冒険者っぽい人で、お婆さんだったら…ダメだったかもしれない。


「見つかるかな…いや!」


思考に浸かってしまったが寝てる場合じゃない、夜の街って奴を冒険しなければ。

昼間に観たあの娯楽街だ、この時間帯なら盛り上がっている筈だ。

そう思うと高揚感が分泌して、忍んで戸を開けた。


「シイナ…いない、よね?」


ベッドから出る俺をあれだけ抑えた後だと、注意深く見ているが。

隙間風があるだけの暗い廊下が続いている。


「いない…いない? ハッ! じゃ堂々と出て」


「行って生まれたての姿でねーちゃんと乱れようですか?」


真下から紡がれる。ぴょこんと現れる人影がロウソクに火を灯し、俺を照らし出した。


「突然意識を失っておきながら外出しようとしてますね?」


「違うわ! ねーちゃんの部分が…」


俺は自信が持てず、逸らしていたら強迫みたいな視線に撫で回されている。

尖った口で、貫かれる眼差しから逃れるには。


「…トイレです」


──結果。退場した便所で別の案を模索していたが。

いい方法が浮かばず時間が流れている。


「まだですか? 便秘に良く効く薬がありますが、あれですか男の子の日ですか?」


んなもんねえし、男子便だと、戸越しのシイナを追い返したい。


「違う…」


以前に難易度の高さを知って、渋々出た俺はシイナに送られた部屋の入り口で。


「聞こえませんでしたけど、音が?」


戸を閉められ。俺は無造作に毛布に包まって震えた。


「またトイレに行きたくなったら言って下さいね」


「怖わ…」


そして悪寒が凌駕した俺には、窓から出る気力が失せていった。


◇◇◇


朦朧とした意識で揺さぶられ、暗い視界の半分をシイナが占めている。


「おはようございます、朝です」


「結構早い。朝、何時?」


欠伸から外の景色を確認すると、星が煌めいている。


「一時半です」


言うまでも無く、本能に従って横になった。


「その二度寝は体に良くありませんよ。さあ来れから」


「眠い」


「魔王城へ行きましょう」


…聞き間違いだ。ただ睡魔に比べればどちらでもいいかと、毛布を耳まで被せて。


「先ずはこの毛布に火を付けて燃やします」


「魔王城に行くって言われ熱いわ‼︎」


発火し焼ける毛布を払っていた。

バンバンと手で消化する度、尚ロウソクで着火するシイナの行動を止めに入るが身軽に躱され棚に置かれる。

睡魔がぶっ飛んだ俺はベッドの上で頭を掻きながら。


「で‼︎ 魔王城に行くって言うけどまんま魔術師の称号だけ持ってるペーパードライバーに何しろと?」


「ええ、ペーパードライバーは関係ないので忘れて貰って。この世界に来た本質からお話します」


これを待っていた俺は聞き入る姿勢で「実は」と、迎えていた。


「この世界ティバイでは、魔王と相対関係にある勇者が」


真面目に始めるシイナ。それが間を取り、待っている十秒ほど、更に二十秒が経っていく。


「瀕しているのです、的な?」


こう予想して待っていたから、焦らされて口が勝ってに動いていた。それを何食わぬ顔で反応した。


「いえ、勇者が強過ぎて魔王が危機に瀕しているのです」


「あれ。でもそれって良い事じゃないの?」


「市民はそうですね…でも。いずれ平穏すら消えてしまう重大な可能性が」


これも沈黙した。

以降、早目に対応した。


「考えてなかったでしょ?」


「はい、余裕を持って起こしたつもりが返って失敗……! シオン様。出ましょう」


外から物音が聞こえてくる。これに合わせる様なシイナに従い、部屋から出る。


「因果バランスが各場所で異常を起こしているんです」


「…因果、バランス?」


「はい、全ての世界には力の種類で序列が定められています。例えば昨日、ミグサ様が対峙した方。これを簡易で当てはめますと魔力階級のミグサ様は序列で六位、相手は序列で三位。こうやって戦力を測れば力関係でまず勝てない、どうこう出来る相手じゃないんですが、逸れました」


〝どうこう〟から鋭い目で俺を見ていた。

そのまま適当な相槌でいると、前に直るシイナを先頭に廊下を進み。


「ここからの体験をどう思うかは分かりかねますが、僕の口頭じゃ限界があります。どうぞ、いってらっしゃい」


ランプで灯される出口の扉。それを開くシイナを辿り外に出る。

強い風に当てられ、目を抑えてしのぐ──それが、不穏な魔力を漂わす何十もの漆の馬車が、宿屋の出入り口を取り囲っていた。


「これは…」


半円に囲う外側の馬車から用心棒の様な馭者ぎょしゃが見張っていて、内側からは狩り出しそうな気迫でこちらを凝視している。

昼間の印象と打って変わった裏の世界を観ているような、危険性に、思わず身構えていると。

中心部。

黒いカーテンを潜り、馬車から銀髪の男が現れた。

前髪を上げ火傷のある頬、丈夫そうな衣装には琥珀こはく色の剣を帯刀している。

その男が片膝を付く時、純白の肌にドレスを纏った女性が姿を現し、凛とした威厳が、魔力が、強調する美しさを持って来た。


「初めまして私魔王です。シイナさんと、そちらがシオンさんでいらっしゃいますか?」


「はいそうですが…。」


目を合わせれば心拍数が上がるし、何の用ですかと、続ける勢いが消えていく。

同時に危ない人と認識した、俺の隣で。


「ご足労お掛けしました。シンク魔王、こちらが貴女を勇者から護衛致しますシオンです」


知人の様に笑顔を込めたシイナ。

それに戸惑い、慌てるまで時間が掛かった。


「いや…いやいやいや…もう充分逞しい人達で溢れ返ってますよ? …何で俺。ねえ…ねぇ!」


シイナに求めていたら魔王は微笑んで何も言わない。

ならと周りを観察していたら、人に扮している人外の姿がある。

思わず目を細めると、腕や足が二つ多かったり肌の色が違っていたり。

服装に紛れていたけれど純粋な人の方が少ないというか……魔物⁉︎

いやいやいや、このままじゃ何されるか…。

更に焦っていたらシイナが何かを持って告げた。


「見ての通りですが、後のことはお任せしますね。これを」


背に隠れて見えにくいが、一瞬映る丸い布を仕舞って「ええ」と紡がれる。


「長いは無用、いつ勇者に見舞われるかもしれない。シオンさん、私の馬車へ」


──魔王の意向に「はい」と頷いていた俺は、というか拒否したら殺されそうで。

深夜二時、魔王と黒いカーテンを潜った馬車に乗ってしまった。

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