二章 少年と出発したまじめで愉快な精霊

第7話 転移

「浮い…何、ここ」


 上空。

 そんな星雲が駆けており、どこを見ても底はなく、ドシン、ドシンと感じる。

 気が…重たい…。

 いや、重力?

 のし掛かるものに背中を押され爆風に晒されていたら「にしても下向きなシオン様には焦りましたよ?」と対面するシイナ。

 俺は風で聞き辛く中指で米神こめかみを突くが「耳が変なんですか? フンってやると治るかもですよ」と指南の顔を浴びた。

 激しく首を振っていたら俺の耳に手を忍ばせ「大丈夫ですか?」とシイナ。

 俺はこの手を掴み「大丈夫な訳ねえだろどこに転移してんだバカ‼︎」と引き込む。


「転移ではありませんが移動はしています」


「移動じゃねえ身投げだろう‼︎」


「いえ身投げじゃなくてアルタイルが上にあり、移動先が下に位置してんです! 移動です‼︎」


「いや死ぬだろこれ‼︎ それとも壮大そうだいに着地しろって? 骨も残らんわ!」


「それぐらいなんとかしますよ! 大体シオン様にはベールが控えていてよくも死ぬって言えましたね‼︎」


 不満爆発でシイナと取っ組み合っていた俺は「初めに説明して欲しかった。こんなふうに落下した事無いから、落ちる速度は異常だし、重力だか知らないけど背骨が折れそうに感じたから」と、なんとかなるなら安心したし悪い所はあった。


「ええ、普通に落ちては数千年掛かりますから十分で着くよう加速してますし更に加速を…って‼︎」


 意地悪するから引っ張っていた髪の毛を、大事そうに死守しながら「違うんです頑張ってるんだと自慢じまんしたくてちょっと! ハゲたらどうしてくれるん。加速しませんから許して下さい」との謝罪に手放すと赤い髪がくっつく。

 ん?

 掴み損ねるその髪は爆風に飛んでしまう。

 シイナは黒い髪、そうじっくり見てると涙目が映る。


「えと。この環境も慣れたし、どこ向かって?」


 聞くと足先を下に向けるシイナから高めに見下ろされた。


「忘れてました。ありますよ、地面」


 無表情に目の奥の方がわらう。

 危険な香りの仕草を真似ようと、姿勢を変える。

 うつ伏せから立つように、はずが思うようにならない。

 どころか行動不能で反転し突然着地する感覚を全て集める腰。そこで蹲り、悶絶もんぜつしてる所にヒョンと着地するシイナは「着地時に身体を強化しましたので打撲で済むはずです」と服の乱れを整える。

 また「痛みも気持ち吸収しましたが骨折程の痛みが…あると思いますが動いて大丈夫ですよ」と聞きながら、角度により月白げっぱくを映す地を宥めてると、この下に何かがある気がした。

 けど力が抜けて全然頭に入らないし「座軸は合わせましたから、着きますよ。公の場にその体勢は恥ずかしいので立って下さい」と、さり気なく肩を引いてくるけど、体中にビリッと流れる症状が恐ろしく。


「いぃ…自分で立つからほっといてくれ…」


 精一杯起こしていたら体が震える。

 シイナは「本当に痛がってます?」と俺の腰をちょんちょん突いてやがる…。

 悶絶なんだが理解したらしく、身を引くシイナ。

 俺は血の上った視野を広げる。

 空中に立つ不自然な環境を実感し。


「で‼︎ 着くって、行きたい所あったんだけど! どこ向かってたんだよ」


「行きたい…所、どこですか?」


「えっ。んと、地球」


 水の風景からなる文明的な世界を思い起こした。

 というか異界の書に魅惑されたのはこの絵だっだし、戦闘の少なそうな印象だったから行って見たいと思って、確か──海っていう。


「行く予定は無いですね」


 膨らむ想像をホイと捨てられた。


「無いって、行きたい世界を選べないの⁉︎」


「行きたい世界って何ですか。僕とデートしたいんですか?」


「は。命が足らんわ」


「足りない?」


「何?」


「いえ…」


「そこってどんな世界?」


「ファンタジーな世界です」


「ファンタシー?」


「ファンタジーです。勇者と魔王が命を削って戦う、剣と魔法の世界です」


「はぁ」


「不満でしたか?」


「鬼かよ…」


「精霊ですが、到着です」


 その「到着」で視界一杯に光が覆った。

 硬い砂地の感触や「ここでは堂々とされ先ず宿屋に向かいます。付いてきて下さいね」との潜め声、視力がやんわり戻ってくる。

 日差しが馴染んでくる様に視野が広がり出して屋台が出回る道中に立っていた俺は人とすれ違う。

 木箱を運ぶ大男、ローブを羽織る女性や弓矢を背負う二人組らしき姿は独特の服装で。

 コートを着ている人や、薄着だったり、ブーツを履いていたり、手袋だろうか?

 一貫性の見えない人々が穏やかに歩いて、風情ある建物が広がっている世界に移り変わっていた。


「おっとお嬢ちゃん。すまないが」


 声が背に当てられ振り返る目の前。木製の荷台を引く三十半ば位か「クエストでヴリトラを狩って来たんだ。通れないんで…どいてくれないだろうか?」と革鎧の男は立ち止まっていた。

 強大な竜がはみ出た荷台をガン見で眺めていた俺は、謝罪しながら端に寄っているんだけど、視線が続く。

 注視の様な、革鎧の男がえだす顔となって荷台を下ろしていった。


「君はパーティーを探していたりしないか?」


 更に「よかったら」と逞しい腕に囲われ咄嗟に身構えていたら「こらまた勧誘かんゆうする、Sランクを制覇したからって浮かれない! とっととギルドに行くよリーダー」と弓矢を背負う女性が慌てて駆けつけた。

 また「ねえリーダー、いつも寄り道先でよからぬものを発掘してくるリーダー。毒キノコでパーティー壊滅させたり、崖に転落して回復するの私たちですよ。今回に関しては偶々、ヴリトラの前でコケるリーダーに唖然失笑したヴリトラあっての討伐。油を売る前に納めに行きますよ」とローブ姿の女性が迫る。


「おいおいポンコツに聞こえるぞ? いいか、まずアレは毒キノコじゃない、筋肉成長の効果があってだな、十日腹を下す作用があったのはすまん。が、崖に落ちるのは訓練だって。この通り体は丈夫だ、まあ。コケて討伐出来たんだからそんな世界一ついてる俺がぁぁ」


 革鎧の男を引きずっている女性二人が、蔑んだ目で荷台の元に放り込んだ。


「だからお嬢ちゃん、もしパーティー探してたらギルドの募集欄から焔艶を探してくれよ? 俺の目指しているものはこの世界最大の、パーティーを作ることだ。苦楽を共にこんな感じだが良かったら!」


「どうも…お気をつけて」


 笑顔で荷台を引き始める姿にそう言って、更に聞こえてくる。


「気に掛けてるけど、あの子は魔力指数まりょくしすうゼロだよ。その心眼しんがんで何が視えたわけ?」


「んん、しいていえば。純粋な生の持ち主だったが。魔力の消耗量が振り切ってた。あの容姿で、あんな風に綺麗だなんて余程の……駄目だ。言語化無理だ」


「ふーん? 正義って感じじゃなかった様な…そうよ。知ってる? ラルフ様を筆頭に三と六を討ち取る快挙を遂げているってこと。これに私達も貢献した方がいいと思うの。貴方にはその力があるんだから、仲間集めは程々にして魔王を」


「またその話か、俺は師匠から受け継いだ感性を大事にしたいんだ。その人はな、子を教──」


 遠くなる声が途絶える。

 日差しで蒸せた服を仰ぎ、屋台の影に移動して思う。

 シイナ、どこ?

 その場で見渡すと「もし。涼しそうなのに暑がりなんだね、水分でもどう? 新鮮な果実だよ」と口を緩ませたお婆さんが映った気がしたのと果実の香りがする。

 温厚に豊富な果実をとって見せてくる、屋台のお婆さんに「美味しそう。これは?」と気になる果実があった。

 甘美ないろどりに渇きが増すし、知らないものばかりで想像が膨らむし、でも一番気になる桃色の果実は遠かった。

 なので橙色だいだいいろの果実に指差してみた。


「それは八百ゼニーだけどお嬢ちゃん若いから食べ盛りでしょ? 半額でいいよ」


「マジ⁉︎ じゃそっちの果物は”っ‼︎」


 奥に差し変えた俺は「何やってんですか‼︎ それは五十ゼニー。僕らが物価を知らないと高値で売りつけてるんです、行きますよ」と鼓膜を貫かれた。

 奥歯を噛み出すシイナに引きずられながら屋台が遠くなるまで耳にお婆さんの舌打ちが残っていった。


「初っ端から僕を無視して桃ですか」


「これ…桃って言うのか」


 熟れた甘味で喉が潤う感じ。

 俺は桃をシイナに渡し体が自由となる。

 にぎやかな繁華街を通っていった。

 この地の娯楽に年齢制限はなさそうで、交友感覚の場所になっているのか、酒場や賭博場が見えたりすると表情が強張ってしまう。

 見ない様にして「なあシイナ、今度行って見ようよ」と弓矢の遊びに目をやった揚々ようようとしてる俺と。食べかけの桃を見つめてるシイナから太陽が遠ざかった。


「見知らぬ土地では、いいように騙されたり利用されるので心配だったんですが。御上手ですね、そういうの」


「うん?」


 空に雲が敷いた影がかる道で、尊く、滲んでいるシイナの紅い瞳を見入ると──遠い意識にいざなわれ──灯火が揺れて、動いている──


 ◆やっぱり、可笑しいですね◆


 意識にシイナの声が流れていった。


◇◇◇


 当時森の奥地を宵闇に変える者がいた。

 黒い羽根を落とし、剣を振り重ね、現実から抗うみたいに。

 完封され、躱され、布を払って飛び起きた。


「俺は…。寝てた?」


 ベッドの上で寝ていた感覚。

 息を整えると側から「立って寝る人初めて見ましたよ」とシイナ。

 ここは木造一間の電球が時折チカつく部屋、右手には腰ほどのたなにシェードランプ、左手には窓がある宿屋のようで。


「…ごめん」


 あれから運んでくれた様だ。

 そうしてベッドから出ようとしたが「構いません。寝ていなかったですしそのままで居て下さい…明日は早いので」と俺の腕を掴んでいるシイナから遅れて聴こえた。


「分かった…」


 腰を上げ軋む床が響いて戸は閉まり、何か隠してるようだが深く吸うと樹木の香りに包まれ「読んでおけばよかった」と実感する。

 正に今風景も文化も違う世界に来て、初めて話した人が冒険者っぽい人で良かった。

 そうだ。

 待ってても始まらないのだ。

 折角だし出掛けようと窓に足を掛ける。

 わくわくしていた俺はびくっとした。

 

「シオン様…」


「はい…」


「何処へ?」


「ちょっとトイレへ」


「面白いですね。逆ですよ?」


「外にはどんなトイレがあるか気になる!」


「結構な変態ですが、いいんですか?」


「…なにが」


「僕がいるというのに街に繰り出そうだなんて」


「…え…あ(バレてるし…)」


「何で探しに来ないんですか!」


「…探す?」


「僕女ですよ。健全な男の子が何で街に興味持って行かれるんですか」


「…ある人達が女湯覗いて血祭りになった。あれから女には気を付けてる」


「それは見せたくもない時に覗いてるからです」


「ん。そうなの?」


「そうです、僕はシオン様とやるのを楽しみに」


「分かった。好きな人出来たら参考にする。じゃ!」


 言ってると俺の体が吹っ飛んでいった。

 壁に激突する。

 うずくまって吐血した。


「次外出しようとしたら許しませんから…」


「あの、なんで…ぶっ」


 気を付けてるのにこうなるんだ…ぶっ‼︎


◇◇◇


 シイナに揺さぶられ、視界の半分を占めてる。


「おはようございます、朝です」


「…何時?」


「一時半です」


 窓を見ると星が煌めく。


「その二度寝は良くありませんよ。さあ来れから」


「眠い」


「魔王城へ行きましょう」


 …聞き間違いだ。俺は毛布を耳まで被せ「魔王城に…行くって…言われて熱‼︎」と発火し焼ける毛布を払っていた。

 尚ロウソクで着火するシイナの行動を止めに入るが身軽に躱され棚に置かれる。

 俺は「魔王城に行くって言うけど魔術師の称号だけ持ってるペーパードライバーに何しろと?」と頭を掻く。


「ええ、そこはいいので。この世界に来た本質をお話します」


「ん」


「この世界ティバイでは、魔王と相対関係にある勇者が」


 真面目に始めるシイナ。それが間を取り十秒ほど、更に経っていく。


「瀕しています、的な?」


 焦らされて聞くが「いえ、勇者が強過ぎて魔王は危機に瀕しています」と何食わぬ対応。


「それって良い事じゃないの?」


 また沈黙。

 同時に違和感を悟った。


「何か試してる?」


「ええ、今の情勢についても…」


「ん?」


「いえ…。出ましょう」


 外から物音が聞こえる。これに合わせるかの指示に従った。


「因果バランスが各場所で異常を起こしています」


「…因果、バランス?」


「はい、全ての世界には序列が定められてます。例えば昨日、ミグサ様との対峙を簡易で当てはめますと魔力階級のミグサ様は序列で六位、相手かげは三位。こうやって戦力を測れば力関係でまず勝てない、どうこう出来る相手じゃないんですが、逸れました」


 鋭い目で俺を見ていた。

 適当な相槌でいると、前に直るシイナを先頭に廊下を進み。


「ここからの体験をどう思うかは分かりかねますが、口頭じゃ限界があります。どうぞ、いってらっしゃい我が君」


 ランプで灯す扉。それを開くシイナを辿り外に出る。

 強い風に当てられ、目を抑えてしのぐ──それが、不穏な魔力を漂わす何十もの漆の馬車が出入り口を取り囲っていた。


「これは…」


 半円に囲う外側の馬車に用心棒かの馭者ぎょしゃが見張り、内側は狩り出しそうな気迫がこちらを凝視。

 昼間と打って変わった裏の世界を観ているような、危険性に身構えると。

 中心部。

 馬車の黒いカーテンを潜り、現れる銀髪の男。

 前髪を上げ火傷のある顔、丈夫そうな衣装には琥珀こはく色の剣を帯刀。

 また片膝を付く。

 新たに純白の肌にドレスを纏った女性が現れ、凛とした威厳が、魔力が、強調する美しさを持って来た。


「初めまして私魔王です。シイナさんと、シオンさんでいらっしゃいますか?」


「はい」


 目を合わせれば心拍数が上がるし、何用ですかと、続ける勢いが消えていく。

 危険な人と認識した俺の隣で。


「シンク様、こちらが貴女を勇者から護衛致しますシオンです」


 知人の様に笑顔のシイナ。

 それに戸惑い、時間が過ぎた。


「いや…いやいやいや…もう充分逞しい人達で溢れ返ってますよ…何で俺。ねえ…ねぇ!」


 シイナに求めていたら魔王は微笑んで何も言わない。

 ならと周りを観察していたら、人に扮した人外の姿がある。

 思わず目を細めると、腕や足が二つ多かったり肌の色が違っていたり。

 服装に紛れていたけれど純粋な人の方が少ないというか……魔物⁉︎

 いやいやいや、逞し過ぎでしょ…。


「見ての通りですが、後をお任せします」


「ええ長いは無用、いつ勇者に見舞われるかもしれない。シオンさん、私の馬車へ」


 ──魔王の意向に「はい」と頷いていた俺は、というか拒否したら殺されそうで。

 深夜二時、魔王と黒いカーテンを潜った馬車に乗ってしまった。

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