第6話 殻

 人影は巨人だった。

 なんだかほっとしつつ向かう際「僕達はおいとましましょう」とシイナ。

 見えず払うと巨人の発する灯りや、れる歩幅を鎌で支えてる。

 不穏な感じ。

 そう匂わす影が四つ。

 巨人を回る。

 俺は紅い碧眼の少女に「行きましょう」と引っ張られ、その目は切なく、影が現れてからこの調子なのは一体?


「精霊さんや」


「シイナです」


あれのこと?」


 沈黙。再び見る影は流動体っぽい姿見で地上に出始めた。

 一つがまた一つ人型に変異へんい

 細くするどい剣を所持する四体が巨人にきっさきを突き付ける。

 途端にくだける巨人から、小柄こがらな素顔があらわになった。


「埋まってるかも」


 たじろぐ男の子。

 片や強く俺の手首を握るシイナ。

 砂利の中を探る男の子に剣を振り上げる四体。

 いつ振るわれるかの状況にバチリ。

 バチリ。

 紅い雷が一面に奔り見開いた男の子は「楽しかったよ、お兄ちゃん」と輝く姿となった。

 同時に四体は剣を振るい。


◆◆◆


 一体、何?


 俺はその思考が流れる。


 昨日もそう。

 図書室で書物をあさっていたら鳩尾みぞおちに体当たりされ、怒りで燃やそうとした崩れ文字の表紙、異界の書。

 今まで結構な事に遭遇そうぐうして来たけど、本が飛んでくる経験はなかった。

 また本が一人でに回り出す事も風の渦を作り出す事も初めてだし。

 人工的な魔術で風を起こしたならば紙の本は跡形も無くなると、思っていたら絵が開かれた。

 青く、広大で、魅惑する。

 奥底で音が鳴って、鎖にビビが入るかの、影響力があるものと認識して。

 紅い彩の契約紋様を宙に描いて異界の書は消えた。

 それからというもの。

 補修で理解不能な術に攻撃され、黒光りの生物が現れるなり体に入られる。

 友達は巨人に憑かれ首突っ込んだら幼い、男の子がおそわれ…。


 んー。


 こういう時知的な人はどう導くんだろう。


 頭に浮かぶ人が、考えそうな決断は。


 過信、油断、慢心。


 全然ッ違う。

 

 俺は奥歯を噛み締めて呼び起こす。

 第九譜幻空間ノウェムベール。これは補修で先生をあざむいた魔力不要の能力。

 通用するかどうか、あの子達に掛けていった。


◇◇◇


 顕現した衣に刃は止まっていたら「これはノウェム様の」と脱力するシイナ。

 俺の手は自由になり、片や後方を探って向き直り凍りつく。

 一寸先に飛び出したミグサが大きい影でかくまっている姿を映し。


「あぁ…あぁぁぁぁ…」


「…ぇ。」


「いえ、取り乱しました。彼らは制限されていますから今のうちに」


 俺らから一貫性のない光や不規則な紋様が浮かび上がる。

 まるでシイナと一つになる不思議な感覚や。


「待って」


 俺は魔法陣から紅い落雷を映してそう言った。

 それに爆風を発現してる一帯に魔法陣が見当たらず「勝手に乱入して悪いが俺が代わりになってもいいか。詫びに本気で付き合っから」とミグサ。

 辺り一帯を血色に飽和している。

 魔術学校では飽和領域ほうわりょういきという表しがあるが、魔力がその者で飽和している現象はこちら側だと支配の証。

 他の魔力は畏縮し、魔術や、身体的な性能も支配者の前では無意味となる。

 それら光景を「見ていきたい」と伝える。


「でも」


「…」


 視界は肉体戦を映し続ける。

 二体の人影がミグサを襲う。

 また、上から飛び降りる一体を知ってか知らずか、二体を軽快に躱し上からの一体を蹴り上げる。

 剣もろとも吹き飛ぶ先に一体は既に倒れていた。

 顔や肩から出血しているミグサは爽やかに笑い、弱った雷を帯び出した。

 残り二体、後ろの人影を軽々と背負い投げて筋を痛めた表情。

 また男の子を気に掛け、行動は制限していた。

 残り一体。

 自らの剣を体に取り込む最後の一体から余波が、同時に変形した魔法陣の発現。

 しかし魔法陣を操る隙なく破壊され、ならと、全身に雷を帯びる人影。

 互いの雷がいっそうと増し、眩しく、せまい視野が真紅まっかはじける。

 欠片の様に地に散らばる残滓ざんし、鼓膜を貫く衝撃にまぶたが閉じる。


「シオン、助かったよ。危うく斬られるところだったわ」


 目を開けた間に晴れ晴れとしたミグサが、男の子を抱え俺の元に来ていた。


「うん! 戦いは…」


 砂煙が舞う背景。荒い地面が見えてくる。


「お陰で完勝!」


 り減る箇所や綺麗に映ってくる所に四体はせていた。


「すご…」


 瞬きしてる間に雷の衝突を打ち負かした事や木陰こかげひそむシイナの頭が見える俺はぴょんぴょんする男の子との会話が聞こえる。

 弟だったらしく、魔力を吸い取っていた事や、封繋つなぎの効力を無くそうとして探していたらしい。


「ごめん」


 ミグサは「気にしてない」と弟の頭に手を当てる。

 反動がうなずいたみたいに「僕ね、ここに居るって教えてくれた人と約束して、破っちゃった…」と足元から六角形の柱が五つ出現。幾何学的な線が地に浮かび出す。

 ミグサは深いまばたきの末目線に合わせた。


「優斗も…そうだよな」


「お兄ちゃん。苦しめてごめん」


「気にするな。俺は最強の加護が付いてるから、案外、どうと。でも」


 暗澹な瞳が交わる。

 それが表情に表れる頃には男の子が穏やかに言葉を使った。


「これからは自分のために力を使ってね」


 淡い姿から煌々こうこうを放って、一瞬の灯りとなった男の子は消滅を仰いでいった。


◇◇◇


 木陰に潜めていた俺は「心の準備はいいですか」と告げられる。


「うん、場所は何処だっけ」


「ここですよ? 準備は済んでますし、心ゆくまで」


 静まった草木に「挨拶」を残した俺は、枝を掻い潜り、腰掛けるミグサへ。


「来れから」


 その先が詰まった。

 ただの挨拶に重い体を滑らせ、笑顔の目に光がない。

 戦がれながら、その風が自然的でなく、俺らの間に白い羽根が通っていく。

 目で追うと、メイミアと居る男の子。

 その容姿がぼやけて、音の方に向くと光が宿っていた。


「白いお姉ちゃんが助けてくれた」


 「そうか」と弟の頭に手を当てる二人の姿は、太陽に照らされ、そう映っていた男の子が「お姉ちゃん」と続ける。


「守ってくれてありがとう」


 俺を見ている元気そうな姿がなにより、なんだが。


「どういたしまして! ちなみにお兄さんだよ」


「そうなの? 白いお姉ちゃんもそう言ってたよ?」


 聞いて瞬時しゅんじにらみ付けた所には影も形も無かった。


「青いお姉…お兄ちゃん。怖い」


「あっ…はは! 目が悪くてこうしないと遠くのものが見え…ないんだ。そうだ、白いお姉ちゃんはどこかな?」


 男の子はミグサの背に隠れると顔の半分をはみ出して引っ込めた。


「白いお姉ちゃんなら…やることあるって言ってたよ!」


 この際メイミアよりひらめいて来てくれる男の子に心底喜んでいたら「後でお礼しに行こうな」とミグサ。


「うん、それとね! 凄いんだよ。白いお姉ちゃんが通るとみんな倒れちゃってね」


「何だそりゃ? ああ、そういえばシオン。俺に何か言ってなかったか?」


「言ってない」


「そうか…もう、朝だ…魔力無いだろ直ぐに送る」


「その子と帰ってあげて」


 男の子に「またね」と伝えそそくさと木陰に向かい、よそ見するシイナに終わったと伝える。


「シオン様って隠し事多そうですよね」


 嫣然えんぜんに呟くシイナ。


「ねえし」


 反射で否定した。

 あの子を見ていて、また会えそうだって思ったことを、ほころぶ口元で「そうかもしれませんね」と、零したシイナに伴い視界が移り変わった。

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