第2話 不可視な人外

光景は回し蹴りや砲弾かの拳に被災していた。

俺と先生は身体能力を上げる実戦中であり、魔力には人智を超える作用がある。

または人智を超える天の贈りものと言われるが、そう表す人は凡そ魔力の開花に至っていないとそんな授業を思い出す。

まるで魔力の開花は努力で可能と聞かされている様に。

そう、努力だ。

この瞬間が努力とするなら俺は魔術師に向いていない。

現に劣勢だ。

一度の失敗で四肢を失う魔術師は実戦を重んじるとか、よし、逃げよう。

俺は納得しそう諭す。

向いていなかった。

まではいいがこの化け物なんとかしなければ‼︎


「漸く声が届いたなら集中しろ」


力の象徴たる筋肉、胸の硬さ、魔力を通わし二の腕の膨らみが増幅し出す先生は、速い。

かわす選択肢を放棄したくなる位に、頬に掠らせ、腹に喰らい、この実戦を僅かな魔力で凌いでいた。


「してるって」


ヒュー──ヒュルルル──ドクン──グシャ──


 戦っているのは人、なのに、人外で吐息の様なものに撫でられた感触が在る。


「いいや、当時の威圧的存在感は今の比じゃ無いだろう」


「物取りに存在感は死活問題になる」


「ごちゃごちゃ言うな!」


「言わせてるのは先生だ‼︎」


フゥゥ──

 ビリュルル──


また、不気味な音に気が散る。何だ、うろこ

大きい、鱗がいる?

後ろにいる?

──精一杯の攻撃に背を取られている、こんなの、どうやって勝つんだよ。


◆いやいい、いいんだ◆


 遠のく意識に砂の舞う視界が傾き出した。


「魔力は体の隅々すみずみに届かせて強化できるが、今日のお前は迷いが多いぞ。背中に使う魔力が多かった様だが、抑えるべきは前の上半身だ、いいな。それか脚力に魔力を集中して、その場で切り替えられると速度の向上に繋がるぞ」


聞きながら呼吸の合間に。


「努力、します」


拳は腫れて皮膚が痛む、全身はジーンとする放心状態になっていた。


「次は魔術の実戦だ」


「終わり、じゃないの?」


首を起こすと真顔の先生が映る。


「ふんだんにと言ったろ」


「もう。魔力無いよ、チビっとしか」


「なにも大魔術をやるって訳じゃない、初歩的な魔術だからチビっとで充分だ」


「無いって言えばよかった」


「そう言うな、合格したら帰っていいんだから」


聞いて頬に砂がこすり付く、茫然ぼうぜんの気分で呟いた。


「今帰りたい」


「今から魔術を放つ、それを魔術で受け止める事が出来れば合格だが、流血の覚悟があるならさぞかし簡単だろう?」


「いやあれは…つか初歩的な魔術が使えないのに受け止めるも何も⁉︎」


俺は全身の放心を忘れ、体から紅い光があふれている先生に立ち上がった。


「本来なら使えて当然なんだ。魔術をサボり続けたお前が悪い、だから今この場で使えるようになれ」


目前の砂地に魔法陣まほうじんが描かれる。

そこから次々火種ひだねが発生し上空に浮かぶ魔法陣も見て取れる。


「んなメチャクチャな!」


校庭の気温が上昇し高揚の魔力が地鳴りを起こす。

更に手に火種を引き寄せている先生が低姿勢で構えた時だった。


「メチャクチャなんだよ……せ…いってのは」


声と共に分散する火種らは婉曲えんきょくに放たれ、しかし拳より遅い魔術ひだねは体感ゆっくりに感じる。

俺は優雅に躱している、筈だった。

…なんか増えてね?

火種の数が見えてるものより数倍多い。

その要因は上にあった。

上空の魔法陣が増えてるし、視覚外から迫り来る火種らに聞き返す暇が無く。


「ムリムリムリムリ、熱! ふざけんな。マジで服が燃えたぞ殺す気か‼︎」


砂地の魔法陣は俺に意識を向けさせるもので、本命は上空の無数に降り注ぐ魔術だった。

また追尾ついびして来る攻撃に逃げ回っている中で哀れみの声が耳に入った。


「この魔術の特性は俺の魔力に呼応して魔法陣から発動し続ける。破壊はかいしないかぎり半永久的な追いかけっこになるんだが…」


下方の火種をあやつりながら説明する、ごもっともな助言なんだけれど。


「その説明の前に初歩的な魔術を教えてからだろこの状況‼︎」


破壊という不可能な考えに、でも、本来破壊より狙うのは術者だと、想像している辺りに疲れが、魔力も底を尽く重い体と成り果てて魔法陣が消えた。


「いい。お前には生温い方法だった」


上空の火種も消滅していく、安らかな校庭に戻った。

束の間だった。

先生から膨大な魔力が砂地を奔り。

俺をおそう。


──鬼神化身きしんけしんし与える──大気をおこ妖艶ようえんまどわしうなれ──焔艶セルピエンテ


 言霊えいしょう。新たな魔法陣が上空にきざまれる、異次元の大きさの不気味な模様もようが出現した。


「第六魔法陣 焔艶」


 その言葉に呼応した。

灯火が模様に宿り、焦がして奔る。

まるで魔法陣を呑んでいるあり様は、人外の如く、這い回っているみたいで。

同時に息切れの先生に隙が見える、補修を終わらす希望が舞い込んで、いるんだけど。


「これが魔術。訳わかんね…」


頬が緩み出している自分に思わず心臓を抑えていった。

知らない、言霊なんて魔術の法則にない。

無関係のもの。

なら言葉から作用している魔力、この現象は何?

『震えてる?』

『それとも嬉しい?』

◆煩いよ、メイミア◆


「分からなくて当然なんだよ、シオン…これなら避けようなんて思わないだろう?」


火がついている顔色で、温度を飛躍ひやく的に上昇させる魔法陣が爆炎した。

膝をつく先生を含め炎の壁に閉じ込められる。


ちろ」


耳に薄っすら届く言葉で、炎の壁が時計回りに渦状化し出す。

肌は熱風に晒され、炎の渦がせばめてくる頃には、白い衣に身を潜める事にした。


(ノウェム──)


こうして身を呑む炎は空高く燃えたぎる火柱の様だった。


「しま…やり過ぎた、シオンを救出しなければ…」


喰らっていたら死んでいたわ! と思う。

俺は視界が見通しやすくなった時を狙い、疲弊してひざまずく先生にそっと距離を取って言った。


「ヒビキ先生、その様子じゃ動けそうにないね?」


俺は愛嬌をふって眺めていると、は?みたいな表情の先生に「それじゃ!」と伝える。

次第に遠くなる校庭から白目を剥く先生の声が学校全体に走り出す。


「ゴラ待て‼︎ 俺は魔術で受け止めろと言ったんだおい……待たんかあぁぁぁあああ‼︎」


遠退とおのいていく怒鳴り声もこれで最後だと思えば、案外楽しかった。

なので約二年過ごした思い出をなぞりに正門へ寄ってみた。


「これでお別れか……へっへっへ、さっき体で覚えた炎系の魔術。確かこんな風に──おお」


俺は試練の末に初となる魔法陣を起こし、可愛らしい火の粉が降り出した。

微々びびたる魔力とはいえ、いてくる火の粉が至る所に飛び火し出し火事みたいになった。


「おー」


これどうやってくんだろう?


◇◇◇


日がれた夜の道は少し寒かった。

夜といえば人が少なくて、こういう気温は過ごし易いから嫌いじゃない。

むしろ開放性に優れて何だか心地良い…な。


「そっか」


歩きながら呟く。

こんな風に雰囲気を意識してみると案外違った景色が見えたり、したのかな。


──今更。でも次に活かせる。


どこで?


またいつもみたいにアルタイルでも良いんじゃないだろうか?


(まだ…間に合う…また…繰り返す)


そして変わらない。


(でも)


変化を取り入れていけばいつか現実が変わる。


「行こう」


俺は所定場所に向かう足を速め。


「?」


躓きそうだった。理由はいつからかちゅうを浮く黒い存在が目の前にいて危うく突っ込む所だったと、立ち止まる俺に。


「残り十七時間です。焦らなくても間に合いますよ」


黒い存在が言った。

親切な生き物だった。


「そうですか。ありがとう、ございます…」


掌程の黒い生物が浮いている、喋っている、発光している。

そんな黒光りの生物が紡いで来た。


「いえいえではまた!」


黒光りの生物が短い手足で胸の服を掴んでくると──グイグイと体に入って、くる──


「おいおいおいおい!」


体の中に入ってくるような、り抜けているのか、とにかく振り避けていたら止まった。


「どういたしました?」


こちらをのぞいている黒光りの生物が、短い首を傾げてそう言っていた間に優しくつかんだ。


「入んな‼︎」


本気で投げ飛ばした。

直ぐに身体を確かめていたら、ゆらゆらと舞い戻って来る黒光りの生物が「ふぅ」と。


「災難です、目が回って……おぇ」


液体っぽく、個体っぽくもある触り心地、そんな感じが不安定に浮遊ふゆうゆるりと距離を詰めてくるから身を引いた。


「何なんだよお前、つかどっから沸き出で来やがった」


「僕は本から生まれた精霊ですよ。シオン様の中から出て来ました」

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