第37話 助語

現在。ベールの残滓で一帯が照らされた。

振り解いた手首に跡が残ったものの、休息かの時間が過ぎていき、立ち上がる二人が口を揃えた。


「「海よりも深い関係について詳しく!」」


互いが頷き合い、注目の的かのシイナは自慢げな愛嬌を送る。


「いいでしょう! 燃える様な出会いから、言えない事もありますよ?」


「いッ、言えない事ってあるんですか⁉︎」


部長の息が荒くなる。

腕を振り上げていた俺は間髪入れずに振り下ろし、シイナは地面を貫通した。


「こいつは元いた世界の浅瀬よりも浅い知人以下です、以上の紹介もありません。ところで」


途端に白い明かりが消えて、寒気を感じる。


「ここは嫌な感じがします。出ませんか?」


「そうしましょう…あの瞳は怖かったわ…もう二度と遭遇したくない」


「同感だ…幾ら美人でもアレはお断りだ、生気が感じられない」


嫌な感じ、メイミア以外に感じたことのない身の危険。

ただ逃げたい衝動に駆られている。

一致した二人と階段を降りていくが歩くだけで精一杯だった。

靴が何かに絡み付く様な重さ、誰かに見られている気がしてならないし、全身が冷凍に撫でられる感覚、特に背後が──いけない。

ベールを解放すれば楽になるかもしれない、けど暗闇を照らす勇気がない。


「二人とも、そこ穴があるから気を付けて」


床にある穴、主にシイナの突き破った穴。

俺がやったんだが、注意を促して進むんだが、返事が返って来ないし不安が募ってくる。

だって足音が無いんだから…。


「翔…部長……シイナ!」


堪らず呼び声を上げていた。

勿論返事が返ってくる事は無かったが逆上はしていた。


「いないんだ? へえ、本当にいないんだね?」


大事な事である。

応答も無ければ、誰も居ないなら照らすより先にここをぶっ潰して出るだけだ。

簡単な話、跡が付かないよう魔法陣なんて介入せず、俺本来の力で木っ端微塵にし動画にも映らない超速で逃げる。


「そうだ、お化けが俺に憑き纏えると思うな! 生まれ変わって出直してこい」


──と、誰の返答もないが口にしていないと可笑しくなる。

だって病院だよ?

一緒にいた友達は絶対、振り向いてもいないでしょう…視界を戻したら現れる、くらいなら。


「現れ斬るよりお化けの住処を破壊したいぃ!」


床が震え出し、ビビり倒していた目の前に人魂が現れた。

三つ。

燻る音色が三角形状にあり回り始める。


「迷惑極まりないわね」


人魂が描く円に対して、剣を構え、お化けの首を斬るつもりでいた。

その髪が円を通し現れる頃には。


「帰る前に忠告しに来てあげたんだけどおぉおお‼︎」


過敏に避け、逃げるお化けに感覚で振り続ける俺に拳骨が降ってくる。


「出席番号十七番シオン君。なんの嫌がらせかしら…」


人魂の光で朧げに映る。

手の甲で仰ぐ姿から、波の様に夜空の光景に変わっていく空間と化した。


「こっちの台詞だわ」


メイリス先生だった。

よりにもよって白衣だし、最悪な状況だと言っていたら怒声が飛ぶ。


「君は…ただ声を掛けようとする人を容赦無く斬り掛かり、殺そうとしたのよ‼︎ 弁解があるなら言ってごらんなさい‼︎」


「廃墟の病院で白い格好なんて斬ってもバチ当たらなかったと思う」


「じゃあその時は君ごと道連れにしてあげるわよ…」


不快そうな人、けど敵というより教師の印象が濃いメイリス先生は綺麗な地に佇んでいた。


「償いに来たの、接触しに来たでしょ?」


「何が?」


「宇宙文明って名乗られたんじゃない?」


確か朝の名刺に書いてあったと取り出すと、強い視線で紡がれる。


「魔術学校にスカウトされた事と何ら変わらないわ、君は目を付けられてる。だから助言しに来たの」


「近い…」


「進化に反する学校と関わらない事を勧める」


提案から詰め寄られ尻餅してると覆い被さり。


「ねえ君、どことなくシイル様に似てる。目と口が特に」


呟くメイリス先生と額が触れ、体が火照り出す。


「知らねえし退け‼︎」


白い煌きを纏ってど突く。

見開いて躱すメイリス先生は俯いていた。


「また…妾の空間で力を発揮出来るってどうなってるの」


「怒りで引き出された」


「そう。君にとってはどうとでもなるらしいわ」


投げやりにまとめられるが俺は魔術の法則性すらそれ程理解していない。

ベールの顕現を凄いと捉えていいものなのか、微妙な空気が流れている。

また進化とは何か、想像してると引っ掛かるものがあった。

この世界が騒ぐものについて。


「メイリス先生はこの世界に魔力があるか分かる?」


「無いわね、進化以外に開花の道は無い。それは分かるも何も有り得ないもの」


「どうして言い切れるの?」


「そう…ね。ここだけの話し武術さんじげんから行く道は幻想位ごじげん魔力位よじげんという法則は存在しないのよ」


らしい。

一通り法則があるそうで頭は困惑した。


「そう億劫にならなくても。あの人なら分かりやすく導いてくれそうじゃない?」


微笑まれる。

俺は『誰に』と聞くつもりだった。

空間に人が現れるまでは。

その人は背の長いコートの様な姿でこちらを拝んでいる。

一体いつから居たのか、メイリス先生は血相を変えていた。


「あの、違うんです…」


ない法則を扱う法度。

メイミアが言っていた違反でありメイリス先生は動揺している。

そう認識できるのは一方的に喋るメイリス先生から連想され、方やその人はゆっくり語った。


「私はワームホールの修復でこの地に参りました。そうして貴女様の幻想に居合わした縁なのです。また規律とは守る事で生産性を齎しますが、罰するは同じ状況に立たされた際自らの可能性を失うものと教わりました。そして私にその権限はないのです。おいきなさい、少年には私から伝えます」


「待って、一つだけ…夢だったんです」


「はい」


「実は、子供の頃に憧れを発する場がありまして。貴方様を敬拝しております」


「光栄です。メイリス様」


爽やかな笑みで居るその人を、情熱的に覗くメイリス先生はこの空間から消失した。


「さて」


歩いて来る。

改めて見るとガタイがいい男性、それが怪力的な喝采で印象がガラリと変わる。

まるで紳士な雰囲気が嘘の様に。


「俺様は餓鬼大将ッ! 斉天大聖せいてんたいせい〜尊厳到達天真の爛熟らんじゅくたぁ俺様の事だっはっは‼︎‼︎」


「……へっ⁉︎ 餓鬼大将さん、爛熟さん?」


「名前では御座いません」


「…。」


取り乱した。

そんな俺を爽やかに眺め膝を付いていく。

名はオルトロスというそうで前半は幼少期の口上らしい。


「オルトロス」


「はい」


オル、トロス。


 オルトロス。


思考が反復しふと浮かぶ。


◆口上?◆


「口上って魔法の言霊?」


「左様です」


オルトロスは依然膝を付いて続けた。


「但しあなた様が受けたメイリス様の雷は私の口上なのです」


「?」


聞くと凡ゆる魔法における雷のいしずえ

最も長く活用され喜ばしいと語った。

意味は分からない。

ただ理解よりその存在感が魅力的に感じる。


「改めて社会科見学の一環でこの地に訪れました。申し遅れましたが教師です。メイリス様には誤解を招く言い方でしたが少々時間に追われているもので、子供達の元から離れております。ワームホールとは、正しくは子供達が迷い込まないよう修復に参った次第です」


オルトロスは教師として我が子同然に生徒と接している、そう感じる。

またワールホールはこの場から別の地に飛ばされる空間領域らしく、修復は終えたと続いた。


「私の独断で、身勝手な、人生を揺るがす可能性に出向いた事をお許し下さい」


「分かりました」


事情は分からないが聞き入れる姿勢は整ってそう応えた。


「我が国は戦争の準備を進めております。敵の軍事力は凄まじく敗北に至る覚悟の上での決断でした。我々は攻め入る側でありながら、最高戦力及び即位達を率いる我が国は、防衛力の低下に伴って多大な被害を起こすと予見しております。国王は死にたいものだけ付いて来いと仰いますが、国王自身は、元は教師として勤めていました。一体どうしてそうなられたのか、国王は異次元の様に強く、優しい御人です。故に下す決断が厳しく幾たび対立したことか。遠い昔の様で即位達は紛れもない国王の生徒でした。私は教師の道に進み刻々と思うのです。国に残り子供達に寄り添いたい反面で、私を育ててくれた国王の心が今になって痛感する日々。我が仲間と共に戦いたい、子供達と居たい。この葛藤が決断できず、あなた様の前に、俺は…」


「あなたをその様にする戦争の要因って?」


「偏に国の宝が危機に瀕しています」


「…宝?」


「我々を癒す天使です。また私の生徒でした。初めはとてもじゃありませんが手に負えない暴れ様で、顔を会わす度に剣や魔術で襲われて来ました。その子は知性こそ子供同然で可愛いらしいものですが、戦闘技術が群を抜いており、私はこの才能の育て方に挫折します。会う度に戦いを辞めなさい、そんな些細な言う事も聞けないかと私の未熟さを棚に上げ、言い合った。それがまかり間違って国王にまで喧嘩を吹っ掛ける様になり、それが彼女の人生を大きく変えた。彼女の望みは力を評価して欲しかったんだと、教育者ながらに実感します。その後人類最高峰とされる天使の関門に進出し、我が国に多大なる功績を残した彼女は今は居ない。遡ること彼女は最大級の罪人となって余生を送っています。改めまして彼女の名はメイミア、あなた様と共にある悪魔なのです」


「……。」


「彼女の人生において私は、二度も、それでも。彼女の望みを無碍にして救いたい。だから最後に、先生に会いたかった。だっはっは‼︎ 俺はレリアスの王位側近オルトロス。さらばだ、先生!」


言われ視界から外れる。

直後賑やかな教室が写って、夕陽が差し込み、誰も居ない。

瞬きするとシイナ、翔、部長の背が見えるがオルトロスの姿はなかった。

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