第36話 紅い碧眼と降ってくる人影

樹木で狭い分かれ道を部長が選び抜き、芝生が広がり出した。

高い木々が広大に囲う中心に建物が見える。

外壁が底に沈んでいて、古びた入り口だろうか、剥き出しの常闇が扉の跡みたいだった。


「全く風景と似合わないんだが、マジで入んの?」


それを前にして片足を引いた翔と。

木々が揺れて、仰がれる風が俺らを押し返している印象を抱きながら。


「本当にあるなんて思わなかった」


それぞれが横に並ぶ形となって、纏める後ろ髪を振り見る部長が。


「怖い?」


くの字の姿勢から翔を食い入り、そのまま「の」と付け加える。


「は? 何度も学校で言ったじゃねえか、一々イラつくんだよお前は‼︎」


声を轟かし木々の揺れが収まり出す。


「とまあ、シオンさんは初めてよね。実はこの病院、知る人と知る曰く付きなんだけど知ってる?」


「いえ、何も聞かされてないです」


「俺が初耳だ‼︎」


翔は「部員に優しくしろよ‼︎」と続け、ニコッと笑っていた部長は病院へ目を配る。


「昔ここは、病人を歩かせる鬼と称され、道中で息絶える者も多かったという病院、医院長は患者に首を締められ死亡したの」


説明と同時に突風が木々を乱す。

先陣切って行く部長に俺らは常闇を越えて口にした。

そりゃ怨念も溜まるだろうよと、真実か偽りは置いておき周りが懐中電灯で照らされる。

医務室という霞んだ札が斜めにぶら下がっていたり、風通しの悪い廊下を進んでいた。

他にもある札は文字が読めなくなっている。

最初の医務室以外、扉は半開きになっており、突き当たりの階段から二階に着く。


「一階は調査済みだから二階から再開するよ。私は動画担当だから異変があったら即写真撮ってきてね!」


手首にぶら下げた懐中電灯が床を照らし、赤い斑点が見えたり見えなくなるこの場所は横長の椅子が設置してある。


「きてね? おいおい皆で来たんだから仲良く回ろう?」


生温い空気に響いていくと吐くような声がこだました。


「仲良くって。小学生じゃあるまいし、二階は迷子にならないから大丈夫よ」


やれやれと口ずさんで扉の閉まった部屋に向かい始める。


「大人は回らねえよ‼︎ そもそも何したらいいんだよ」


「そうね、手術室と霊安室があるらしいから探しながら撮影して。多分三階にあるんだと思うけど動くのは二階までね! ヤバイから」


扉を開ける部長が中に入っていくと、錆びた鉄が擦れていきガチっと閉まった。


「アイツの心臓シオンと良い勝負してやがる、なあ俺らは適当に居よう?」


目印の方向に歩いていた俺は「おい…どこだ…」と耳に入る。

漏れそうなので急ぎめに言った。


「便所行ってくる、お化けが出たら呼んで」


「…それ手遅れじゃね?」


水滴が聴こえる奥の方。そこにあるらしく、ごく薄い光を頼りに走っていった。


◇◇◇


汚れた鏡があるお手洗いは水が出ず、困っていたらここ便所に奇声が届く。

慌てて駆け付けた現場を魔力で仰ぎ、少しの間蒼白した顔色が照らされた。


「よう、やっぱり手遅れだろ。女の子がいた…」


絞る様に言う気掛かりな事を、倒れ掛けの翔は更に。


「シオンが…便所に行ってから、着地音みたいな振動がして振り返ったんだ。女の子の影がいて、後から直ぐもう一人が降って現れるなり尻を摩りながらお前と同じ道を進んで行って……オェ」


口を抑える翔は意識を失い、思わず動揺した。


「待って! 意味分からない上に不吉な事言って逝くなよ、おい!」


何かに憑かれるみたいな説明に勢いよく揺さぶっていたら、目覚める翔の背をこれでもかと支えていた。


「あれ、意識が飛んでた気がする…いやもう無理だ、あのブス連れて帰るぞ」


翔が走って錆びた扉を豪快に開けると、遙か上回る爆音が轟いた。


「誰がブスよ‼︎ でっかい悲鳴ばかり上げて! ちゃんと写したんでしょうね?」


翔は頬を光らせスマートフォン片手の部長に詰め寄る。


「ハッ。ロクな所じゃねえのは充分に分かったぞ、撮影なんてする必要もないくらいにな。分かったら帰るぞ…。」


「はいはい」と階段まで引きずられる翔。

また部長は果敢に階段を上っていた。

そんな光景が何処か余裕のない印象を感じ、階段を上りながら質問した。


「部長。ここって幽霊いるの?」


「見た事は無いけど、いるっていう声が続出している場所って事だけ…」


自信の無い口振り。しかし勢いよく駆け上がる部長に追い付いた頃には懐中電灯を一振りし、消す。


「きっと幽霊も、見たいと思ってる人に現れやしないよね。自然のままに探検すれば出て来てくれるのかな」


視界は暗闇だった。

ただ発した声がこちらに向いていた。

詰まった空気感に包まれたからかもしれないが、部長の言葉から悲しさを感じる。

静まって何も浮かばない、そう思っていた。


「だったら俺と居ればいいだろ、そういうの惹きつける体質だし先刻さっき見たし…シオンは幽霊に屈しないだろう、ここに居て貰え。その方が出て来やすいだろうし」


翔の提案だった。

俺は突発ながらに「いってらっしゃい」と繋げていたら部長は「でも」と応える。


「こんなブスと一緒に居たく、無いでしょ」


「は?」


「二人の方がお似合いだよ。どんなに頑張ってもそんな綺麗な人にはなれないもん」


「よく…分かんねえけれど、お前の容姿は可愛いと…思う」


「嘘付かないで…」


「付いてねえよ」


「…本当に? 可愛いって…私と行っても後悔しない?」


「言ってる意味全然…分かんねえけど、俺は今まで容姿がブスなんて思ってねえ。性格がブスなんだ」


ビンタが二度響いた。

両頬を光らせ歩いていく翔と部長がこちらを見て。


「「行ってギャーーーーーーーーーアアアアアアアアアアアア」」


発狂を重ねていた。

俺が慌てて問い掛けていたら、呂律が回っていない二人の口振りが、何だか笑えてくる。


「あの…ぶっ、ちょっと、何やってんの二人共…」


恋人みたいに抱きついて、未だ呂律が回っていない姿をまじまじと見ていると。


「違ふ…うひろ…色白の…」


「シオんふん……逃げて」


それぞれが口に出していた最終二言が聞き取れる具合、涙目で訴えている二人に笑いが消えてから、確かに変だと思う所存について。


「そういえば、何で光が照らされているんだ、ろう?」


ここから最も奥に映る高い札には、霊安室と書かれる文字が見えている。

という事は、光を灯している場所は後ろであるからして、何かが背後にいる…。

ゆっくりと振り返っていく俺が、至高と呼ぶにふさわしい光で視界一杯になる。


「一番怖がるべきは俺だったりして…がッ‼︎」


一瞬で光が消えた。

何が起こったか分からない。

ただ顔面が襲われる感覚で、体が反り返されてしまう。

脊髄からバキっと鳴り始めた束の間、後頭部が床を突き破って、けして聴いてはならない音が頭中を駆け巡り。微かな舌打ちが伝ってくる僅差で。


「ふぅ…やっと見つけましたよシオン様」


聞き覚えのある喋り声に薄まっていく痛み、してもいないブリッジから這い上がる俺は、ぼやけた視力で人を捉える。

回復していく視界には黒髪を梳かす紅い碧眼の少女に血管が千切れた。


「シイナ…何しやがる…テメェのお陰で脊髄から頭蓋骨があり得ない音を立てて砕けたじゃねえかよクソが…」


俺は殺す勢いで殴る。

だがシイナは拳を掌で返し俺の逆手を掴み掛かった。


「何ですか! 離れ離れの僕と再開して嬉しいんですか? 砕けてもないですし僕が吸収したからです」


「黙れ変態サイコパス。お前が平手打ちしなければ痛くもなければ吸収する必要もねえだろが‼︎」


「ありますね、僕から逃れた罰に対して無傷にしてあげたんですよ! 大体契約者が居ないにも関わらず病院でリア充ですか、いいご身分ですね?」


「何処の世界で廃虚病院がリア充に見え…おい。お前魔王城に送り込んで勝手に消えたよな?」


俺はシイナと取っ組み合っていた。

更に蘇る殺意が湧いて倒せる差ながらに持っていく。


「うっ…魔力ですか…でも分かりませんか? 僕は想力を残していま…あっ! ベールは無しですだから髪は辞めて下さいって‼︎」


シイナを倒し髪を引っ張る、その後の襲撃も学習済みだった。


「あの…その人は?」


部長に伺われ我に返った。

どう応えたらいいかと詰まっていた。

すると瞬きを重ねるシイナが起き上がり部長を眺める。

表情が品性ある愛嬌に変わり、俺の手首を握って。


「初めまして、私はシイナ。シオン様とは海よりも深々とした関係。よしなに」


片足を後ろに引き膝を曲げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る