第29話 最終ノ幕

◇◇◇


海水の雫を弾く銀色の髪、その様子は仮眠している。

一方悪夢から覚めるかの翔が体の傷を摩り見る。


「俺は。生き……⁉︎」


意識のない記憶が少々の混乱を招いていた。

加えて舞台に目がいく翔が血相を変えて立つ。


「いけない」


メイミアが半目の瞳でそう告げる。

また翔の手を掴んでいたメイミアに「離してくれ」と続けた。

戦うべきは俺なんだと、降り続ける海水で天井の瓦礫が崩れ出し二人に落下した飛沫が著しく飛び散った。

その鋭利な破片を風で弾いていたメイミアは動じない面影に呟く。


「そういう所はお兄さんと違うんだね」


「なにを言って…」


翔から硬い身なりが緩んでいく、しかし。


「シオンが巻き込まれる」


舞台を見ながら焦り出す。

その身体から青い魔力に包まれ、焦りより驚き、唖然した。


「次からは生命維持を越える消耗は控え…てね、あと……座ってくれると嬉しい」


思わず「はい」と応える翔に「あと」と繋げていく。


「敵の認識も大事だけれど、味方の存在も認識しないと偏った世界線で生きてしまうよ」


数回の瞬きをかけて目を閉ざす。

方や膝に置く手を力ませた。


「……只者じゃないのは分かりました。けど、相手は世界的なマフィアです。シオンが勝てたとしてもこの先に逃げ道は。。寝てます?」


聞いて吐息が返ってくる。

その症状から風邪と疲労と診た翔は一礼し胡座した。

意識のない時に戦っていたのがこの人だったと悟って、自身に流れる魔力を意識する。

内心嬉々としていた。

それが表情に現れる中、改めて見渡せば半壊滅した地面、火の焚いた跡、崩壊する天井。

至る所にある抗争の数々を目の当たりにしながら。


「よし、メイミアこのひとには何が合っても逆らわない」


険しい赴きで舞台に着目する。

そこには月白の織物が茶髪を包み、石器に触れる羽衣の人が手に持つ……。


◇◇◇


「これ、見覚えありますわね?」


神社で見た真っ白の本だった。


「どうして、封繋を?」


束の間に本がやんわり消えていくその手を仰いで「いえね」と。

天井に淡い輝きが伝い出し、亀裂が修復される神秘な現象を遣わしながら。


「誘き出す目的で使いまして、君と同じクラスの優等生を」


朗らかに語られる。

一見して淑女かの印象に流されるが、対極的な疑問が過って消えない。


「なんで、ミグサを」


「あらご存知ない? その方は女神が転生させる程の魂の持ち主なんですのよ。なので是非、妾の下辺にと使いを送ったはいいものの」


微笑んで溜めているその先は一段と朗らかに。


「君のお陰で台無しになりましたの…四体。死神位を仮死状態に追いやった事、忘れたとは言わせませんよ」


聞いて回り込まれていたら胸を触られる。

更に出身に対して問われていた。

「君は本当にアルタイル出身?」かと、耳元で喋られ「そうだしお姉さんこそ何だよ?」と距離を確保した。


「妾は饗宴神楽の創設者、二人目の殺人鬼に此処を提供していますのよ」


らしい。

「偉いの?」と言及すると偉いらしく、組織の要に出くわす願ってもない所で今までの戦いに重ねていた。


「なら観客は避難して居ない、戦う理由は無くなったし翔から手を引いてくれ」


相手の立場に沿って交渉を試みた、はずだった。


「出口を壊した相手が了承すると思って?」


やはり商売とかけ離れている。

思わずニヤけていた。

こうして確信した俺は疑問に記憶を準えて公言する。

目的はミグサであって、優斗君を囮にして失敗したから翔を人質にとる策略だったのかと。

するとほろ苦い笑みと共に。


「ご理解いただけて光栄ですこと、ただ……余裕も今の内ですわよ」


「余裕も」から紫、灰色、黒の順に三重の丸状に拡大する光景へ映り変わり、愛嬌がふるわれる。


「魔力位と幻想位の差を分かって?」


耳に栓がある聴こえ方だった。

しかし背景共に聴覚が戻った俺は上から押し潰されるかの重力に襲われる。

焦って魔力を放つ。

この知らない事象に緩和は出来たが、抗う魔力の適量が操りにくく喋り辛い。


「余裕って。知らんし…。魔力位とか幻想位とか意味ふぅぅうぅ。セコイぞこの技‼︎」


勢い余って温存していた魔力に重力が緩和する。

また青く明瞭に現れる魔力を関心そうに。


「直近報告の魔力量は零だったわね、君はいつ開花して?」


言われながら体の異変に気付く。

奥底からぐつぐつ沸くかの悲鳴を感じる。

慌てて心臓を抑えていった。

まるでやかんが沸くかの高音やジャラジャラと何かが乱雑した感覚、また平衡感覚が失いそうになっていた。

これは。

翻弄…。

心身が蝕まれている…。

まるで飽和領域にいるかの様に。


◆なんで萎縮して?◆


俺は体の不調に気を取られ単調な口を開けていた。


「物心付いた頃には使えてたけ……。零はヤメろ? 一応二ぐらいあったぞ」


訂正すると緩んでいく口元が映る。


「嘘。付いてるわね? 君から幻想位の力を感じるもの。それともあの人から譲り受けているのかしら?」


にやり、にやりと。

俺は見据えていると滲んでいる言われに不快感を覚えた。


「俺はアルタイル育ちで魔術学校生徒だった男だ! 大体、その知ってるぞって自信どっからくるんだよ」


精神世界に踏み込まれた気分で、いや。一番知ってるのは俺なのに、何を知っているんだと──混沌として──言い返せず、怪しく小言を吐かれていた。


「だった。定期報告に手違いでも…いえ、余り時間も掛けていられない」


目元を細めていると右腕を突き出し、人差し指で俺を捉え「縛」と交わす一声に血管が逝った。


「だったに凝るな一番どうでもいい事だろが! いきなり人の心に踏み込んでくるなって意味だ比喩。決め付けた挙句勝手に進めんなッ⁉︎」


篭っていたものを吐き出した舞台に瓦礫が落ちて、軌道が敵の頭部だった。

人が大破するには余りにも分厚く、それがその人の頭上で止まる。

念の様に瓦礫が爆速で壁に吹っ飛び細々と聞こえる。


「癇に障ったなら謝りますけど、目利きに手応えがありまして」


「外れてるわ!」


反射で言い返した直後、あざ笑うかの如く。


「必死に否定なさりますけど、目にして耳にして記憶していった過去を正しく振り返ったことがあって?」


「俺が学生だった記憶は幻覚だって言われてるみたいなんだよ」


真面目に応えていた。

けど遊ばれているんだと感情を殺していく。

もう反応しない。

何より二度に渡るその力が脅威だと踏まえ最初の目的に立ち直す。

状態を戦闘へ切り換える中、しかし立ち合う敵が。


「お好きなよう、妾はただ。相手が如何様な存在かを知りたいだけのこと…つまり。分析が終わりました」


この一連で何を分析されたか分からないが、ミグサの事を推測した様にお互い洞察していたのは一緒だった様で。

充分に把握した瀬戸際、俺の足場に半径ニmはある呪文枠が出現し、黒線が不規則に刻まれていく。

唐突で、それでいて描く速度の遅い魔法陣を創る敵に。


「あの、こんなまんまと罠にハマる奴がいると思う…」


その敵が仕掛けている明白な魔法陣が成す間、会話していられる位余裕があるけれど攻撃性のある紋様の対策に越した事はないし。

待っているようなお人好しでもないので光を灯す呪文枠から逃れようとした時だった。


「縛とは、対象を捕縛する術。実は妾魔法陣が苦手でして、幾ら努力しても速くはならなかった。代わりに捕縛術は大の得意で、何でしょう。凄く丁寧に仕上げるので…威力も最高峰まで高められる…ですので跡形も無く、痛み無く消し飛びますのよそれ」


「……んっんん”、素晴らしい長所だね」


言いながら体が動かない。

目線を下げれば糸で編ませたかの洗練した魔法陣が完成し、呆然する。


「ええそうでしょう。とはいえ、さっき申し上げたのですから警戒するって事、これを機に覚えた方がよろしくて?」


何も言えず。余裕綽々に続けられる。


「そうそう灰になる前に最期、もう一度教えていただけませんこと? こんな術にまんまとハマる哀れな奴はだ?れ?で?したっけ天才君」


思いっきり煽り倒され、卑劣な眼差しに血管が爆発した。


「教えてやるよ…こんなまんまと罠にハマる奴は居ない。けして哀れな奴とは言ってないからな‼︎ 騙された数だけ人を信じた勲章だこの外道‼︎ 純粋な人を馬鹿にすると罰が当たるぞバカ‼︎」


言ってる間に呪文枠から黒炎が炊き出し紋様を燃やす。

視界は黒い光が拡大し照らされていく。


「ええ、こんな術にまんまとハマっていただき嬉しいですわ…さようならシオン君」


高圧な光に飲まれる。

視界は白く褪せ──焼き切る様な圧力で──青い魔力を屈折させる。


 やっぱり、純粋な魔力は扱いにくい。


◇◇◇


「此れで一つ、しかしあの人が厄介ね。よりによってメイミア様を相対って。酷い指示よ、勢いで雲の上から身投げするようなものじゃない?」


虚いだ顔色で魔法陣の発光に触れられる。

その頃には舞台に駆け寄る翔が膝を付いていた。


「…また…かよ…」


「水城翔。境遇は調べさせて貰った。負の連鎖も妾と来れば終わる。来なさい」


その声が届いているか否か、翔は絶念の顔で消沈した。

しばらくして敵の背にある光の柱に口ずさんでいる。


「残される方の気持ちも考えろよ」


翔は続けた。

親しい関係なんて懲り懲りであり、感情なんてとっくにない。

つまらないなら楽しくすればいいが、楽しいを知らなければ最初から退屈なだけだと。

人生なんてそんなものだ、その言葉を受け入れるには退屈を実現しなければならない。

だから本当はお前が居た場所に気付いていたしデカい声なんて柄にも無かった事。

その石器席で大笑いの姿を思い出した事も。

何処かで楽しいに惹かれていたから精一杯に拒絶したんだと。


「笑えねえんだよ糞が…」


拳に血が滲み拠り所を失っている様で、だからこそ敵は抑止を企む。


「ここにいても不幸が不幸を招くだけよ」


その上で「来なさい」と心の抑制を諮る算段は躊躇いなく、顔を殴り飛ばされる。


「あの人が寝ている今が絶好の機会ですこと、言って聞かないなら気絶して貰うしかないわ」


顔の血を摩り、殺意の目でその手を翔の首へ近づける。

「つまらない人生だった」と囀りかの声が聞こえ出し、雷が帯びる手が喉へ向かう──


「優しい…ね。翔君……でも。危ないから…ここに戻って…くれないかな」


睡魔と対峙しているメイミアに過剰な硬直を見せる敵。

また取り乱していた様に雷が消失し、不乱な顔付きに変容する。


「どうも早とちりが過ぎましたわ。その余裕か悠長か、近しい人と一対一で渡り合えると思わずにいたものですから、それに妾の転移の方が速いんじゃなくて。体を崩されているのでしたらどうぞ休んで、下位に御手を煩わすなんて相応しくないでしょう」


言いながら敵と翔に光が溢れる。

対してメイミアは壁に後頭部をぶつけつつ。


「何…言って? 鬼…なら自信ある…けど私…じゃないよ。ほら良く見て…」


力尽きていくメイミア。

翔は光の柱へ着目するが魔法陣もろとも空気に溶けてすっからかんの跡地が映る。

そんな翔にベールを掛けて敵の手を掴んでいたら。


「──ッ!」


まるで幽霊でも見ているかの敵が一目散に距離を取る。

それでも翔は背を向けているから。


「勝手に殺すなバカ」


「普通は死んでんだよ、クソが」


「だったら確認しろよ?」


「悪い…」


どうやら動けそうにない声だった。


「ま戻らなくていいよ。側に居ればこのベールが守ってくれる、でも本当に怖れる敵だったかどうか、よく見てろ」


「…ああ」


掠れ声だった。

それで今までどれだけの過酷に耐えてきたのか、想像したら凄いで統一される。

身内を亡くし、試験は満点、その上自分より俺を気に掛ける精神は何度繰り返しても強い心だ。


「妾が想定した魔法陣を退ける力…本当に実在するなんて」


しかも俺の世界でいう粛清対象に狙われていたんだと思うと目が冴える。


「悪名と力で友達を追い込むのは今日で終わる」


「言ってくれるじゃない、幸い。あの人が寝ている間に始末される想定も出来なくて、魔力程度で笑わせる…」


敵の眉間にしわが寄り出す。

加えて豪雨の様に感知する魔力が飽和領域となり、奥底が反骨する。


「確かに魔力同士なら負けてるし魔術師みたいに真っ当な対峙にはならないけれど、始末なんて初めて言われた」


魔力が畏縮し支配者の前では無意味となった心身、ただし奥底を具現する光景が紅い施設を青く彩っていく。

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