第32話 記憶の供給

颯爽と道なき道を行く夜景から、和という大地に一夜とない閃光が奔ってからというもの。

前夜の鬱憤が清々しいくらいに晴れて、いつしか日の出が昇る遊び明けの頃合いになっていた。

帰って来た俺らはリビングで余韻を愉しむ早朝六時、少なからず俺は有意義だったが翔は蒼白している。

それはTVという、ニュースに速報として取り上げられている〝深夜に幾何学模様から爆破、犯人は少女と少年〟まるで創作上の魔法を監視カメラが抑える、そう大々的なタイトルで報道しているという。


「人生、終わった…」


画面を見て憔悴しきっている翔が久方ぶりの言葉を、更に血色を悪くしていた所に欠伸をするメイミアがリビングに座り。暗くなる目元でニュースを見るなり〝銀行を襲った犯人は以前行方不明であり、近隣捜索に徹底している〟と、音がここで途絶え視線が画面に反射している。


「二人とも何してたの、主にシオン」


通常以上の笑みになるメイミアの、目だけは笑っていないパジャマ姿で寄り添う姿勢は、純白衣服がどす黒い靄で品を下げている幾分上等な魔術師にでも尋問された方がマシな状況になっていた。

例えるとにこやかに金棒を肩に乗せ、うしろめたい気持ちにさせられるみたいで。


「知らない」


向かい風に撫でられながら、翔の溜息に続いて吐息を漏らされる。


「私としたことが…早く風邪治さないと…」


手の甲を額に当て寝室へ戻っていった節目に、ゆらゆらと立ち上がるゾンビみたいな翔と入れ替わり、襟首を掴まれた瞬時、今までに脳が感じたこともない上下運動を繰り返す。


「なんでだよ、腹減ってんなら言えばいいだろ! わざわざATM破壊してまでやるこっちゃねえだろしかも…硬貨一枚、たかが五百円で最大犯罪かよ!」


「まさか、この世界がそこまでの罪になるなんて、ごめ…うぷっ…」


その後二時間に渡り悲痛な拷問を受け意識が遠のいていった。


◇◇◇


細長い木の枝や小花の道を歩いている。

あれから復帰を果たして家までの送迎中。

後から付いて、びくびくした足元やキョロキョロ周りを確認している翔に、すれ違う歩行者の眼差しを痛々しく受けていた俺は立ち止まって。背中に衝突されるがまま言った。


「あの。ストーカーですか…」


「後ろが怖えんだよ! つーかなんでそんな平気な顔していられるんだよ!」


平気、というか元々の私生活に過ぎないし起床後は朝食の調達から始まる日課を送っていた以前に追い掛け回されてもいないし。

なんならSNSというアプリを使える翔のスマートフォンには、パワースポットとして現場を記念撮影しているという謎の人気を獲得していた。


「これで、今日で夏休みなんだっけ。帰りは迎えに来るから挙動不審にならない様に、じゃあね」


「おい待て、午前授業だからな? すぐ終わるんだぞ、ちゃんと覚えてるよな…!」


これで何度目か、振り向いて応える筈だった視界に、白衣を着飾る三人の大人に意識を奪われていた。

翔の背後に立つ視線と合わせていると、眼鏡を掛け直して口が開かれる。


「お初に御機嫌よう、唐突だけど君たちに話があります。来て、くれますよね」


涙袋が印象的な女性が短髪の男性とスキンヘッドの男性を引き連れている、そう一瞥した以上は目新しい見た目や情報もなく。

俗にいう魔術師でいう所の警察官とは、身の振る舞いから衣装まで当てはまらなさそうで。


「嫌です、知らない大人に付いていくなって誰かさんに言われたので、友達も忙しいですから」


「そうですか、深夜の事件は…君たちだと踏んで来たんですが。そうですか、なら仕方がないですね。こちら側は警察に情報を提供することとしましょうか、在学の学校名は双葉第七中の」


「あああああああああああああああああああ」


さり気なく、片耳くらいの感覚で聞いていた話は発狂に貫かれ、がくがく震えている翔をいい顔で眺めている女性と男性二人の黙祷に口が塞がらず。


「話…だけなら…」


魂が抜けそうな俺と既に抜けている翔を見て、満足そうに頷いた女性から「では」と名刺を差し出される、男性二人も翔に名刺を渡している。

そうして三人の背に誘導されていたらオドオドと潜め声で。


「名刺…見たか?」


「何を?」


応えると崩れ文字で印刷された学校名に促される。


「ここ、国内最難関校だよ。偏差値を公表しないけど、生徒の頭脳指数が測定不能って言われてる秀峰のところ」


「なにそれ、頭脳指数…」


「IQ、いや。そこはまあよくて、実際は存在しないとも言われて」


「ここです」


気が付けばシルバー柄のワゴン車の前で穏やかに告げられ、後部座席に乗る。

男性二人は助手席と運転席にそれぞれ乗り込む形で、女性は。


「お疲れ様でした。車内は独自のセキュリティを施していますから、各々の通信機器が一時的にシャットアウト致します。あくまでも情報保護の名目、電子機器に一切の不具合はありませんのでご心配なさらずようお席にお掛けください」


あの時の馬車みたいに対面する女性から説明された。


「この感じは…苦手だ…」


悩まされる密室にキラキラした目で背筋の伸びた翔。

この環境にキーボードの音が交わって今すぐ逃げたい。


「安心してください、我々の技術を駆使した上で最小限に抑えるつもりです。水城君も登校時間に間に合うよう努めます、お二方ともリラックスしてから」


ノートパソコン片手に小粒の正方形基盤を四つ差し出される。


「額はじ両端につけて記憶を供給します」


その説明からつけ終わる俺らは画面を提示される。黒い棒が進行する%に注目していた、短い時間。

機械音と比例して出力される指数が99%になり注意事項が滝の様にずらずら流れる。


「さて、水城君の心拍数がやや高く。君は低い」


女性が呟く。

膝元に持って女性は指をEnterに添える。

なにやら打つ音が伝い驚愕の声が上がった。


「最新の技術って凄。な! シオンって…そういうの興味無いのか」


興奮の様子から下がっていく翔。

ただ、異変というより感動の共感を求めているのか、全くといっていい程何も起こらない。


「故障してる、どうなるの?」


俺は基盤に手をつけると、女性が素早い反応で「取らないで」と言って再び画面を向けてくる。

沢山あるウィンドウを拡大させ、座標軸から伸び縮みを繰り返し真っ赤になっている事を解説された。


「記憶置換に伸びしろがありますが、グラフからアルゴリズムを生成しています。最も安全な心身を予想し君の脳に合う情報の受け渡しの模索段階で自発的に取ってしまうと、深層心理にまでリンクしているプログラムが身体に影響を及ぼしかねません。また、現段階は脳の分析を行っているため今外されると脳細胞が壊死もしくは機能を失う、はたまた植物状態になる可能性が」


「は⁉︎ そんな大事な話が今かよ! てか」


「感情の振り幅が大きくなっています、申し訳ございませんが落ち着いて頂けますか? 維持されるとリンク中のプログラムを異物と判断され君の脳がシャットアウトしてしまう危惧と、水城君は取り外して結構ですよ」


朗らかに翔から受け取る女性を睨んでいたらドアが開く、外に出る様子を凝視していると手を振られる。


「じゃあ後でな!」


──置いて行かれんのかい‼︎


「行ってらっしゃい」


女性に送り出されて行くように、爽快に歩く視界が自動のドアに遮断された。

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