第17話 人柱
「シェスヴァレン、ウルメスドユキの認証一致しました」
若い黒装束風の青年が口にした。
またいつの間にか魔術師に囲まれていたが、迅速な行動の中に青年は息苦しそうで、この魔術の反動と伺える。
最も処刑する魔術を仕込んでいたあたり、既に泳がされていた様だが詳細は不明、ただ用意周到とばかりに魔術師達は任務遂行に徹していた。
「うむ。黒魔術界指定秘密結社ウルメスドユキ、直系シェスヴァレンだ。皆法則崩れに
そう指揮する人物は最年長の風貌を兼ね備える、階級の高い大隊長であろう気品な白髪から貫禄の印象がある。
「罪状だ。機密文献の窃盗未遂で粛清する、ヒビキさん。その二人は生徒で間違いないか?」
褐色肌の大男が俺らを
「私の生徒です」
この一連の会話の間。
俺は透明な壁に触れて顔が引きつった。
感度最悪。
けど強度を測るため殴ってみたら。
「止めんかぁアァ”」
拳に当たる鋼の様な頑丈さと怒鳴り声に襲われた。
「えと。その、俺って食えないものに興味なくて…」
言うと周りの視線からこの期に及んでと訴えられる。
何より弁解が進まず空気が終わってる。
褐色肌の男は目を
「お前のためなんだ。いいか、罪を増やすんじゃないぞ、いいな…」
「いや。だからね…」
俺はその先が浮かばず、偏った静寂に紡がれた。
「どんな時でも俺はお前の味方だ。それを忘れるなよ」
…おう。
急に何と思っていると、力んでいる拳から血が流れている。
肩を落としている。
普段叱られるばかりの人に熱く言われると胸にくるというか、もどかしいというか、心が揺らいでいく。
「…本当に?」
「ああ」
俺は熱い表情に、安心感に貫かれる様だった。
「分かったよ」
手を後ろに組んで伝えると、うんうんと
まるで澄んだように心地が良い。
そうしていると足場から熱を感じる。
魔法陣が振動してるかの音や綿密な魔力濃度が紋様を駆けているんだと思う。
もう直ぐに魔術の発動を暗示して、命を失う威力が迫っている。
けれど何もしなければいいらしい。
そう思って深呼吸した。
背中に家族を実感して。
再び目を開けると地の魔法陣が
光の濃度が増し
「バーカ」
──
俺はベールを解放した。
優しい光に家族が包まれ、
視界は紫色の光に見舞われ、空間を
それは魔術師の象徴であり、罪人を消し炭にする破壊力と謳われる。
気付けば戻っていく視界に
俺はその予期を覆していた。
よって白魔術界の生活も終わった。
俺は放心しつつも、しかし意識が巡っていく。
きっとこれ以上に強力なベールは今までに無かったと悟って更に、実感する。
◆名を付けた覚えがない◆
ベールとは誰に教わったものでなく元々持っていた特異体質。
物心付いた頃には
過去にこの力が破られた経験もあれば力の起こし方さえ無意識みたいな扱いで強度もまばら、けど窮地の時には絶対の信頼がある。
「………クスっ」
我に返ると微笑ましく笑うメイミアが映った。
俺は自信に満ちて口にする。
「ヴァレン剣よこせ」
椅子に座っているヴァレンに、しかし一向に動く素振りがない。
「どうぞ。行って下さい」
放心状態で口にしている。
それは不味い。
逃す算段だったが四人相手の制圧は無謀だし、ユキ君に至っては失神しているし。
…また…慢心した…。
逃げる気力も無い程に追い詰められていた事に。
…クソ…気付けなかった。
いっ時でも助かる道に意識を見出していた自分が、ああ。
◆魔力が湧く◆
黒い魔力がこの身に少し纏い出す。
あの頃と似た感覚がある。
行ける。
ユキ君を担いで逃げられる。
この魔力ならたとえ少量でも兆しがあると実感した時だった。
「ヴァレンを頼む」
メイミアに言って逃げる作戦に変更した。
足腰に魔力を集中させ逃げる準備に向ける間、怒りの気迫が顔に、魔力に現れる。
魔術師の青年だった。
「逃すと思うか‼︎」
公園の地に緑の波紋が
大気が、風が、激しく摩擦を起こし、怒声と共鳴する雷鳴の魔術。
これが高音域に達して──落雷し、著しいエネルギーが公園を
天空から力で打ち付けられる様な、もっとも体力を
ただ、ベールが顕現している一面には、落雷がなぞり。俺らを避けている現象を
「もう…よい…これは。我々の
白髪の大隊長が
「害ある者を裁く権限者こそ魔術師の役目です大隊長。ここで粛清しておかなければ魔術師の名折れだ」
青年の食い縛る面影から褐色肌の大男は抗議する
「ならん。けして威嚇するな、畏怖も許さぬ、
白髪の大隊長は
「凡ゆる魔術が効かない固有のベールを扱う、最重要危険人物の最年少。元粛清対象だ」
「「フォールオルドと同等…ッ」」
白魔術界に交わってはいけない黒魔術師の名が轟いて。
──畏怖。
畏怖。畏怖。
悪の権化の象徴に。
狂った悲鳴が始まる。
人の顔が崩れ出るその卑しい喪失が思いもよらぬ事態に発展した。
「じゃが…王の身に危険があっては確かに魔術師の名折れじゃ。儂が粛清致す」
気迫と共に大隊長の飽和領域に達し俺の魔力が畏縮する。
余りにも少な過ぎる黒い魔力が消え掛け、大隊長は対峙に専念し出す。
俺は必死に解決策を考えるが時は遅し、東西南北に魔法陣が四つ顕現し、奇と印される文字の紋様が亡霊の様に在る。
解き出るは四体の…獣?
いや、既に幻かの人型が二体鎮座し獣と人が混合した生命体が一体いる。
そう視察していると大隊長が口にした。
「
声に四体が反応し出し、恐らく名を呼んでいる。
天狗は膝を曲げてしゃがんでいるが眼力がこちらを捉えていた。
八岐大蛇は白い鱗をバリバリと奏で出す。
神野悪五郎は剥き出しの上半身に鎧を着ている。
両面宿儺は手足が四本、互いの背を預ける様に顔が二つある。
まるで魔力でないものを纏っている姿見は一瞥で死を予感させる威厳達に、大隊長が更に告げた。
標的はシェスヴァレン、ウルメスドユキ、そして俺であると。
──ふるるるぅう。
重い吐息が空気に流れる、刹那。
四体の存在が消失するかの風を置いてヴァレンの前に顕現していた。
「なんで…ベールの中にいる」
振り返れば恐怖を与える八つの眼力がヴァレンを捉えている。
光景は命を取る攻撃が繰り出される頃合いだった。
俺は焦って突っ込むが、四体は俺を凝視し攻撃が止む。
幸運すぎるが闇雲に目立ってでもヴァレンから意識を逸せていたらしい。
そう思っていた。
「この子は駄目だよ」
四体に言葉を交わすメイミア。
以降立ち尽くす四体に大隊長が発した。
「何をしておる!」
怒りと困惑が混じった声に四体はうめきを潜め、ユキ君の方を見やる。
しかしながら「大将が許さない」と神野悪五郎が言った。
「主らを召喚したのは儂じゃ。儂が大将じゃ」
「違う」
「なん…だと…」
「我々には大将がいる、絶対の掟だ。叛けば差し詰め我々の命が潰える」
「…ふざけた事を。妖怪の指折り揃いが易々と死を語るか。長い時を経て拒まれるのは初めてじゃが…反抗したい年頃でもないじゃろうて」
「そのまま返すがジジイの約束は果たす。何故ならウルメスドユキの死は誰も介入していない」
「殺れ…」
大隊長の命令が下る、瞬間ユキ君の前に顕現する両面宿儺が不穏な表情を浮かべた。
「そこを…」
俺はユキ君の前に立って言われる。
最も先回りしていた事を知ってか知らずか、両面宿儺から配慮を感じる。
何故…。
勘違いにしても魔力が畏縮した俺は両面宿儺並びに誰一人太刀打ちできない。
感覚がそう伝うが。
「俺が先にいかず死んでいいはずねえ」
「御免…」
両面宿儺が弓と矢を発現させていく。
言葉の意味こそ分からないが素振りは正真正銘命を狙う体勢であり、矢を引きながら続いた。
「我らの大将はかっかと踊る声で申します。殺れるものなら見せてみいと、心して参ります」
眼光が見開く両面宿儺が全身から覇気を統率する。俺の視界は闇を具現化したかの景色と矢の先端に脳を捉えられる。
突き抜ければユキ君も貫かれる状況で、抵抗の策が浮かばない。
ましてこんな丁寧な戦いすら初めてでありながら、何処かで不可能と決め付けたくない意識が巡ってくる。
けれど同じ壁に直面するばかりだ。
飽和領域の中で魔力が機能しなければ武器もない。
ベールの中に侵入できる相手にベールで阻止できるとも思えない。
よって未知の敵に対する手段がない。
◆本当に?◆
頭にそう浮かぶ。
一連でずっと同じ思考が続く俺はふと、鋭い目付きのメイミアが視界に入る。
もどかしい…。
何もかも。
ただ今は両面宿儺の矢が俺の額に目掛け飛んでいる現実が終わりを迎えようとしていた。
つまり意志じゃ現実は変えられない、致命的な死が目前にある。
すまない。
意識は最期にはっきりとそう巡らせた。
だが追う様に声が奔る。
「見つけた」
同時に飛んでいた矢を握る黒いマントの姿が映る。
また炭みたいに粉々となって地に落ちる矢を、その様にした人物が頭の布を脱ぎ出す。
「理解、大将の申す挑発に遠く隔たる結果でした」
両面宿儺が大層息を殺して言った。
うち両面宿儺を筆頭に四体は大隊長の元へ帰還し、黒いマントの人物は奇声の様にキャッキャと喜ぶ。
それは魔術師達の蒼白を嗜む様に。
「白魔術界っつうのは面れえ。歩いてりゃなりふり構わず魔術、魔術、魔術‼︎」
「嘘だろ…」
青年の囁き及び褐色肌の男が黒いマントの人物にすくんでいる。
それらを背に思い耽る様に紡がれた。
「わざわざ白魔術で喧嘩売ってくる魔術師は黒魔術にビビり過ぎで相手にならねえが、シエラの話し見上げに大隊長か…つうかあと何人倒しゃシエラ抜けんだっけ? シオンよう」
外見は俺とさして変わらない容姿、しかし感情を含めると一回り大きいものに、背丈から伝わる重圧に放心して零れた。
「ハイライト」
名はエレンゼン ガル ハイライト。
黒魔術界を拠点とする黒魔術師の一人であり、大層な笑みで語られる。
「何度も聞いてよ、学生学生って返ってくるだけで途方に暮れてたら目当ての魔力を感じた」
「俺、ハイライトがいなければ死ん」
「あーシエラから伝言合ったんだ。敵が居ねえから早く帰ってこいってさ」
「会うの怖えーって」
「お互い様だ」
ハイライトは再び魔術師達へ向き直り「行け」と言う。
守りたいものは離すなと、進んで魔術師達の方へ歩んでいった。
ズボンに片手を入れ、不服な表情で頭を掻きながら。
「本来の戦闘相手は違えから逃げたきゃそれでいいぜ。追うつもりはねえ」
「抜かしおって…」
「逆だ」
ハイライトは拳を振り、自身の魔力が波動の様に放出し飽和領域に亀裂が生まれる。
「足りねえんだよ…数が‼︎」
ハイライトの一撃に飽和領域が錯乱し、静まった魔力が息を吹き返す。
俺はユキ君を背負い、この場を離れる準備が整った後だった。
「シオンさん…何の悲鳴…あの魔術を退けたんすか、噂通り凄いっ‼︎」
意識を取り戻したユキ君は舌を噛みそうに言って驚いている。
「ううん、幼馴染に救われた」
言って数弾の炎を避けながら、魔力の足場を蹴り上げ加速した。
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