六章 異界の書

第41話 遅咲き

帰り道は土砂降りだった。

あの後シイナとミグサはアルタイルに帰還し、翔と部長は一足先に帰っていたそうで。

浴室の音がする家で髪を拭き終えた俺はメモから視界を閉ざす。


◇◇◇


朝方に翔の家に向かうと、玄関の手入れをする家人が箒を落した。


「お疲れ様です‼︎」


「はい!」


頭を下げ出された気迫に恐縮して、時を感じる。

その姿勢は更に低くなり始め。


「深く感謝しておりました」


「い、いえこちらこそ。食べ物美味しかったですよ!」


混乱して使う言葉を間違えた沈黙と姿勢が直った。


「朝が早いと伺っております、少々お待ちください」


「いえ今日は個人的に、先日ここに居た白い服の男、そこの事務所を知りたくて来ました」


「…あの男の事務」


渇いた声で額にシワが寄る家人。


「差し支えなければ要件を確認したい」


一瞬と描く闘争の顔に薄らの殺気が感じる、その様子に「要件」と聞き返した。

ただ、勤しむ様にも捉えられる、馴染み深い語彙を受ける事に。


「抗争が勃発する可能性に、家としてはそれ相応の準備といいますか、親父に報告を想定する。そういう御話と承りますが、如何なさりますか」


家人の瞳孔が強張る。

また軽く体を広げ顔前に狭めてくると、醒める様な圧倒感に追いやられる俺は、翔がいう流れる血が違うを肌で実感し。腰の低さを上回る高揚感が映り込む。

まるで血が沸騰し待ち望んでるかの家人に。


「深海の場所は覚えてるし渡り合えると思います」


「仮として、実力行使に出て来たら。どうおつもりで?」


「どうも致しません」


「何故?」


「俺は何もかも知らなさ過ぎています、だから戦わず…知恵を得る為に行きたいんです」


曇天の地が暗がる。

目を突き向けられる時を経て、瞬きを挟む家人が通常の目に変わった。


「直ぐに、お待ちなさって」


玄関に取り動く家人から、紙と現金を貰った俺は精一杯御辞儀した。

 電車に乗る。

改札口からバスに乗り換えるらしく、けれど詳しく書かれた紙のお陰で迷いはしなかった。

品性の敷居が軒並み揃う目印に到着し、黒い鉄格子を飛び越えた。


「止まれ‼︎」


上り坂となっている道中で、叫び声が逆走し、トランシーバーを仕舞う男が来る。


「近所の奴じゃないな餓鬼。なんで不法侵入した」


胸ぐらを捕まれる俺は「だって」と、適当に。


「インターホン無いから、いっぱい考えて、よじ登るしかなかった」


「嘘つけ‼︎ お前迷いもせず飛び越えただろう‼︎」


怒りのままにスマートフォンを見せられる。

その映像に自分の姿があって、躊躇いなく飛び越えている様子は同じ感想だった。


「ごめん」


「遅いわ‼︎」


男に連行され頂上に着く。

樹に囲まれる白い屋敷の扉を男が叩くと、大男が出る。

体中にギブスするその大男に「素性を」と、引き渡されて発狂していた。


「どうした⁉︎」


「俺を殺し掛けた張本人だ」


「…殺し?」


「あの人を…ボスを…ファミリーを呼ん…しん、し…」


「ただの不法侵入だぞ、誰も呼ぶ必要がない、しっかりし…深海」


男から暗い影が充満していたら、途端に振り返る表情は愛嬌で、


「もしかして君は今年のコロシアム出場者かい?」


「うん」


腰から着地した。

俺の髪に触れ「青い」と呟いていると、立ち上がって頭を撫でる。


「いや綺麗だッ! 美しい容姿で全く羨ましいな」


「それで?」


「ボスはこの天辺の部屋に居る、行って来るといい」


許可が降りた。

しかし入口から複数の階段があり、複雑な構造をしているし。


「情熱的に絡んで来て今更突き離せる訳無くね?」


「何が言いたい?」


「案内して!」


「ダメだ私は…忙しいんだ! これから本拠地で凄い重要な対談と、物凄い取引がある。偉い者にしか出来ない凄い仕事なんだぞ、そこの男にでも案内させれば良かろう」


凄いを三回言って歩き出す男は、ハンカチを片手に「いやあ忙しい」と同じ場所を蹴り上げている。

袖を摘んでいた俺は、泡を吹いて失神する一幕の殺人鬼に指を差して言った。


「ああ…なりたいの?」


「良かろう、君の接客をこの私奴が務める!」


俺はいい声でニコッと笑う案内人兼人質が出来た。

敷居を跨ぐ。

溜息の中に左手奥、灯りで大理石の艶を放っている階段、天井を蛇の様に開けて続いている。これを上っていると鐘の音が聞こえてくる。

一つの階自体が高く、何度目かの天井を越え、無空間となる階で巨大な音と遭遇した。


「お客様、当階は爆音につき耳を塞がないと鼓膜が破れます。御注意下さい」


そこは乱反射のガラス張りで大時計のぶら下がった針が、巨大な音を立てている。

また大理石の階段以外にそれしか無い階のようで、脳が震え出す環境に両手が塞がっていると、ピタリと止まる男が朗らかな顔を突き出し。


「次で最上階ですお客様」


徐々に静まる。

更なる天井を越えて一直線の廊下に辿り着く。

左右の突き当たりを窓で仕切った最上階だった。

目の前は幾何学紋様が彫刻されたドアがあり、背後から言葉が贈られる。


「私は多くのリピーターに支持される人間ですが、君の指名は二度と受け付けませんので悪しからず、では」


皮肉まみれに御辞儀していた男が闇に溶けるみたいに消失した。

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