第33話 ○○が木っ端みじん

 心が騒めき、血液が沸騰し、心臓が暴走している。

 それなのに、身体は金縛りにあった時のように動かない。


 心愛に訊くことすら躊躇していたのに、まさか実物に会ってしまうなんて……。



「もしかして、お2人は知り合いなんですか?」



 この膠着状態を溶かしたのは、心愛だった。

 青ざめていた七香は我に返ったような表情をみせると、俺から目を背けて心愛に話しかけた。



「……ココちゃん、ちょっと用事が……第2弾の件は急ぎではないので、また日を改めます。本当にごめんなさい」

「え……」



 七香はそう言うと、逃げるように玄関から出て行った。

 その姿が完全に視界から消えると、俺は放心状態のまま畳にへたり込んだ。


 ひどい倦怠感を覚え、大量の汗が吹き出てきた。



「あの、大丈夫ですか?」

「……ダメ……かもしれません」



 ダメなときは変につくろわず、ダメと言うこと。

 それを美葉から学んでいたから、意識せずともそう口走っていた。



「そうでしたか……落ち着くまでここで休んでいってください」

「あ、ありがとうございます」



 心愛は押し入れから座布団を3枚出すと、それをくっつけて縦に並べた。



「よろしければ、こちらで横になってくださいね」

「いいんですか……」



 俺は頭がくらくらしていたので遠慮なく座布団の上に横になった。茨城の実家を思い出すような懐かしい匂いで、心が少しずつ落ち着いてゆく。


 それから5分くらい瞑想をしたら、だいぶ正常に戻ってきた。



「あの、いきなりすみませんでした」

「いえ、事情がおありなようで」



 心愛は特に深入りせず、七香から渡されたピエールマルコリーニを食べながらお茶を嗜んでいる。


 ……多分、この機会を逃したら、もう心愛に七香のことを訊く機会はないだろう。

 先程までは逡巡していたが、七香に会ってしまった以上、今訊くしかないと思った。


 俺はゆっくりと起き上がり、心愛に顔を向けた。



「実は、七香は俺の元カノなんです。それで――」

「えっ‼」



 先程まで穏やかだった心愛が、急に甲高い声を上げた。

 それもそうか……幹夫さんの言葉で新たな恋に踏み出そうとしていたのに、俺が知り合いの元カレだなんて嫌だよな。


 俺はまた、他人の気持ちを慮ることが出来なかった。



「すいません。こんなことを話して……」

「い、いえ。取り乱してしまい、すみません。お話を続けてください」

「あの、その前に……七香はどうして今日ここへ?」

「実は決まったんです。CMの第2弾が」

「え‼ お、おめでとうございます」



 『湯吞みゃあ』とエレクトリマの新型テレビのコラボCM。

 その第2弾を、七香が再び担当するということか。


 ……やはり仕事ができる人は前へ進むのも早いな。



「本来は私が本社へ足を運ぶべきなのですが、ナナちゃんが元々の知り合いだったので特別にこちらに訪問してくださっているんです」

「元々の知り合い?」



 この2人は、てっきりCM第1弾の時に知り合ったのだと思い込んでいた。


 確かに、親しい間柄でないと『ココちゃん』『ナナちゃん』とは呼び合わないだろう。


 ……ん、ナナちゃん……?



「ま、ま、ま、ま、まさか、七香って、『ココナナッツ』⁉」

「えっ。元恋人なのにご存知ないのですか?」



 寝耳に水だ……。


 『ココナナッツ』のナナはぱっつん前髪×ツインテールのロリ度全開のぶりっ子。対して七香は前髪を横に流した大人なキャリアウーマン。

 雰囲気が違いすぎて全く気付かなかった。


 でも、問題はそこじゃない。


 七香はどうして俺にその過去を教えてくれなかったんだ?

 俺は何度か『ココナナッツ』の話題を出したこともあったのに。

 

 もしかして俺は、七香に信頼されていなかったのだろうか……。



「今回のCMも、ナナちゃんからお声掛けをいただいて実現したんです」

「……そ、そうなんだ」

「あの、失礼だったら申し訳ないのですが、『ココナナッツ』のメンバーであることをご存知ないということは、も……」



 心愛が急に言葉を詰まらせた。


 おいおいやめてくれ。

 浮気、不倫の噂を社内に吹聴、再会したとたん逃亡、元『ココナナッツ』という事実だけで俺の心はズタズタなのに、まだとやらがあるのかよ……。


 正直もう聞きたくないと思ったが、ここまで来たら聞かざるを得ない。

 


「は、はい。でピンと来ていないので多分知らないと思います」

「そうでしたか……」

「俺のことは気にせず、おっしゃってください」



 俺は一周回って腹を括った。もういい、何でも来い。



「なめろうさんがそうおっしゃるなら、お伝えしますね」

「はい、お願いします」



 心愛はお茶をゆっくりと飲むと、小さく深呼吸をして口を開いた。



「実はナナちゃん、許嫁がいるんです」



 七香への憧憬が、木っ端みじんに砕け散った。





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 いつもお読みいただきありがとうございます!


 この度、カクヨムコンどんでん返し部門の【中間選考を突破】しました(*^^*)

 

▼中間選考通過作品


『疑似浮気~浮気による復讐をするために偽カップルになった大学生とJKが、いつの間にか本気の恋に落ちる話~』

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054950918992


 こちらもご一読いただけると嬉しいです!

 そして応援してくださった方、本当にありがとうございますm(_ _)m


 今後ともよろしくお願いいたします!

 

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