第12話 「これからも仲良うしたか!」

 俺は103号室の前で立ちすくんでる。


 ゆるるに後押しされて舞音の家まで来たのはいいけど、一体なんて言えばいいのだろう?


 「パンツを見てごめんなさい」「黄色って言ってごめんなさい」……なんて直接的すぎて言えない。変態だと思われそうだ。

 

 俺はしばし逡巡した後、最適な謝り方を検討してから出直した方が良いと考え、踵を返した。


 しかし、102号室のドアからゆるるがひょっこりと顔を出し、口パクで「がんばれ」と応援してくれている。

 そして、俺の右手には2つ葉のクローバー。


 ……やっぱり、今しかないか。


 俺は再び103号室の前に戻り、意を決してインターフォンを押した。

 小桜の家のとは違い、ちゃんと呼び出し音が鳴った。


 そして数十秒待つと、ドアがそろーっと開き、細い隙間から舞音の姿が見えた。俯いてしまっている。



「ど、どうしたと……」

「今少しだけ話したいんだけど、いいかな」

「……」



 舞音は困り顔で逡巡したが、ややあってからドアを開け、手招きした。


 中に入っていいのか? 女子高生の部屋に……。


 少し動揺しながらも、俺は舞音の部屋へ恐る恐る足を踏み入れた。

 部屋の中には、俺の選んだ家電とテーブル代わりに使われている形跡がある段ボールがぽつんと置いてあるだけだった。


 女子高生の部屋としては、あまりにもシンプルすぎる気がする。



「おじゃまします……あの、荷物はどこにあるの?」

「お、押し入れの中と……」


 

 舞音は依然として俯き、もじもじとしている。

 俺はできるだけ気まずい空気を払拭するため、当たり障りのない会話を続けようと試みた。



「そ、そうなんだ。元々荷物が少ないの?」

「……家を追い出された時、コインロッカーにしまった必需品以外のものは友達の家に預けたっちゃけど、ちょうどそれば配送してもらってる最中やけん……」

「へ、へぇ~。大変だね」

「……」



 会話、あっけなく終了。空気、改善せず。


 こうなったらもう、直球で謝るしかない。

 


「ま、舞音! ……ごめん!」

「……えっ」

「さっきは、俺の言動で気を悪くさせてしまってごめん。あの、お詫びに……」



 俺は恥ずかしさを奥歯で噛み殺し、2つ葉のクローバーを差し出した。


 舞音は驚いて目を丸くしている。



「……く、草と?」

「ううん。これは2つ葉のクローバーなんだって。ゆるるが舞音に渡すようにって俺にくれたんだ。その……『平和』って意味があるから、仲直りにいいらしくて……それで……」



 もう、照れくさくて死にそうだ。


 そもそも10歳も年上の男にクローバーを渡されたら、普通はドン引くだろう……ゆるるの言動に感心しすぎで、自分が渡した場合のキモさまでは考慮していなかった。


 恥ずかしくて顔が熱くなっていく。



「ふふ。ゆるるん、ちかっぱかわいい」

「あ、ああ。ゆるるはなんか、すごいよな。優しいし」



 さっきまで俯いていた舞音が幸せそうに笑っている。

 2つ葉のクローバーを見つめる目が優しい。


 ……渡してよかった。ありがとう、ゆるる。



「なめしゃんも優しかばい。わざわざ謝ってくれてありがとう」

「いや、あれは俺が悪かったから」

「……ち、違うばい!」

「え?」



 舞音は頬を赤らめ、訥々とつとつと呟き始めた。



「その……なめしゃんのことば、だ、だ……大好きってバレたけん、恥ずかしくてワーッてなって……あ、でも、だ、大好きっていうのは、えっと……助けてくれたり優しくしてくれたりしたけん、それで……」

「舞音、大丈夫。人としてそう思ってくれたってことだよな。嬉しいよ、ありがとう」

「えっと……その……」



 舞音はさらに顔を真っ赤に染めた。頑張って話してくれたことに胸打たれる。

 彼女はきっと、恋愛感情だと思われたくなくて落ち込んでしまったのだろう。かわいらしい勘違いだ。



「パ、パンツも、恥ずかしかっただけやけん、怒ってなかよ……」

「あ、ご、ごめん……」



 ……よ、良かった、怒ってなくて。本当に。

 

 そして何故かパンツと聞いて思い出した。

 ゆるると舞音の勝負の『特典』のことを。



「あ、あのさ、ひとつ聞いてもいい?」

「何と?」

「さっきの『特典』ってなにかな?」



 それを聞いた途端、舞音が再び顔を真っ赤に染めた。



「……ひ、秘密ばい」

「そ、そうだよな」

「……勝った方がなめしゃんにたくさんぎゅーしていい特典ばい……」

「ごめん、聞き取れなかった。もう1回言ってくれるかな?」

「や、やっぱり秘密ばい!」



 舞音は結局、『特典』についてちゃんと教えてくれなかった。残念。



「そ、それより……あの、なめしゃん」

「うん? 何?」

「これからも仲良うしたか!」

「……うん。よろしくな」

「ばり嬉しかっ」



 舞音は2つ葉のクローバーを指でくるくる回しながら、ころころと笑った。

 気まずい空気はすっかり霧散し、和やかな雰囲気が漂っている。


 これが2つ葉のクローバーの『平和』の力か……花言葉も侮れない。



「そしたら、パーティーせんと!」

「パ、パーティー?」

「うん! なめしゃんの歓迎パーティー! よかろうもん?」

「え、ええ……」



 俺が舞音の発言に困惑していると、突然、背後からドアの開閉音がした。


 驚いて振り向くと――



「ゆるるもサンセイ!」

「ゆるる……いつの間に」

「心配で、覗いちゃった。ごめんなさい」

「わ~! ゆるるん、クローバーありがとう~」

「舞ねぇ、元気になってよかったね! パーティーも楽しみっ」



 舞音はゆるるに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。

 家電を買いに行った時から更に仲良くなっているように見える。



「ゆるるんママ、いつ空いとると?」

「えーっとね、土曜日はお休みって言ってたよ」

「じゃあ、その日ばい!」

「うん、みんなでパーティーだね」

「よかろうもんっ」



 こうして、俺の同意なく歓迎パーティーの開催が決定してしまった。



 ……まぁ、たまには賑やかなのもいいかもな。

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