第44話 嫌な予感
「なめろう、手が震えてるけど大丈夫?」
「え……?」
美葉に指摘されて咄嗟に自分の手を見ると、確かに小刻みに震えている。その自分の身体の変化にも気づけないほど、俺は狼狽えていた。
なんせ、七香に許嫁がいて、その許嫁がゆるるの父親だというのだから。
あまりにも現実離れしている現実に直面し、もう自分の感情すらよくわからなくなっている。
ただ、凄まじい虚脱感だけが俺を蝕んでいた。
「ゆるるママの言動もおかしいけど、なめろうが狼狽えている時は大体何か隠してますよね」
「ぎくっ……」
「心の声、駄々洩れです」
もはや美葉には隠し事が出来ないらしい。俺は小さくため息をつくと、小さく口を開いた。
「驚かないでくれよ……」
「その前置きがあるということは、大体とんでもないことですよね」
「ま、まあな。実は――」
「よるる……」
俺が真相を暴露しようとしたとき、突然レオンの滑舌が良くなった。
驚いて視線を下げると、レオンが舞音に膝枕されている……いや、舞音は微妙な表情をしてるから、レオンが無理やり乗ったに違いない。
この、女好きめ……‼
俺は怒りを覚え、咄嗟にレオンの頭をはたきおとした。
「Ouch! 痛たたた……元カレくん、ひどいよ……」
「酷いのはお前だ! 舞音に触るな!」
「なめしゃん……」
レオンに怒りをぶつけていると、突然腰がぎゅっと締め付けられた。
驚いて振り向くと、舞音が俺に抱きついている。
「ま、舞音、どうして……」
「なめしゃん、舞音のこと悪い人さんから守ってくれたけん、嬉しか」
「元カレくんばっかりかわいい子にモテててずるいよ。ハイスペックな僕が君に負ける要素なんてゼロなのに」
「お前は黙ってろ!」
俺は背後から氷のような視線を感じたので、舞音の腕を優しく解いた。
恐る恐る振り返ると、美葉が鬼の形相で俺を睨んでいる。ぎょっとしたので慌ててレオンの方へ向き直った。
舞音の抱擁は、不可抗力なんだが……。
「……というかレオンさん、全然正常じゃないですか。俺たちを騙してたんですか?」
「いやあ。目眩が収まりかけた時によるるにぶるんぶるんと揺すられたから、ぶり返してね。というか僕はよるるを追いかけるよ。それじゃ――」
レオンがすぐ近くの襖に手をかけると、美葉がレオンの服を思いきり掴んで引っ張った。
「Oh! 皆暴力的だな。お嬢ちゃん、服が破れてしまうよ」
「まだ話は終わっていません。といか、ゆるるママのこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も、ゆるるは僕の娘だよ。やっと会えたと思ったんだけどな」
レオンの言葉に、美葉と舞音が硬直した。
やはり、俺の予想は当たったか……。
「……やっとって、どういう意味だ?」
「これはプライバシーだから話せないよ」
「話さないなら、舞音子をセクハラした罪でも訴えます」
「わ、わかったよ。お嬢ちゃん、怖いな……」
美葉の言葉に観念したのか、レオンは頭を押さえながら座りなおし、口を開いた。
「ゆるるは僕が大学時代に出来た子どもなんだ。当時の僕はミュージシャンを目指していて、父の会社を継ぐつもりなんて皆無だったし、婚約者を勝手に決められたことに怒りを覚えてたから自由にしててね。そんな時に、高校生で自立しているよるるに惹かれて付き合ってたんだ」
レオンは昔を懐かしむような表情で語っている。ムカつくが、少なくともよるるへの愛情は感じるので、本当に好きだったのだろう。
「子どもが出来た時は結婚するつもりだったんだけどね。父がそれはもう激怒して、よるるから強制的に引き離されてしまったんだ。彼女には事情も告げられないままね。その後はバンドも強制的に辞めさせられて、泣く泣くエレクトリマに入社したんだよ」
ここでもまた、親の干渉。
レオンに同情する気は全くないが、ここまで人生を
そして何より、レオンの事情を知らされずに引き離された花栗が一番の被害者だ。今更遅いかもしれないけど、少なくとも今日聞いた事実はしっかり伝えよう。
「それで社会人になって少し自由が利くようになってからよるるを探したら、住んでいるアパートを見つけてね。でも突撃で訪ねたら『2度と来るな!』って追い出されてしまって、翌日にはそのアパートを退去していたよ」
アパートを退去……しかも翌日に……。
嫌な予感が胸をよぎった。
「それ以来全く会えていなかったんだよね。まさかゆるるの髪色まで変えているとは、徹底してるよな。多分また引っ越して僕の目をくらますだろうね……せっかく会えたのに」
俺と美葉と舞音は顔を見合わせた。
そして次の瞬間、3人で一斉に部屋を出た。
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