第45話 1人も欠けてはいけない
もはやレオンの告訴の件など、どうでもいい。
俺たちは猛ダッシュで『コーポ夜桜』へ戻った。到着した時には、3人ともすっかり息が上がっていた。
「はぁ、はぁ……202号室、電気がついてないですね」
「はぁ……とりあえず、行こう」
俺たちは階段を駆け上り、202号室のドアを開けようとした。しかし、案の定鍵がかかっている。それでも諦めず、美葉はドアをガチャガチャと何度も開けようとした。
「ゆるるんとゆるるんママ、どこしゃ行ってしもうたんやろうか……」
「確か『明日からGWで地元に帰る予定』って言ってましたよね」
「いやでも、もう23時前だぞ。どこへ行くにも、電車はないんじゃないか?」
「「たしかに……」」
俺たちは途方に暮れた。舞音は今にも泣き出しそうだ。
「このままゆるるんとゆるるんママに会えなくなったら、舞音、舞音……」
「舞音子、泣かないで。そんなこと、管理人の私が許さ……ない……」
「おいおい、2人も泣くなよ。俺まで……」
事態は最悪だ。3人とも俯き、哀しみを抑えられずにいる。
その時――
「あのぉ……お帰りですか?」
「……心愛さん。うるさかったですか? すみません」
201号室の扉が少し開き、心愛が顔を出した。俺たちの騒ぎで起こしてしまったら申し訳ないと思い、慌てて頭を下げた。
「いえ。実は少し前に花栗さんが訪ねてきて、これを小桜さんたちにと」
心愛はそういうと、美葉に封筒を差し出した。美葉は涙を拭うと、それを受け取って中身を確認した。
「これは家賃ですね……あと便箋が1枚」
「美葉、読んでくれ」
「はい」
美葉は徐に便箋を取り出して開いた。
「みんなへ 突然飛び出して悪い。今日はダチの家に泊まるから安心してくれ。それと、小桜には迷惑をかけるが、今日で『コーポ夜桜』は退去させてもらう。事情があるから許して欲しい。荷物は適当な時に取りに来る。そして、ゆるるとたくさん遊んでやってくれて、ありがとな。感謝してる。さよなら。花栗」
「そんな……」
舞音はその場にへたり込み、泣きじゃくった。美葉も再び俯いてすすり泣きをしている。
こんな終わり方はあんまりだ。
事情は知ってるけど、急すぎる。
また、顔を見せてくれ……ゆるるにも会わせてくれよ……。
「このような内容だとは知らず、引き留められずに申し訳ありませんでした」
「い、いや、心愛さんは悪くないです」
「すみません……」
それから、長い長い沈黙が流れた。
『コーポ夜桜』を照らしていた月明かりが雲隠れし、辺りはより一層暗くなる。
静寂を埋めるのは、美葉と舞音の泣く声のみだった。
……ここは俺が何とかしないといけない。
美葉の記憶が正しければ、花栗は『明日からGWで地元に帰る予定』と言っていたらしい。ということは、彼女の地元がわかれば会える可能性は残っている。
花栗の地元……そういえば、俺の歓迎会の夜、彼女の実家についての話を聞いた。親の束縛が激しくて、名前の由来も……そうだ、どこかの街を明るく照らして欲しいという由来のはずだ。どこの街だったかな?
あと、ヒントになるのは……そうだ。なめろうを地元から取り寄せてると言っていた。
なめろうはどこの――
「南房総」
「……え? なめろう、急に……」
「明日、よるるとゆるるは南房総に向かうはずだ」
「ほんと⁉」
「ああ。よるるは南房総出身だと確かに言っていた」
先程までお通夜状態だったこの場に、希望が宿ったのがわかった。
「舞音、行くばい! 南房総、行くばい!」
「私も、GWは授業がないので行けます。というか行きます」
「俺も無職だから予定はない。よし、2人を連れ戻しに行こう」
俺たちはすっかり覇気を取り戻していた。人は絶望の中で僅かな光が射すと、いつも以上の活力がみなぎるようだ。
「あの……私は……」
「心愛さんは気にしないでください。それに、心愛さんが俺たちに封筒を渡してれたから、よるるとゆるるの事情を把握することができたんです。ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
俺たち3人は、心愛に向かって深く頭を下げた。皆で協力するからこそ、『コーポ夜桜』はチームとなっている。
だからこそ、1人も欠けてはいけないんだ。
「よし。じゃあ、美葉と舞音は明日朝9時に庭に集合だ」
「わかりました!」
「らじゃばい!」
俺たちは顔を見合わせ、力強く頷いた。
そして自然と手を伸ばし、互いの手を重ねた。もちろん、心愛にも目線で促し、手を重ねてもらった。
「絶対よるるとゆるるを『コーポ夜桜』へ連れ戻すぞ」
「「「おー‼」」」
俺たちの声が重なった時、雲がはけて月が露となった。
月明かりに照らされた皆の顔は、澄んだ青空のように晴れやかだった。
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