第42話 許嫁との会合
「わ~、この絵おっきいね~。ゆるる好き!」
「これは掛け軸と。盗品ばい!」
「舞音子、それを言うなら骨董品だよ」
「わ~、このツボもトウヒンかな?」
「ゆるるちゃん、骨董品! 誰も盗んでないよ」
今日は『コーポ夜桜』の住人との愉快な会合!
……な訳がない。
今日は、七香の許嫁との会合。
そしてここは都内某所の超高級料亭。
許嫁はプライバシーが心配なようで、ここを指定してきた(連絡は心愛経由で七香から)。
それはいいのだが、当初は俺1人で行くつもりだったのに、美葉がついてくると言って聞かず、舞音はこの前参加できなかったから今日こそ助けたいと折れず、ゆるるはママが途中からくるなら絶対行くと駄々をこねてついてきた。
……遊びじゃないんだけどな。
まぁ、それだけ皆俺を心配してくれているということだろうから、感謝しなきゃいけない。
どうせお代は向こうもちだろうし、5人分たっぷりと払わせてやる。
「なめろうにぃ、今日はお友達が来るの?」
「お、お友達……ではないかな。どちらかというと悪い人、というか……」
「悪い人! そしたら何かあったらゆるるがやっつけちゃうね!」
「や、やっつける?」
「うん! この前ママが教えてくれたんだ。みててね?」
ゆるるはそう言うと、少し広い場所に移動して押忍のポーズをした。
「ひっさ〜つ、ゆるるアッパー!」
ゆるるが繰り出したのは、肘を曲げて下から上へ突き上げるアッパーカット。小さいのに力強く俊敏な動きだったので、いくら小2でも直撃したら一溜まりもなさそうだ。
さすが、花栗の血を引いているだけある。
「ゆるるん、かっこいいばい!」
「えっへん!」
そんは平和な時間を過ごしていると、ゆっくりと襖が開いた。
……遂に、来たか。
心臓が早鐘を打つ。七香の許嫁は一体どんな奴なんだ――
「What's? なんでかわいい子がいっぱいいるの? 新しい僕のファンクラブ?」
襖から現れたのは、異国情緒溢れる金髪の長身イケメン。180cmは優に超え……あれ、こいつ、どっかで……。
「あー!」
「……なめろう、どうしたの?」
「あれ、君どっかで会ったことあるよね?」
この男、俺が公園で美葉を追いかけていた時にぶつかった男だ。確か俺に向かって『女の子を泣かさないようにね』と言い放った。
……お前、人のこと言えるのかよ。
心の奥底から沸々と怒りが込み上げてきた。だが、まだ子どものゆるるの前でいきなり修羅場化させてはいけないと思い、何とか堪えた。
「な、行川雪郎です。ここにいる女性たちは俺の住むアパートの住人ですがお気になさらず」
「レオン・ジョーンズです。まぁ、かわいい女の子は大歓迎だよ」
レオン・ジョーンズ……確かエレクトリマの凄腕マーケターだ。フロアが離れているから顔は見たことなかったけど、まさか七香の許嫁とは。
そしてレオンが俺たちの対面に座ると、早速料理が運ばれてきた。色鮮やかで豪華な和食に、ゆるると舞音の瞳が輝く。
「さぁ、まずはご飯を食べようじゃないか」
「わ~い! 悪い人さん、ありがとう」
「はは。僕は随分な言われようなんだな」
ゆるるの言葉にレオンは余裕そうな表情を浮かべながら、流し目でこちらを見た。俺は視線を逸らし、料理に口をつけた。それに続いて舞音とゆるるも食事を始めた。
「わぁ、このおっきいザリガニ美味しそう~」
「ゆるるん、それは伊勢エビばい!」
「イセイイイエビ? イセイイイエビ~!」
舞音とゆるるの平和な会話だけが、この場の唯一の救いだ。
一方で美葉はというと、依然としてレオンを睨みつけてじっとしている。俺は机の下で美葉を小突き、食事を促した。
それからしばらく気まずい時間が流れたが、15分くらい経過した頃、レオンが口火を切った。
「それで、元カレくんは僕に何の用かな? 僕からしたらどの面下げてきたのって感じだけど」
レオンの言葉は自分を棚上げしすぎだ。心底癪に障る。
さすがにムカついて言い返そうとしたとき、隣に座っている美葉が突然バンッと机を叩いた。
「それはこっちのセリフです! 今日はあなたを告訴す――」
俺はどストレートな物言いをしそうな美葉の口を慌てて手で塞いだ。美葉は案の定どこまでも猪突猛進だ……。
ちなみに今日の会話は密かに録音しているので、証言さえ取れればこちらが優勢となる。だから、告訴という言葉ではなく、なるべく迂遠な表現を使って証言を取りたい。
「きょ、今日は、事実確認をしに来ました。七香……都城さんによれば、あなたが俺の不倫の噂を社内に吹聴したとのことですが」
俺の言葉に、レオンがあからさまな不快感を示した。自分で噂を流しておいてその表情はなんだ?
「やだなぁ。確かに同僚には『都築さんの彼氏が浮気をしている』とは漏らしたけど、不倫だなんて一言も言ってないよ」
「嘘をつかないでください! 実際、またたくまに噂が拡散したじゃないですか! 不倫という噂を流していない証拠は?」
美葉はテーブルから身を乗り出してものすごい勢いでまくし立てた。こうなったらもう美葉を止めることはできない。
「不倫の噂を流していない証拠? そんな悪魔の証明、できるわけないじゃないか。そもそも元カレくんが『浮気をした』こと自体は事実だしね」
「なめろうは浮気なんかしてない!」
「いや、彼が気づいていなかったとしても、僕からすれば七香の浮気相手なわけだし。虚偽の事実は流していないのだから、お嬢ちゃんのいう告訴はできないんじゃない?」
「刑法230条には『事実の有無にかかわらず』という文言があります! あなたはなめろうの名誉を著しく毀損しているので告訴します!」
「おいおい……」
レオンは大袈裟に嘆息した。美葉は眉根を寄せ、剣幕な表情をしている。
このままでは埒が明かないのは明白だ。
途方に暮れかけた俺だったが、ふとこの前の決意を思い出した。
――決着は、自分でつける。
「……レオンさん、まず、僕は浮気をしていません。都城さんの発言によれば、あなた達は当時はまだ付き合っていなかったはずだ。それに、俺は彼女から許嫁の事実は聞いていないのだから、俺が彼女を引き留めたことも無い。よって、俺の立場からすれば確実に浮気はしていません」
俺はきっぱりと言い切った。
レオンは依然として苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「だが、僕たちの関係にヒビを入れたのは事実だ」
「俺が許嫁の事実を知らなかった以上、それはあなた方2人の問題です。それに、あなたが僕の人生を壊したのも事実だ。俺は噂のせいで職を失っている」
「それは……」
先程まで饒舌に話していたレオンが言い淀んだ。
このままこちらの主張を明確化すれば、向こうに非を認めてもらえるだろう。
そう思っていたが――
「それは、元カレくんの能力不足に他ならない。自分に非がないというのなら弁解をすべきだったじゃないか。その努力すらせず、証拠もないのに僕が不倫の噂を流したと決めつける姿勢はいただけない。それによく言うじゃないか『火のない所に煙は立たぬ』ってね」
「なめろうを侮辱しないで!」
美葉が叫び、ついに席を立った。
このままだと美葉が暴走してこちらが不利になる可能性がある。
そう思って美葉を止めようとした、その時――
「ひっさ〜つ、ゆるるアッパー!」
その光景を見た時、その場にいた全員が騒然とした。
なんと、いつの間にかレオンの側に移動していたゆるるが、横からレオンのあごめがけてアッパーカットを繰り出したのだ。
そして、レオンは見事に倒れた。
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