第41話 俺からの告白……

 弱々しい美葉と、ぎこちない視線がぶつかる。

 心臓が早鐘を打ち、言葉が喉元で突っかかる。


 しばしの沈黙の後、なんとか声を振り絞った。



「ど、どうしたの?」

「の、喉が渇いたから、そこの自販に……あの、お風呂ですか?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、どうぞ……」



 生気を失ったような小さな声の美葉。やはり、今日のことで俺に幻滅したのだろうか……。


 不安に駆られながら部屋に入ったが、美葉の心境が気になりすぎで逆に何も訊くことが出来ない。


 そのため、仕方なくユニットバスへ足を踏み入れた。


 引き戸のすぐ外には美葉がいるのに、物凄く遠くに感じる。

 好きという気持ちをはっきりと自覚してしまったからこそ、本心を知るのが怖い。


 俺はジーンズを脱ぎながら、自然と大きなため息をついていた。


 ……あれ?


 脱いでいる途中にポケットから何かが落下した。


 指で慎重につまんで確認してみると、それは数日前に美葉に渡しそびれた2つ葉のクローバーだった。


 ずっとポケットに入れっぱなしだったため(ジーンズは色落ちするから週1でしか洗わない)、少し葉が折れてしまっている。それでも枯れない鮮やかな緑の葉を見ると、不思議と勇気が湧いてきた。


 そして急いでジーンズをはき直し、引き戸を開けた。



「美葉」

「……へっ」



 唖然とした表情の美葉。俺はそんな彼女の元へ歩みより、隣に腰を下ろした。



「な、なんですか。お風呂は?」

「その……この前も今日も、ごめん。これ、渡そうと思ってたんだけど、折れちゃって」



 俺は恐る恐る2つ葉のクローバーを差し出した。美葉はそれに釘付けになっている。


 

「ぷっ……!」

「え」



 さっきまで生気のなかった美葉がいきなり腹を抱えて笑い出した。何故笑われたのか全く理解できず、狼狽した。



「もうほんとに……もう! なめろうは純粋すぎです。笑いすぎて涙出ちゃったじゃないですか」

「え」



 さらに慮外な言葉を言われ、脳内が疑問符で埋め尽くされる。



「ゆるるちゃんの2つ葉のクローバーのおまじないを実践したり、酷いことをしてきた元カノの涙に同情したり、かと思えば私にいきなり謝ったり……その他にもバカ真面目すぎて、優しすぎて、純粋すぎて、とても27歳とは思えません」

「なっ」

「……でも、ありがとうございます。これ、もらいます」



 美葉は指で涙を掬いながら、もう片方の手で2つ葉のクローバーを受け取ってくれた。

 散々な言われようだが、不思議と悪い気はしない。恥ずかしいけど。



「美葉は、怒ってないの?」

「……なめろうこそ」

「え、俺?」

「元カノといい感じの雰囲気を私がぶち壊したので、恨まれていると思ってました。なのになめろうから謝ってくるからびっくりして……」



 だから美葉はさっきまで落ち込んで元気がなかったのか。

 つまり、お互いに勘違いをしてたという訳だ。


 ……なら、やっぱり思ったことは口にしないとダメだな。



「いい感じの雰囲気って思わせてごめん。でも、そんなんじゃないんだ」

「……ほんと?」

「ああ」



 美葉は俺の言葉を聞くと、小さなため息をついた。



「よかったぁ……」

「え、なに?」

「な、なんでもないです」



 よく聞き取れなかったが、美葉は何故か顔を桜色に染めて俯いた。


 そして、控えめな声で尋ねてきた。



「も、元カノのこと、す、す、好き……ですか?」

「え」



 美葉の言葉を聞き心臓がドクッと大きく鳴った。

 思えば、美葉と恋愛の話をするのは初めてかもしれない。


 緊張しながらも、俺は断定口調で話した。



「好きじゃない」

「……ほんとに?」

「ほんとに」

「……ぜったい?」

「ぜったい」

「……命を懸けても?」

「い、命まで懸けるのか」

「懸けられないんだ」



 美葉はそういうと、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。慌てて訂正を試みる。



「ま、まって! 命、懸けるから」

「嘘。だって間があったもん。やっぱり元カノのことが――」



 それは衝動的な行動だった。俺は無意識に美葉の両肩を掴み、ぐいと自分の方に顔を向けさせていた。


 美葉とは、ほぼキスの距離。心臓がうるさいほど高鳴っている。



「俺、今は本当に七香のことは好きじゃないから信じて」

「な、なめろう……」



 恥ずかしい。なにしてんだ、俺。


 でも、この衝動も心臓の加速も止まらない。


 ……俺は、この気持ちを伝えたくなってしまったんだ。


 美葉を、安心させるために。



「み、美葉」

「は、はい」

「お、お、俺……」

「う、うん」

「み、み、美葉のことが――」


 


「美ねぇ~! お風呂貸してくーださい!」

「こらゆるる、勝手にドアを開けない!」



 ゆるるの声が聞こえた瞬間、咄嗟に美葉の肩から手を離してそっぽを向いた。


 もう呼吸が荒くて顔が上気して頭もくらくらして、どうにかなりそうだった。



「あれ、なめ公いたのか」

「あ、う、うん。風呂、か、貸してもらおうかと……」

「操り人形みたいにぎこちなくなってるけど、なんかあったのか?」

「べ、別になにも……」

「ふ~ん」


 

 花栗にジト目を向けられたが、何とか作り笑いをして誤魔化した。



「ゆ、ゆるるとよるるが風呂から出たら呼んでくれ! じゃ、じゃあ俺一旦帰るから」

「え~、なめろうにぃ帰っちゃうのぉ~」

「ゆるる、あ、あとでゲームしよう! はは!」

「わぁ~い!」



 そして俺は逃げるように外へ出た。



 ……ああ、やばい。


 美葉に、衝動的に言いかけてしまった。


 人生で初めての、俺からの告白を――



 

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