第9話 JD、JK、JSの尊い戯れ

 満開の桜が陽の光に照らされて煌めく朝。

 俺は1人でぽつんと、とある駅前のロータリーで小桜と舞音を待っている。


 昨日は俺だけタワマンに戻ったので、今日は俺の指定したこの駅で現地集合することにした。


 ここに到着したのは15分前。終始そわそわして、脈拍が安定しなかった。

 いくら家電を選ぶ目的であっても、女子と出かけることが久々すぎて妙に緊張してしまう。



「お~い、なめしゃ~ん‼」



 すると、駅の方から大きく手を振りながら舞音が走ってきた。

 昨日倒れていた時と比較すると、かなり元気そうにみえる。



「あれ、体調はもう大丈夫なの?」

「うん! うちは1日目が1番酷いけん、あとは薬飲めば大丈夫ばい!」

「それは良かった。それで、小桜さんは……あれ、ゆるる?」

「なめろうだぁ!」



 舞音の背後から現れたのは、小桜とゆるる。

 ゆるるは俺に駆け寄り、足にぎゅっと抱きついてきた。



「ゆ、ゆるる、急にどうしたの?」

「だってなめろうに会いたかったもん」

「なめしゃん、人気者ばい!」



 フリルワンピース姿を着てあどけない笑顔を見せるゆるるは、かわいい。それに、俺に会いたかったなんて照れてしまう。


 恋愛感情とは違う、別の意味で心を鷲掴みにされた。


 そしてなんといっても、『おじさん』から『にぃ』に昇格したのが地味に嬉しい。

 もしかしたら、ゆるるなりに呼び方を考えてくれたのかもしれない。



「今日ゆるるママが用事でいないから、ゆるるちゃんも一緒に連れてくることになったんです。まだ春休みで学校もないし」

「そうだったのか」



 『春休み』という言葉に少しだけ胸が締め付けられる。

 無職になってから2日目だが、早くも世間の時の流れから外れた存在になったのだという実感がわいた。


 なんせ、今の俺には『休み』という概念がないのだから。



「それで、どこに行くんですか?」

「まあ、ついてきて。ちょっと歩くけど」



 俺は皆の先頭を歩き始めた。 

 背後では3人が楽しそうに談笑している。


 昨晩、舞音は布団のある管理人室で小桜と夜を共にした。その時に打ち解けたのか、2人はお互いを『美葉しゃん』『舞音子』と呼び合っている。何故『子』をつけたのかは不明だ。


 そしてゆるるも、それぞれを『美ねぇ』『舞ねぇ』と呼んでいる。何故名前の1文字を抜かしたのかは不明だ。


 そうやってさりげなく会話を盗み聞きしていたら、いつの間にか目的の場所にたどり着いた。



「ついた、ここだよ」

「えっと……『YAMANE リサイクル・リユース』? 家電が売ってるんですか?」



 3人が同時に小首を傾げた。



「ああ。ここは大手家電量販店YAMANEのアウトレット製品と、中古の家電が買える店なんだ。アウトレット製品は型落ちか多少の傷があるくらいで品質に問題はないし、中古でも十分に使える。それぞれに合った品物が見つかると思って」

「なめしゃん、物知りばい!」



 舞音とゆるるは走って入口へと向かった。

 俺と小桜も後を追う。


 2人で歩いている時は無言だった。ウマが合わない俺たちは、今のところ少し話せば言い合いになってしまう。


 果たして、これから一緒に管理人業務を遂行することができるのだろうか。


 ……まぁ、俺がそんなことを心配をする必要はないか。そもそも管理人見習いを正式に引き受けた覚えもないし。



「わ~、舞ねぇ、ガチャガチャやりたい!」

「ごめんね、ゆるるん。うち、小銭持ってなかよ」

「そっかぁ……」



 入口を抜けると、ずらりと連なるたくさんのガチャガチャの前で、舞音とゆるるがしゃがみ込んでいた

 ゆるるは、ガチャガチャやりたいオーラが隠しきれていない。


 仕方ないな……。



「1つならいいぞ、ゆるる」

「え、なめろうにぃ、ほんと?」

「うん」



 ゆるるは無邪気に喜び、ガチャガチャの品定めを始めた。

 そして少し逡巡したのち、「これがいい!」と嬉々として指さした。



「『おつまみコレクション』? え、もっとかわいいのじゃなくていいの? 『湯吞にゃあ』とか……」



 こんな時でも、七香と関わりのある『湯吞みゃあ』の名前をつい出してしまう。ダメだな、俺。



「『湯吞みゃあ』も好きだけど、ゆるるはこれがいい! ほら、見てみて!」



 『おつまみコレクション』の商品紹介に載っているのは、かなりリアルに作られたおつまみのキーホルダー。

 その中でゆるるが示した先には、『なめろう』の文字があった。

 

 つまり、俺ってこと?

 ……まぁ、小学生だから深い意味はないと思うけど。



「い、いいよ……はい、お金」

「わ~い! ……えいっ!」



 俺が200円を渡すと、ゆるるはすぐさまガチャガチャにお金を入れ、嬉しそうに回した。ポンッという音とともに出てきたのは、ピンクのカプセル。


 ゆるるは「う~~ん」とうなりながら、身をよじって必死にカプセルを開けようとしている。しかし、一向に開く気配はない。


 俺は「貸して」と言ってゆるるからカプセルを受け取り、開けてみせた。



「なめろうにぃ、すごい! ありがとう~」



 ゆるるはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。

 子どもの反応は大仰で、だからこそかわいらしい。


 社会人になってから1度も小学生以下の子どもと会話をしたことがなかったから、その癒しパワーの強力さに驚いた。


 ……俺にも、こんなに無邪気な時期があったんだろうか。

 マイナス思考の深淵に沈吟ちんぎんする、この俺にも……。



「が~ん、枝豆だー。かわいいけど、『なめろう』ほしいなぁ……もう1回、だめ?」

「ダメ。1回の約束だぞ、ゆるる」

「じゃあ、うちもやりたかぁ~。なめしゃ~ん」

「……え」



 振り向くと、舞音が両手を組み、上目遣いでお願いポーズをしていた。

 店のライトが明るいせいか瞳がキラキラと輝いている。


 かわいい女子高生におねだりされるシチュエーション。

 心拍数が上昇するのは仕方ないよな……。


 だが、それを悟られないように平静を装う。



「で、でも、舞音は高校生だろ?」

「1人1回やろ? うちはまだやもん」

「……」

「ねぇ、ゆるるんに『なめろう』ばあげたか、よかろうもん!」

「……わかったよ」

「なめしゃん、ありがとう!」



 俺は財布からさらに200円を取り出し、両手で頂戴ポーズをして待機している舞音に渡した。

 彼女もゆるるに負けないくらい無邪気にはしゃぎながら、ガチャガチャを回す。


 そして、出てきた黄色いカプセルを開けた。



「あ~、焼き鳥ばい。でも、ねぎまかわいいけん、よか~」



 舞音はキーホルダをつまみ、ゆらゆら左右にふって嬉しそうに眺めている。



「でも、ゆるるんに『なめろう』あげたかね……なめしゃん、1人1回やろ?」

「あ、ああ……だから終わりだ。というか、もう行くぞ」



 すると、舞音とゆるるが小桜をじぃ~っと見つめ始めた。

 視線で何かを訴えかけているようだ。


 もしかして、小桜にもガチャガチャをやるように誘導しているのか?

 ……俺のお金なんだけど。



「え、私は別におつまみに興味はないけど……」



 2人の視線に戸惑う小桜。

 ビールには随分と興味があるのにな、と心の中で悪態をついてみる。



「……わかった。私はお金あるから自分でやる」

「わ~い! 美ねぇ、がんばってね!」



 小桜はバッグから財布を取り出した。

 しかし、中身を見つめて硬直したまま動かない。



「……なめろうさん、タスクです」

「え?」

「200円をください」

「……」



 どんなタスクだよ、と呆れて絶句した。

 だが、舞音とゆるるの強烈な視線を感じ、仕方なく小桜の掌に200円をおいた。



「クレカと電子マネーしかないこと、忘れてた……」

「美葉しゃん、どじっ子やねぇ」

「どじっ子やねぇ、どじっ子やねぇ」



 ゆるるは舞音の博多弁をまねて、オウムのように同じフレーズを繰り返して楽しそうにしている。

 

 小桜は頬をやや赤らめながら、無言でガチャガチャを回した。

 出てきたのは、青のカプセル。



「……あ、『なめろう』だ」

「え、美ねぇほんと⁉」

「美葉しゃん、すごか‼」



 舞音とゆるるは小桜の腕をぎゅっと掴んで、身を寄せた。

 まるで何かの大会で優勝したかのような喜び様だ。


 こんな些細なことで喜べる心を持ってみたい、と少しだけ羨ましくなる。



「当たってよかった。ゆるるちゃん、これあげるね」

「わ~い! じゃあはい、ゆるるの枝豆あげる」

「え、いいのに」

「交換こ! だって1人1個だもん」

「ありがとう」

「美葉しゃん、焼き鳥と枝豆、交換ばい!」

「舞音子、それはダメ」

「え~」



 JD、JK、JS。


 3人の美少女の仲睦まじい姿を傍から見ているだけで、俺の心に少しだけ光が射した。


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