第15話 初めての2人きり

 小桜が部屋を飛び出してから、ゆるると舞音は窓際で反省会らしきものを開いていた。俺と花栗には背を向けている。



「ゆるる、美ねぇに言いすぎちゃったのかな……」

「うちも悪か……」

「お手てつないでるの見て、シットしちゃったから……」

「うちも……」



 なにやら小声で話していて、こちらからはよく聞き取れない。



「ゆるる、美ねぇに謝ってくる」

「うちもいく!」

「舞ねぇ、一緒に2つ葉のクローバー探してくれる?」

「もちろんばい!」



 すると2人は急に立ち上がり、花栗の元にやってきた。



「ママ、美ねぇと仲直りしたいからクローバー探してくるね」

「夜は敷地内でも危ないだろ。あたしもついてくよ」

「ありがとう!」

「なめ公、ちょっと待ってな。歓迎会なのに悪い」

「あ、いえ、全然……」



 花栗が部屋にある戸棚を漁って懐中電灯を手にとると、3人は部屋の外へ出て行った。


 『仲直り』って懐かしい響きだな。微笑ましい。

 俺が最後にそれをしたのはいつだろうか。小6とか?


 そういえば中学生の頃から俺は、人とはどこか距離を置くようになっていた。相手を怒らせないような当たり障りのない言動が染みついてしまい、いつしか人と親密な関係を築くことも困難になっていた。


 そんな俺は初めての恋人である七香にも、常に優しくし、気を使っていたように思う。そのおかげか、喧嘩ひとつしたことがなかった。


 だが、それは果たして本当の意味で親密だったんだろうか?


 ここに来る前の俺は色々なことに関して盲目だった。

 だが、『コーポ夜桜』の住人たちと接しているうちに、本当の意味での人間関係の構築の仕方を、少しずつ学べている気がする。


 そんなことを考えながら、俺は酒をつまみになめろうを食べた。

 ……じゃなくて、なめろうをつまみに酒を飲んだ。


 ゆっくりとした静かな時間が流れる。先程までの賑やかさがすっかり霧散した室内は、少し寂しい。



「なめ公、待たせたな」

「あれ、花ぐ……よ、よるる、もういいんですか?」

「ああ。2つ葉のクローバーは見つかったから、あとはあの2人の好きにすればいいさ」

「そうですね……」



 花栗はキッチンにあった日本酒の瓶を手に取ると、俺の隣に腰をおろして胡坐をかいた。



「なめろう、美味いか?」

「は、はい。おいしいです」

「これ、地元の南房総から取り寄せてんだ」

「そうだったんですね」



 花栗は、俺の食べているなめろうを横からつまんだ。

 彼女がそれを口に含めると、いつものきりっとした顔がほころんで優しい雰囲気になる。


 確かにゆるると似ている。いや、ゆるるが花栗に似ている。親子なんだな、と初めて思った。



「なぁ、なんでなめ公はあたしに敬語なんだ?」



 突然の質問に、箸で挟んだなめろうを落としそうになる。

 怖くて恐れているから、なんてとても言えない。



「そ、そりゃ、目上の方には敬語を使いますって」

「……あたしのこと、何歳だと思ってんの?」



 花栗は俺にジト目を向けた。まずい、地雷を踏んだのだろうか。


 何歳かなんて考えたことはなかったけど、ゆるるが小2だから32……とか?

 いやでも、30歳より下だった場合が怖い。ここは慎重に答えよう。



「29……とかですか?」

「ぶっ」



 花栗は呑んでいた日本酒を霧吹きのように勢いよく吹き出した。

 そして突然俺の頬をぎゅいっとつねった。



「い、い、痛いです……」

「あほ。25歳だよ。今年26」

「え、嘘。俺より1つ下ですか……」



 俺の見立てよりも随分と若い。

 もし32歳と答えていたらつねられるだけじゃ済まなかっただろう。


 ……ん? 

 ということは、ゆるるは花栗が高校生の時の子ども⁉︎


 かなり衝撃的な事実だが、流石に今はそこまで深くつっこんで訊けない。



「なめ公の方が年上なんだから、尚更敬語使うなよ」

「ぜ、善処します……」

「ほら、また使った」



 花栗は嘆息すると、日本酒をぐびぐびっと喉を鳴らしながら飲んだ。



「正直、あたしはもう、なめ公と結構親しい感覚なんだよ」

「え?」



 思わず素っ頓狂な声が出た。

 俺は花栗から殴られたことしかないのに、『親しい感覚』とは一体どういうことだろうか?



「毎日毎日ゆるるがなめ公の話をするんだ。放課後にしょっちゅう遊んでくれて嬉しいとか、今日はこんな優しいことをしてくれたとかさ。それを聞いてるうちに、あたしもなめ公と勝手に会ってる気になってさ」



 ゆるるが毎日俺の話をしてくれているのか。

 なんだか嬉しさがこみ上げてきて、むず痒い。



「お前、いい奴なんだな」

「ゆるるが優しいだけで、俺はそんな……」

「いや、さっきのゆるる考案のゲームにマジで取り組んだり、あたしが『恐喝』って言ったときに教育を心配したりしてさ。ゆるるのことをよく考えてくれてるのがわかったよ」



 まさか花栗からそんな風な言葉が出てくるなんて思いもしなかった。

 正直彼女には嫌われていると思っていたから驚きだ。なんて返していいのかわからない。

 


「なめ公がゆるるの父親だったらいいんだけどな。はは」

「えっ」



 突然の言葉に、ドキッとした。



 一体、どういうことだ……?


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