第14話 パーティーでキスやら色々……

 『コーポ夜桜』に引っ越してから早くも数日が経過した。

 

 今日は例のパーティーの日。時刻は午後8時。

 花栗家である202号室には、小桜、舞音、ゆるる、花栗ら住人一同が集結している。



「なめろうにぃ、舞ねぇ、ようこそ『コーポ夜桜』へ! かんぱ~い!」

「「かんぱ~い!」」



 ゆるるの乾杯の音頭とともに、『なめろうと舞音を歓迎する会』が開始された。


 車座になって出前で取った寿司屋らピザやらをを囲み、各々が好きなものに手を付け始めている。そして何故か、ゆるるの前にはオムライス、花栗の前にはなめろうが置いてある。好物なのだろうか。



「ん~、このぶどうジュースうまか~」

「ゆるるもこれ好き! うまか~」

「……私はビール飲みたい」

「小桜さんは酒癖が悪いからダメ」

「……悪くないもん」



 小桜とチャットアプリのIDを交換してから数日が経過したが、あの日のように心が通じ合う感覚は今のところない。


 チャットで送られてくるのは、「なめろうさん、タスクです!」の決まり文句と雑用の依頼。内容は廊下掃除だったり、電球交換だったり。毎回「了解」と打って淡々とこなしている。


 ただ、廊下ですれ違うたびに何か言いたげな雰囲気をかもす。

 口をパクパクさせて目を泳がせ、「あの……」や「えっと……」などと言い、すぐに去ってしまうのだ。


 一体、俺に何が言いたいのだろう?



「そういえば美葉しゃん、もう1人の住民さんはどげんしょったと?」

「201号室の桐井きりいさん? 実はまだ私も会ってないんだ。ずっと引きこもってる」

「そういえばあたしも見たことないな。ゆるるとここに越してくる前から住んでるはずだけど」



 開始5分ですでに2本のビールを飲みほした花栗が呟いた。

 彼女と会うのは久しぶりだ。胡坐で酒豪で暴力的だなんて、いくら美人で巨乳でも怖いのでやたらと緊張してしまう。



「ゆるるも今日ピンポンしたけど、いなかったんだ……あ、ねぇねぇ、ゲームしよ!」



 先程から遊びたそうにうずうずしているゆるるが、車座の中心に2つのカードの束を置いた。



「ゆるるん、何すると?」

「『まねっこジェスチャーゲーム』だよ!」

「「え?」」



 花栗以外の全員がきょとんとしている。

 トランプやUNOならわかるけど、それは一体なんだ?


 しかもカードをよく見ると、手作り感満載だ。



「もしかして、ゆるるが作ったの?」

「そうだよ!」

「ゆるるんすごか~! しかも絵がばりうまか~」

「やったぁ」

「ゆるるちゃん、ゲームはどうやるの?」

「えっとね――」



 ゆるるの説明によると、ルールはこうだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


①順番が回ってきた人が【猫カード】と【人カード】を1枚ずつひく


②【猫カード】には主語(例:『ゾウ』)

 【人カード】には動詞(例:『眠る』)

 の絵が描いてあり、引いた人がそれをジェスチャーで表現する。

 (例:『ゾウ』が『眠る』をジェスチャー)


③他の人はそのジェスチャーを推理し、当たった人はカードを貰うことができる。

 主語または動詞の1つだけ当てた場合は1枚、両方当たれば2枚。

 30秒以内に誰も当てられなかった場合、ジェスチャーをした人が自分のカードを2枚没収される。


④最後にカードが多い人の勝ち


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 これを小学2年生が考えたなんて衝撃だ。

 しかも誰でもできる簡単なルール且つ動きを取り入れた楽しそうな内容。


 若いから思考力が柔軟なのか、はたまたゆるるが天才なのか。

 今すぐにでもカードゲームかおもちゃの会社に就職できそうだ。



「じゃあ、ゆるるからいくね~」



 ゆるるはさっそく2枚のカードをひき、ジェスチャーを披露した。


 両手をパーの状態で頭の上におき、その場でぴょんぴょんしている。かと思えば、目をぎゅっと閉じ、唇をむにゅっとすぼめて首を突き出す動作を繰り返している。


 恐らく【猫カード】はウサギだ。だけど、【人カード】はなんだろう?


 口をすぼめているから――



「わかった」

「はい、なめろうにぃ!」

「ウサギが梅干しを食べる」

「う~ん、ウサギだけ正解! あと10秒で【人カード】わかる人~」



 小桜や舞音が考え込んでいる中、花栗が4本目のビールを飲みながら手を挙げた。



「はい、ママ!」

「恐喝」



 一瞬心臓が跳ねた。小2の娘の前で、なんて言葉を。

 確かに恐喝するヤンキーは、首を突き出す動作を繰り返すかもしれないけどさ……。



「ママ、恐喝ってなあに?」

「恐喝ってのはな、金を――」

「え、は、花栗さん……」

「遮るなって、教育だろ?」

「教育ですか……」



 強姦魔や恐喝よりも、もっと先に教えることがあるだろうに……。



「それにあたしはよるるだって、なめ公よ」

「な、なめ公……」


 

 また変なあだ名をつけられてしまった。

 だが、怖い花栗に苦言を呈すわけにはいかない。


 そういえば、ここに来てから誰にも本名で呼ばれていない。俺の本名を知らないのだろう(一応言ったけど忘れているに違いない)。


 それでも、こうやってコミュニティの中に溶け込めているのが不思議だ。

 『コーポ夜桜』って、不思議だ。



「時間切れ~。正解は、『ウサギがちゅーする』でしたっ」

「ゆるるんのちゅー、なんか思っとったのと違うばい。でもばりかわいい!」

「え、ちゅーってこうするんじゃないの? 舞ねぇ、どうやるか教えて~」

「え、え、え……」



 ゆるるの無茶振りに、舞音が明らかな動揺を見せた。



「舞ねぇ、お願い~。次このカード出た時にジェスチャーできないもん」



 舞音は首をぶんぶん横に振っていたが、全員の視線が自分に向いていることに気づくと、恥ずかしそうに呟いた。



「んん~、ちょっとだけ。……こ、こうばい」



 舞音は顔から火が出そうになりながら、目を瞑って口をちょこんと尖らせた。


 その時に出た「ちゅっ」という音。

 青春感全開の控えめなキス。


 見ているこっちがめちゃめちゃむず痒くなる。そして、かわいいしかない。



「ああ、してもうたぁ~……!」

「舞ねぇかわいい。ちゅーってそうやってするんだね! だれとのちゅーを思い浮かべたの?」

「え、え、え……⁉」



 俺をチラ見した舞音は、赤い絵の具で塗り潰したように顔面を真っ赤にし、体育座りをしている膝に顔を埋めてしまった。


 俺、なんかしたかな……?



「つ、つ、続きばしんしゃい……」



 消え入りそうな舞音の声を合図に、再びジェスチャーゲームが再開された。


 花栗は『ライオン』が『パンチする』、舞音は『犬』が『ジャンケンする』、俺は『フラミンゴ』が『勉強する』をそれぞれこなし、残るは隣に座る小桜だけとなった。


 現在、俺とゆるるが同数のカードを獲得。

 ゆるるが真剣そのものだから、わざと負けることは逆に失礼な気がする。

 最後までしっかりあてにいこう。



「じゃあ、美ねぇ、がんばってね!」

「うん、えっと……」



 小桜はカードを引くと、そのまま硬直した。

 難しい動物でもひいたのだろうか?


 そして彼女は深呼吸をすると、グーにした右手で頬を撫でた。

 多分これは『猫』だ。なんだ、簡単じゃないか。


 そして次の動作は――



「……え?」



 突然、俺の左手が握りしめられた。

 なめらかな肌から、じんわりと体温が伝わる。


 この状況に動揺しながらも横を向くと、小桜が俺の手を握っていた。


 彼女はそっぽを向いているが、手だけはぎゅっと強めに握ってくる。なんだか無理して逆に力が入っているような、そんな初々しい中学生のような握り方だ。


 女子と手を繋ぐなんて何か月もしていない――だから、俺自身も中学生のように初々しくドキドキしてしまう。手も汗ばんできてしまった。



「だ、誰かはやく答えてよ……」

「……美ねぇ、ヌケガケ」

「え?」

「ゆるる、まだなめろうにぃとお手てつないだことないのにぃ!」

「う、うちもなめしゃんと繋いだことなかよ……」

「え? え?」



 先程の楽しい雰囲気から一変、微妙な空気が漂いはじめた。


 ゆるるも舞音も怒っているわけではなさそうだが、何故だか残念そうにしている。ちなみに花栗は、巨大な容器に入った焼酎をラッパ飲みしている。


 小桜は皆を見渡すと、俺からぱっと手を離した。



「あ、あの、このカードだったから仕方なく……」



 小桜はそういうと、皆に【人カード】の絵柄を見せた。

 そこには、男の子と女の子が手を繋いでいる絵が描かれている。



「『お手てをつなぐ』の絵だけど、ジェスチャーは1人でやるんだよ~。ゆるるもちゅー1人でしたもんっ」

「で、でも1人じゃできないし」

「隣のゆるるんの手を繋げばよかと~」

「だって、男女の絵が描いてあったから……」

「もしかして、なめしゃんのこと――」

「ち、ちが‼」



 小桜は顔を真っ赤にしながら小さく叫ぶと、部屋を飛び出して行ってしまった。



 もしかして、喧嘩?


 俺、どうすればいいんだろう……。

 

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