第7話 博多弁女子高生と○○することに
――家がない。
そんな衝撃的な告白に対して、どんな言葉をかけてあげればよいのか考えあぐねてしまった。
「あ、そげん哀れむ顔しぇんで」
女子高生はぎこちなくはにかんでいる。作り笑いなのがバレバレだ。
俺は逆に気を使わせないよう、意を決して尋ねることにした。
「ど、どうして家がないの? あ、嫌だったら言わなくて大丈夫だから」
「大丈夫ばい。実はうち、高校生になる時に上京したっちゃけど、2か月前に親の会社が倒産して仕送りがストップしてもうて。親は福岡に帰ってこいっていうっちゃけど、うちは嫌で……」
「どうして?」
「……」
女子高生は神妙な面持ちで口を噤んだ。
高校生で親元を離れる決断をするには相当な勇気がいるはずだ。となると、何か目的があって上京したに違いない。
もしかしたら彼女は――
「夢があるの?」
「……なんでわかると!」
「あ、や……頑張ってそうだなと思って」
俺が当り障りのないようにそういうと、女子高生は目を輝かせて無邪気に笑った。
「おじしゃん、すごか! よか人ばい!」
「だから、俺、20代……」
「うち、声優になりたいけん、専門学校にダブルスクールしとーと!」
声優……確かに声も顔もかわいいが、果たしてこの博多弁のイントネーションで上手くいくのだろうか?
でも、それについては聞かないでおこう。
俺みたいな無気力人間より、夢がある女子高生の方が100倍素晴らしい。
それに、1人で上京して学校と両立しているなんて、尊敬に値することだ。
「時間がのうてバイトは少ししかできんのに、仕送りがストップしたけんお金がなか。それで家賃が払えんで昨日追い出しゃれたばい。さっき不動産屋さんにいったっちゃけど、保証人がおらんけん契約できんて……」
お金もなく、家もなく、夢も危ぶまれ、頼れる大人もいない中でいきなり体調も崩して……女子高生なのにわずか数か月で生活が180度変わってしまった彼女は、一体どんなに心細いことだろう。
それに比べたら、全てを失ったと思っていた俺の方が、いく分が状況がましな気がする。
か弱い女子に弱い俺は、何か力になりたいと思った。
まずは家か。ここに泊めることは出来ないから別の方法を考えないと。
……ん、家? そうか!
「君、ボロ屋でも大丈夫な人?」
「え、ここばりきれいたい」
「そうじゃなくて、俺もここ、あとちょっとで出なくちゃいけないんだ。それでさ、引っ越し先のアパートが住人を募集してるんだけど、どうかな? 俺が保証人になれると思うし」
もし女子高生が『コーポ夜桜』に入居すれば、彼女も住む家を手に入れられるし、俺も小桜からのタスクをクリアして1か月分の家賃がタダになる。
まさに一石二鳥だ。
「よか! いくらと?」
女子高生は興味津々という様子で俺に顔を近づけた。
かわいい顔が目と鼻の先にある状況に、思わず顔が熱くなる。
「ろ、6畳3万9000円で風呂なし……流石にそれじゃ嫌かな?」
「安か! よか! でも貯金が10万やけん、大丈夫やろか……」
「値段交渉は俺が管理人にしてみるよ。今、春休みだよね。もしよければ今から内見しにいく? 1泊ならただで泊めてくれるから」
正直、あの狡猾管理人がただで泊めてくれる保証はない。
だが、このまま自宅に女子高生を泊めたらかなりまずいし、彼女を『コーポ夜桜』に無理にでも泊めさせてもらうしかない。
「ほんなごと! 行くばい!」
「ああ。もし身体が大丈夫そうなら、今から早速行こう」
すると興奮した様子の女子高生が、「おじしゃん、ありがとう‼」と言いながら
いきなり俺に飛びついてきた。
俺はその反動で床に倒れこんだ。
今朝、花栗に投げ飛ばされて負傷した背中がズキズキと痛む。
体勢を整えようとして目を開けたら、なんと真上に女子高生の顔。
もはやキスの距離。
……なんだこれ‼
心臓が跳ねる。状況に耐えかねて、すぐに彼女を押し離した。
「あ、ごめんです。ばり嬉しゅうて、つい」
「あのな……男の部屋にいるんだから言動に気をつけないとダメだぞ。俺は大丈夫だが、他の男だと危ないんだから」
「はい、おじしゃん」
「いや、だから俺は20代……27歳なんだ。まだおじさんって年齢じゃない……と思うんだけど」
「あ、そうやった。おじしゃん、おじしゃんじゃなかもんね。えっと、名前は……」
「行川雪郎」
「な、なめ……ゆ……」
そういえば、ゆるるも俺の名前を言い淀んでいた。
俺の名前って、そんなに覚えずらいのだろうか。
「うーん……あ、なめしゃんでよかと?」
「な、なめしゃん⁉」
今までに聞いたことのない変なあだ名をつけられて、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「なめしゃん、よかろうもん! ばりかわいか~」
「そ、そうかな……?」
「うち、
「いきなり下の名前呼び……?」
「だって、一緒に暮らすんやろ?」
不覚にも、『一緒に暮らす』とい言葉にドキッとしてしまった。
俺は目の前の可哀想な女子高生を助けたい、そして管理人の無理難題を早いところ片付けたいという思いでいっぱいで、今後同じアパートで『一緒に暮らす』状況になることについては考えてもいなかった。
もしかしたら、俺が泉原を狙って誘ったと思われていないだろうか?
一抹の不安を覚えて彼女に視線をやると、それは杞憂だと悟る。
泉原は、「やった、新しい家たい!」と言いながら無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねていた。
なんだか拍子抜けするくらい子どもっぽくってかわいらしい。
「よし、じゃあ早速行こうか、泉原さん」
「あー、なめしゃん違うばい。うちのことは舞音って呼びんしゃい!」
「で、でも……」
「うち、なめしゃんと仲良くしたか!」
「お、おう……舞音……」
「わ~い!」
俺はこんな具合に舞音のペースに乗せられながらも、早速一緒に『コーポ夜桜』に向かった。
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