第29話 「なめしゃんが大切ばい」
「……しゃん。ねぇ、なめしゃん!」
「……はっ!」
「ボーッとして、どうしたと?」
頭を上げると、対面に座る舞音が身を乗り出して俺の顔を覗き込んでいた。
あまりの近さに、思わず身を引いてしまった。舞音の顔はかわいすぎて間近にあると心臓に悪い。
「ご、ごめん。大丈夫」
「なめしゃん、さっきから変ばい」
自分の席に座りなおした舞音は、いちごパフェを再び口に運び始めた。
「おいし~!」と言いながら、幸せそうに頬張っている。
俺はそんな舞音の微笑ましい姿を見ながら、コーヒーをすすった。
なるべく平常心、なるべく平常心……。
「ずっとここのパフェを食べたかったけん、嬉しかばい!」
「よ、よかったな」
幹夫さんのお見舞いの後、舞音に「近くに行きたかお店があるばい!」と言われて訪れたカフェ。店内はパステル調の原宿系な雰囲気で、周囲には高校生や大学生しかいない。
俺はそんな居心地の悪い空間でも、七香のことを考えてしまっていた。
浮気疑惑を問いただした日から、七香とは連絡が取れていない。社内でも部署が違うのでフロアが違い、会う機会が全くなかった。
一方的に遮断され、もう二度と会えないと諦めていた。
だが、まさか七香の担当CMとコラボした『湯吞みゃあ』の作者が同じアパートに住んでいるなんて。
もしかしたら……もしかしたら、七香と間接的に連絡を取ることが出来てしまうかもしれない。
俺は、どうする……?
「……しゃん。ねぇ、なめしゃん!」
「……はっ!」
「もう、3回目ばい……」
「ご、ごめん、ごめん」
舞音は肩をくすめ、しゅんとしてしまった。悪いことをした。
何とか話題をつなげよう。
……そうだ、パフェ。パフェの話題だ。
「い、いちごってさ……どこが果実だと思う?」
「えっ。赤かところと違うん?」
「実は、表面の黄色いごまみたいなのが、1つ1つ全部果実なんだ」
「えー‼ 知らんかったばい‼」
先程までしょげていた舞音の顔がぱぁと明るくなった。
さっきのピエールマルコリーニのチョコの件もそうだけど、好奇心をかき立てられるとすぐに明るくなるところが舞音のかわいらしい面だ。
俺はもっと舞音を喜ばせるため、話を続けた。
「一粒のいちごには200個から300個の果実が集まっていて、『集合果』と呼ばれるんだ。ちなみに赤い甘い部分は、茎の先端の花床が膨らんだ『偽果』って言うんだ。偽物の果実に俺たちは騙されていることになる」
「へ、へぇ~……うちらは騙されとるんやね」
「いちごが日本に入ってきたのは江戸時代末期の1830年代。オランダ船によって持ち込まれたから『オランダイチゴ』と呼ばれてたんだ。その後、明治時代に農業が近代化されるにつれて欧米から色々な種苗が導入されるようになり、1900年頃には――」
「あー‼ もう、えいっ!」
すると突然、口の中にクリームの甘味と果実の酸味が広がった。
なんと、舞音が俺の口にいちごパフェを押し込んだのだ。しかもたっぷりと。
「ふぁふぁ……」
「難しいことはわからんけん、一緒に食べるばい!」
そういえば、美葉と家電を選んだ時も俺の話を遮られた。どうやら女子は長い説明が苦手らしい。
そんなことを考えながら、俺は口の中を埋め尽くすパフェを必死に咀嚼して飲み込んだ。しかし、舞音は「あ~ん!」と再びスプーンを俺の口に近づけた。
よくよく考えれば、これは間接キス。カップルの行為だ。チラチラと周りの視線も感じ、途端に恥ずかしくなる。
だが、せっかくの舞音の厚意を無碍にするのも憚られるため、俺は羞恥を抑えて口を開けようとした。その時。
――浮気はダメじゃぞ。
ふと、幹夫さんの言葉が脳裏をよぎった。
先程チョコレートを「あ~ん!」されかけた後に釘を刺すようにかけられた言葉。
もちろん、俺と美葉は付き合ってないから浮気ではない。だが、「あ〜ん」や間接キスは恋人関係の男女が行う行為だ。
ならば、舞音と恋人まがいの行動をすることは辞めた方がいいのではないだろうか。
そう考えた俺は開けかけた口を閉じ、舞音の手を優しく掴んで止めた。
「……ごめん。これは、舞音が食べて」
「な、なめしゃん……」
舞音は魂が抜けたような表情で席にすとんと腰を下ろした。
そして――
「わああああああああん!」
「えっ……」
舞音は、大声で泣き出した。あまりの出来事に、俺はただ狼狽するしかなった。
周囲の学生からコソコソ話が聞こえる。きっと俺が泣かせたと誤解されている。
……いや、泣かせたのは俺だ。
自分のポリシーのために舞音の心遣いを無碍にしてしまった。完全に俺のせいだ。
「舞音、ごめ――」
「なめしゃんは……なめしゃんは舞音が嫌いと⁉」
「え⁉」
慮外な言葉にさらに狼狽えてしまう。
「チョコもパフェも拒否して、舞音の話を聞いてくれなくて、心配して尋ねても話を逸らして、難しい話だけ喋って……舞音のこと嫌いと⁉」
泣きじゃくりながらも、自分の気持ちを全部伝えてくれた舞音。
……俺、そんなに自分のことしか考えてなかったのか。
最低だ。
「ごめん、舞音。舞音の気持ちに気づいてあげられなかった。嫌いじゃないよ」
「……ほんと?」
「うん、大切だ」
舞音は、大切な『コーポ夜桜』の住人だ。俺の大事な居場所の仲間だ。
すると、俺の言葉を聞いた舞音の泣く勢いが穏やかになった。
ややあって、舞音は俺をまっすぐ見つめて口を開いた。
「舞音も、なめしゃんが大切ばい」
「ありがとう」
純粋で素直な言葉が、ストレートに胸に刺さる。舞音も、俺を大切な住人だと思ってくれていることが嬉しい。
「だから、困ってるなら舞音を頼って欲しか」
「あ、うん、大丈夫……困ってないか――」
「嘘。ずっと心ここにあらずばい。絶対に悩み事があるやろ?」
「そ、そんなこと……」
バンッ――
突然、舞音がテーブルに手をつけて勢いよく立ち上がった。霧散しかけていた周囲の視線が再び集まる。
「舞音は……舞音は、初めて出会った日、なめしゃんに助けてもらって嬉しかったと!」
「舞音、周りの人が――」
「舞音だって、ナプキンのこというの恥ずかしかったと! でも、勇気を出して言ったらなめしゃんが助けてくれたばい」
『ナプキン』という言葉に、再び周囲がざわつく。
舞音の言ってくれていることは嬉しい。でも、TPOが……。
彼女を
「やけん、なめしゃんも恥ずかしがらんと舞音に相談して……」
舞音は再び涙声になった。
「なめしゃん……舞音はなめしゃんが困ってるなら助けたい。助けたいだけばい。だから、舞音に相談して欲しか」
この一言が、俺の胸に響いた。
舞音は、俺のことを本気で心配してくれているんだ。それなのに俺は自分のことばかりで……。
「なめしゃん、お願い。舞音に話して……」
正直、七香のことや会社のことを10代の女の子に話すのは間違っていると思う。それに俺自身、話す勇気もない。
だが、舞音の潤んだ切実な瞳、俺を心配する気持ちが痛いほど心を締め付ける。
なんせ俺は、女子の涙にとことん弱い。
「舞音、そんなに心配してくれて、本当にありがとう……わかった、話すよ」
「ほ、ほんとに? 舞音、絶対になめしゃんを助けるばい!」
「ありがとう。でも、ここはちょっと……そ、そうだ、公園に行こうか」
「……うん!」
そして俺たちは残りかけのパフェを食べ、会計を済ませて外へ出た。
舞音は俺の話を聞いて、一体どんな反応をするのだろうか――
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いつもお読みいただきありがとうございますm(_ _)m
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最後は意外にもほっこりするお話なので、お読みいただけると嬉しいです(*^^*)
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よろしくお願いしますm(_ _)m
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