第49話 決着

 GW最終日。

 俺は今、『コーポ夜桜』の住人と一緒に都内の某公園にいる。


 元々南房総の幼馴染の家に泊まる予定だった花栗とゆるるは(実家に泊まるのは今でも憚られるらしい)、GW後半に無事に『コーポ夜桜』へ戻ってきた。


 俺はこれだけで充分満足していたが、七香の件とゆるるの件があるので、レオンと会う約束をせざるを得ない。


 そこで心愛を経由してレオンに連絡を取り、今日、会う約束を取り付けた。


 本来は俺と花栗とゆるるの3人だけの予定だったが、やはり美葉が納得せずに全員がついてくることとなった。

 美葉と舞音と心愛は、茂みに隠れてこちらの様子を観察するそうだ。



「ねぇ、パパってどんな人?」



 ブランコで無邪気にはしゃぐゆるると、返答に困って眉間にしわを寄せる花栗。目線で俺に助け舟を出してきたが、俺も苦笑いで誤魔化した。



「……き、来てからのお楽しみだ」

「え~。……あれもしかして、パパ?」

「へっ、もう⁉」



 今は集合時間の20分前。この前は10分も遅刻したくせに、今日は随分と張り切ってる。

 レオンはまだこちらには気づいておらず、髪や襟をしきりに触って整えているようだ。



「あれぇ? 悪い人さんだ。ゆるる、パパに会う前に謝ってくるね~」



 ゆるるはそういうと、ひょいとブランコを降りて駆けて行った。

 俺たちも慌ててゆるるの後をついていく。


 

「悪い人さ~ん」

「Oh! ゆるる?」

「この前はごめんなさい! あの、これどうぞ!」

「ゆるる……しかも、2つ葉のクローバーじゃないか……!」



 レオンは急に表情を崩し、目を赤くしている。


 レオンが2つ葉のクローバーを知っている? 俺は初見で草だと思ったのに。

 すると花栗が顔を真っ赤に染めた。



「よるる、覚えていてくれたんだね」

「う、うるせぇ! ……で……が……だし」

「僕はもう、これだけで幸せだ」



 レオンは2つ葉のクローバーとよるるを愛おしそうに見つめた。

 状況から察するに、恐らく2つ葉のクローバーについては2人が付き合っている時にレオンがよるるに教えたんだろう。


 クズ野郎にも、良心はあるわけか。

 それとも、ただキザなだけか。


 いずれにせよ、レオンの想いは子へ伝わっていたのだ。



「ゆるる。実は僕が君のパパなんだよ」

「……えっ。悪い人さんが、パパなの?」

「ごめん、ゆるる。今から悪い人じゃなくなるように、そこの元カ……お兄さんに謝ってくるよ」

「うーん……わかった」



 ゆるるはまだ驚きの表情をしているが、レオンはそんなゆるるをふわっと抱きしめた後、俺の元に近づいてきた。



 すると、いきなり俺に深々と頭を下げた。



「僕と許嫁の件に巻き込んですまなかった。そして君が浮気したと軽い気持ちで同僚に口走ったことも。あの時は君が七香に許嫁がいることを知ってる上で付き合っていたと思っていたし、この前の会合でもやけになっていた。ただ不倫の噂は本当に流していない。だから――」

「告訴はしないよ」



 レオンは頭を上げ、「えっ?」と素っ頓狂な声を上げた。



「なめ公、いいのか?」



 花栗の問いかけに、俺はゆっくりと頷いた。


 ……俺は、ここに来る前から決めていた。レオンを告訴しないことを。


 心優しく、真っ直ぐに育ったゆるる。俺は彼女にいくつもの場面で助けられ、救われた。


 そんなゆるるの父親を、犯罪者になどしたくなかった。


 俺は人に人生を壊されたかもしれないけど、俺のせいで人の人生を壊したくない。

 ゆるるが悲しむ顔だけは、どうしても見たくなかった。


 その代わり――



「条件が3つある。いいか?」

「……あ、ああ。教えて欲しい」

「まず1つ目、よるるとゆるるの支援をしっかりして欲しい。家族の形の在り方は俺が首を突っ込むべきではないが、少なくとも経済的支援はゆるるが成人するまで怠らないと約束してくれ」



 時給の高い夜に働きに出る花栗。

 夜に1人で管理人に助けを求めて外へ出たゆるる。

 そんな彼女たちの苦労を見て、俺は心が痛んでいた。


 せめて経済的にだけでも楽になり、2人の時間が増えることを密かに願っていた。



「あ、ああ。もちろんだ。元々よるるに拒否されなかったら、少しでも子育てに協力したいと思ってたんだ」

「子育てはあたしが責任を持ってするから金だけくれ」

「……はい」



 花栗の言葉に、肩をすぼめてしゅんとするレオン。

 言葉は辛辣だが、彼女の表情はは心なしか明るくなった気がする。



「そして2つ目、エレクトリマでの俺の噂を撤回してくれ。今更会社の人間にどう思われようが生活に支障はないが、心のわだかまりとして一生残るのは勘弁だ。レオンさんが火種なら、せめて俺の名誉回復に努めて欲しい」

「……わ、わかった。やってみる」



 正直、これに関しては今更もう遅いとも思っている。


 だが、俺は美葉の考えを大事にしていた。告訴をしない決断は怒られるかもしれないが、エレクトリマでの俺の名誉が少しでも回復できたら、美葉のしてくれた努力を無駄にしないで済むと思った。



「そして3つ目。都城さんの意思を尊重してくれ」

「え、それって――」

「いや、俺はもう、都城さんとよりを戻すつもりは全くない。騙されていた以上、その点に対して許すつもりもない。だが、彼女の人生は親に左右されるべきではないと思う。許嫁を継続するかどうかは、しっかり話し合って彼女の意思を尊重してやってくれないか?」

「そ、それは……」



 レオンは困惑の表情を浮かべた。


 俺の要望が実現困難なことは知っている。


 レオンも七香も、今まで親に人生を支配されてきた人間だ。

 そして美葉も……。だからわかる。その呪縛から逃れる難しさが。


 だけど、自分から行動しなければ何も変わらない。

 花栗が名門校に合格して家出したように、自分から逃れようとしなければ、一生鳥かごの中だ。


 それでいいと言うのなら、それ以上口出しはしない。 

 だが、もし自分から1歩踏み出したなら、周りがその意思を握りつぶしてはならない。


 元恋人として、最後の助け船のつもりだ。

 だが、これ以上は関わらない。



「おいレオン、どうなんだよ? 約束守らねぇならブタ箱だぞ?」

「よ、よるる……あ、ああ。わかった。確約はできないけど、善処はする……」

「なんだそのハンパな答えは?」

「ご、ごめんなさい……さ、最善を尽くします」



 花栗が振り上げた拳にビビりまくるレオン。

 この2人が夫婦だとしたら、奴は尻に敷かれっぱなしなんだろうな。


 そう思うと、笑えてくる。



「ねぇ、難しい話は終わった? みんなで鬼ごっこしたいなぁ~」

「ごめんな、ゆるる。そうだな、遊ぼう」

「わーい! じゃあ、みんな呼んでくるね! お~い、美ねぇ、舞ねぇ、心ねぇ!」

「「げっ」」



 俺と花栗は顔を見合わせた。

 レオンはきょとんとしている。


 ……住人が隠れていたのがバレたけど、まあいいか。



「じゃ、じゃあレオン。お前が鬼だ」

「え、待って、よるる――」

「よ~い、ドン!」



 花栗が物凄いスピードで走り出した。俺も慌てて彼女についてゆく。

 後ろを振り返ると……レオンが物凄い遅いスピードで追いかけてくる。


 あんな「完璧人間です」みたいな風貌で、意外と鈍足で間抜けだな。面白い。



「パパ遅~い!」

「パ、パパ……僕はもう、呼んでくれただけで幸――」

「いいから早く来いよ! レオン、お前一生鬼のままだぞ?」

「す、すみません……」



 夕暮れの公園。

 橙に染まる無邪気な笑顔たち。


 俺はここにいるだけで、どうしようもなく幸せだった。


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