第21話 「好きになっちゃったから」

「なめろうにぃ、びしょ濡れになっちゃったよ~」

「今タオル持ってくるから待ってて」



 平日の夕刻。この時間帯は、学校帰りのゆるるがうちに遊びに来ることが日課となっている。

 今日は朝から強雨が降っていたので、小さな傘をさしていたゆるるはびしょ濡れの状態でうちにやって来た。


 俺は急いで押し入れからバスタオルを持ってきて、ゆるるに差し出した。



「お待たせ。はい、バスタオル」

「ありがとう! なめろうにぃ、ゆるるのこと拭いてくれる?」

「えっ」



 ゆるるは濡れたツインテールをしきりに触りながら、上目遣いでお願いをしてきた。かわいさで俺を陥落させようとしているのか。



「今リボン外すから、わしゃわしゃして欲しいの!」

「でも……」

「うんしょ、うんしょ……ほら、リボン外したよ~」



 ゆるるがリボンを外すと、綺麗な銀髪から雫がしたたり落ちた。先程の愛らしさから一変、かなり大人っぽい雰囲気を醸している。


 きっとあと10年もしたら驚くほど美人に……いや、ゆるるをそういう目で見てはいけない。


 俺はゆるるの視線を遮るように、大きな白いバスタオルを彼女に被せた。



「うわぁぁぁ~! 真っ暗~!」

「して欲しいんでしょ? ほら、わしゃわしゃわしゃ~」

「ふわぁぁぁ~! きゃぁぁぁ~!」



 俺は先程の気持ちを忘れるべく、バスタオルの上からゆるるの髪の毛をわしゃわしゃと拭いた。ゆるるは無邪気にはしゃぎながら喜んでいる。



「どう? 乾いた?」

「うん!」



 俺はするするとバスタオルを取った。すると、寝ぐせのようなぼさぼさ髪のゆるるがにっこりと笑った。


 その愛らしさに目を奪われながら、俺はあることに気づいた。

 

 ゆるるの髪の毛の生え際が僅かに金色なのだ。

 確か花栗の赤髪の生え際は黒だったはず。ということは、父親がハーフ又は外国人なのだろうか? 


 だとしたら、何故わざわざ金髪を銀髪に染めているのだろう?



「なめろうにぃ、どうしたの?」

「あ、いや……なんでもない。それより髪、ぼさぼさだぞ!」

「え~恥ずかしい!」



 ゆるるは慌てて髪を手櫛でとかした。ややあって、元の艶やかな銀髪サラサラヘアーに戻る。 


 「これで変じゃないかなぁ?」と言いながら小首を傾げる仕草もかわいらしかった。



「大丈夫だよ」

「よかったぁ~。今日雨すごかったね。なめろうにぃは何してたの?」



 何をしていたか……家賃の取り立て、とは大人の事情だから言いずらい。



「ゆるるの隣の部屋に行ってたんだよ」

「え、キリイさん⁉ いたの⁉」

「うん、いたんだ」



 ゆるるは興味津々という表情をしている。

 好奇心がかき立てられた子どもの瞳はきらきらと輝くんだな。



「ねぇ、どんな人、どんな人?」

「うーん。ゆるるのお母さんくらいの年齢の女性だったよ」

「へー! 何お話したの?」



 なんと答えればいいのだろう。

 今日話したことは家賃について……と、『管理人が初恋の相手』という衝撃の告白。


 俺は今日の午前中にそれを聞いた後、結局硬直してしまって何も訊き返すことが出来なかった。桐井も「今のはなしで……」と言ったっきり口を噤んでしまった。


 かなり重苦しい気まずい空気。

 俺はそれに耐えられず、軽く挨拶をして部屋を出た。


 約50歳も年が離れた男性――果たして、本当に恋愛対象になるのだろうか?

 俺は今日1日そのことばかりを考え、頭が疑問符で埋め尽くされていた。


 そのせいもあって、つい心の声が漏れてしまった。



「かなり年上の人って好きになれるのか……」



 言葉を発してから、まずいと思った。まだ恋愛のこともわからない子どもに変なことを訊いた形になってしまっている。もし花栗にバレたら怒られそうだ。



「ごめん、なんでもな――」

んじゃないよ」



 ゆるるは俺をまっすぐ見つめて即座に答えてくれた。

 やっぱり……そうだよな。かなりの年上なんてそもそも恋愛の対象にもならないのだろう。



んじゃなくて、んだよ」

「……え?」



 なれるんじゃなくてなっちゃう……それは、不可抗力で好きになってしまうということだろうか?



「ママも年上のパパのこと、好きになっちゃったもん。それにね……ゆるるも、なめろうにぃのこと、好きになっちゃったから」



 ゆるるの視線はまっすぐで、純粋で、輝いていて。

 そんな視線に射抜かれて、俺の心はざわつく。


 まだ小学2年生なのに、俺のことを好きになっちゃった……?


 前にも大好きと言ってくれたけど、それはあくまで人としてという意味合いのはずだと思っていた。


 まさか本当に恋愛感情なのか――



「ゆるるね。最初はなめろうにぃにパパになって欲しかったの」

「う、うん……」

「でもね、今は違うよ」



 ゆるるはそういうと、突然俺に抱きついてきた。

 小さな腕で、俺の腰回りをぎゅっと抱きしめて離さない。


 トクットクッ……と、かわいい鼓動が伝わってくる。

 俺の心臓も共鳴するようにドクッドクッと脈を打つ。


 これは動揺か、感動か、それとも――



「ゆるるね、なめろうにぃのお嫁さんになりたい!」



 上目遣いのゆるるは、いつもよりずっと大人に、そして美しく見えた。

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