第35話 浮気相手
『なめろうを助ける会兼桐井さんとの交流会』
これが今晩の会の名前。そして、場所は心愛の家。彼女がどうしても家から出られないということで、ここになった。
今日も車座になり、ピザや寿司を囲んでいる(相変わらずゆるるの前にはオムライス、花栗の前にはなめろうが置いてある)。
「なめろうにぃ、心ねぇ、ようこそ『コーポ夜桜』へ! かんぱ~い!」
「「かんぱ~い!」」
乾杯の音頭は前回と同じくゆるる。俺も心愛も既に『ようこそ』と言われる立場ではないのでツッコミたいところだが、そんなゆるるに癒されたので訂正するのはやめた。
その後、各自が心愛に向かって自己紹介をすると、場がいい感じに和んできた。
「ゆるるね、新作のカードゲームを考えたの!」
「ゆるるんすごかね~! どんなゲームと?」
「『早抜け★ぶたぬきつねことりゲーム』だよ~!」
ゆるると舞音が本来の目的を忘れて盛り上がっている。すると、花栗が2人をなだめた。
「ゆるる、今日は別の目的があるんだ。ゲームは今度やろう」
「そうだ! なめろうにぃを助けるんだった! あれ、なめろうにぃは何に困ってるの?」
「なめ公はクソ元カノが下劣な――」
「ちょ、よるる、ストップ‼」
「なんだよ、教育に丁度いい題材じゃねぇか」
そんな教育はしなくていい!
花栗には会合に参加してもらうために仕方なく事情を説明したが、さすがにゆるるに俺の事情を聞かれるわけには……。
だが、美葉は『住人全員』にこだわりがあるらしく、ゆるるにも来てもらうしかなかった。
「ゆるるちゃんも気になってるみたいだし、早速なめろうの件について話し合いましょう!」
「「は~い」」
美葉がハキハキと仕切り、舞音とゆるるが元気よく手を上げる。その光景はまるで幼稚園の先生と子どもだ。
「まず最初に、桐井さんにお尋ねしたいことがあります」
「ええ、お役に立てることがあれば」
「なめろうの元カノの許嫁について、わかる範囲で詳しく教えてください」
美葉の言葉に、心愛が困惑した表情を浮かべた。
「そのことに関しては個人情報も含まれているので、本人の許可が――」
「元カノがなめろうにした仕打ち、わかってますか! 職まで失ったんです。緊急事態です」
「ま、まぁ、美葉、落ち着いて……」
「なめろうはいいんですか? 許嫁がいること隠されてて……なめろうが浮気相手だったんですよ?」
「う……」
『浮気相手』。その言葉が心に深く突き刺さった。
2年間、俺は本気で七香に向き合ってきた。それなのに、俺は七香の遊び相手にすぎなかった。その事実に気づけなかった自分があまりにも愚鈍で惨めだ。
だが、流石にもう目が覚めた。七香への幻想は消え、未練も完全に消えている。
この状態であれば、真実を聞いても前のように病んだりはしない。
『コーポ夜桜』に来てから、俺は変わったから。
「心愛さん、もちろん七香の個人情報だということはわかります。でも、彼女は会社に俺の虚偽の個人情報を流したんです。そしてこちらからの連絡は断固拒否。これでは真実を知る術がありません。どうか、お願いします」
俺は、この件で初めて自分から行動を起こした。自分の口から真実の開示を求めた。
「……そうですね。彼女のしたことは確かに非人道的です。正直ナナちゃんがそんなことをするとは思えませんが……」
「なぁ、さっきから聞いてりゃ、随分ナなんちゃらを擁護してねぇか? あたしらはなめ公を助ける目的で集まってんだぞ。大事なのは印象じゃなくて事実だろ。いくらクソ女の外面が良くても、中身はクソなんだから」
花栗が心愛にジト目を向けると、珍しく心愛が身震いをした。どうやら怖がっているらしい。
……無理もない。俺も最初は花栗のことがめちゃめちゃ怖かったから。
でも、花栗はいい奴だ。そんな彼女だからこそ、『大事なのは印象じゃなくて事実』という言葉に説得力が生まれる。
「わ、わかりました……お伝えします。ただ、ひとつ誤解していただきたくないのは、私は決してナナちゃん寄りなのではなく、あくまで中立の立場でお話してただけなんです。私、なめろうさんに恋をしようとしているくらいなので、決してアンチではありません」
「「「「はい⁉」」」」
心愛の爆弾発言に、俺以外の全員が甲高い声をあげた。美葉に至っては、開いた口が永遠に塞がらないのではと心配してしまうほどあんぐりとしている。
心愛、なんてことを……俺は冷汗がだらだら出て止まらない。
「では、ナナちゃんについてですが――」
「な、なめしゃんに恋ってどげんこと?」
舞音がなぜか両手で顔をおさえ、大きな瞳が飛び出てしまうくらいに瞠目している。
「私、新しい恋にチャレンジしたいんです。だから、優しくしてくださったなめろうさんを好きになろうとしています」
「桐井さん、おじいちゃんが好きって言ってたじゃないですか!」
「完全にフラれてしまったので……でも、なめろうさんは了承してくださってます。そちらも込みで私と向き合ってくださっています」
『私と向き合ってくださってます』⁉
確かに人としてはそのつもりだけど、この文脈だと恋愛としてだと誤解されかねない。
……そして案の定、勘違いをしている方々が4名。ジト目を一斉に向けないでくれ!
俺は必死で首を横にぶんぶんと振った。
しかし心愛はこの場の異変に気付かず、話を進め始めた。
「では、ナナちゃんのお話をさせていただきます。彼女の許嫁は中学の時に決まりました。『ココナナッツ』が解散した主な原因でもあります」
心愛の発言に、一同が耳を傾けた。
なんとか疑いの眼差しを回避できて良かった……。
それにしても、そんなに昔から許嫁なのか。それじゃあ、俺が遊び相手だというのは確定だな。
「へー、桐井はアイドルだったんだな。見えないな~」
「はい、親が勝手に事務所に入れただけですし、誹謗中傷に苦しんでいたので自分ではあまりアイドルという自覚はなかったのですが」
「なんだ、苦労してんだな。今は何してんだ?」
「漫画家です。『湯吞みゃあ』を描いています」
「『湯吞みゃあ』! ゆるる、大好き~。今度絵を描いて~!」
「いいですよ。そちらの棚に単行本があるので、よろしければ読んでください」
ゆるるが「やったー!」といいながら一目散に棚に駆け寄った。早速漫画を読み始めるあたり、子どもっぽくてかわいい。
そして先程までの不穏な空気が一気に霧散した。
やはり『コーポ夜桜』の住人は喧嘩も多い反面、すぐに仲を深められるんだな。
「では話を戻します。何故『ココナナッツ』を解散するにまで至ったかというと、許嫁相手が御曹司だったからです」
「お、おんみょうじ? それはなにと?」
「お金持ちのご子息のことです。代々大企業の社長を務めてらっしゃるようです。そしてナナちゃんもご令嬢なので……個人情報を保護する目的で解散しました」
「ご、ごれいぜん?」
七香がお金持ちであることは何となくわかっていたけど、まさか許嫁ができるほどの名家だったなんて……。
俺なんか、最初から論外だったんだな。
「桐井さん、その方が誰か知ってるんですか?」
「お名前までは聞いていません……ただ、企業名は存じています」
「どこですか?」
身を乗り出して尋ねる美葉、また困惑の表情を浮かべる心愛。
「こちらは週刊誌にも追われてる内容なので、内密にお願いします。どうやら許嫁の事実は公表していないようですので」
「もちろんです」
心愛はゆっくりとお茶をすすり、ややあってから口を開いた。
「ナナちゃんの許嫁の相手は、株式会社エレクトリマ社長のご子息です」
……どうしようもない、虚脱感。
だが、全てが繋がった気がした。
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