21話



      §      §      §



 合図と共に結紀ゆうきたち全速力で突っ込んだ。


 ――このまま物量で無理やりにでも押し込む!


 一点突破、脇目を振らずの一直線。一瞬にして引き伸ばされた視界が、昧弥たちに向かって針の穴のように収縮していく。


 その意図は単純明快で、昧弥まいやたちから見ても無鉄砲と言えるものだった。だが、それ故にに物を言わせた速攻というのは対処が難しい。


 それは、罠を張るなど備えるための時間がない場合、特に顕著になる。


 ……常識の通じる相手ならば、だが。



「――あっ、やば。



 まるで家から出て鍵をかけ、背を向けた瞬間に電気を切り忘れたのに気づいたような反応だった。

 ユクの視界には、吹き飛ばされる自分たちの姿が重なって映っていた。


 何か考えるよりも早く、は一斉に防御体制を取っていた。


 ――ドゴォッ!!



「ぐぅっ、あ゛ぁあああ――ぁ……!?」



 鈍い打撃音と三人の悲鳴が重なって響いた。


 まるで惜しむかのような余韻を残して遠ざかっていく声を、昧弥まいや殻木からきは微動だにせず見送った。


 唯一ダニアだけが、いつの間に移動したのか、両者の中間で回転の勢いで翻ったスカートを摘み、流れのまま主人へ向けてカーテシーで頭を垂れていた。



「それでは、わたくしは迷い込んでしまったお客様のお相手をして参ります。ご主人様はお気の済むまで、ごゆるりとお楽しみくださいませ」


「ああ。そちらも粗相のないよう、丁重にお相手して差し上げろ」


「存分に――。それでは、失礼致します」



 もう一度スカートが翻ったかと思った瞬間には、ダニアはその場から消えていた。



「――んんじゃ~まぁ、邪魔なもんいなくなったことだし……オレたちはオレたちで、楽しんじゃいますかぁ? な~ぁ、昧弥ちゃぁ~ん」



 その瞬間を待ち侘びていたかのように、殻木からきはポケットに手を突っ込んだ姿勢のまま無遠慮に一歩を踏みだした。


 下卑た笑みを貼りつけ、狡猾に詰めてくる蛇のような男を、昧弥は変わらず、尊大に構えて迎える。



「――いいだろう。獣に相応しい歩き方を思いださせてやろう、下作が」



 煙管の先で紙巻の火種がヂリッと焦げた。



      §      §      §



 人間大砲よろしく、三人は空中を凄まじいスピードでかっ飛んだ。


 ただし、斜め上方に向かって飛ばされたおかげか、樹々や地面に叩きつけられることなく、大したダメージになっていないのだけが救いと言えば救いか……。


 ――だけどその分、殻木から大分離されたッ!


 武装など持ち込んでいないため、体を何かに繋ぎ止めることも難しいうえ、自分たちの業では空中で軌道を変えることは難しい――自分たちならば、だが。



人工精霊タルパァッ!」


人工精霊タルパ



 ユクとココの声が競うように重なって響いた。同時に、言葉を契機トリガーにして異形の人型が、まるで初めからそこにあったかのように現れる。



「ココ! ユーキを!」


「やってる」



 言葉で合図など送らずとも、三人はそれぞれ自分がやるべきことを実行していた。


 ユクから現れた大小様々な腕を幾本も生やした三メートル近い巨漢が、足元を通った木の幹を引っ掴む。

 それと同時にユク本人がココの足首をがっしりと掴み、ココの人工精霊タルパから伸びる無数の血管のような触手が結紀を巻き取った。



「場所はどうすんの!?」


「開けた場所で人数に任せて囲んで叩く!」


「堅実良計」



 交わす言葉は最小に、それぞれの思惑を共有する。


 それに呼応して、ユクの人工精霊タルパが自身から伸びる鎖を掴み、力任せに全員を開けた場所へとぶん投げた。



「ユク! 着地を頼む!」


「おっ任せぇ~!!」



 鎖に引っ張られるようについてきていたユクの人工精霊タルパがもう一度鎖を引っ張って三人を引き寄せると、多腕を逆さにした傘のように広げて全員を包んだ。


 一瞬の浮遊感――すぐにドンッという鈍い着地音が響き、続いてガリガリと地面を削る音が鳴り、振動が治まった。


 着地した三人はすぐに、ユクを先頭にして一列に並んだ隊列を組み、両脇に人工精霊タルパを展開した陣形を完成させた。



「でもさぁ、さっきも完全にスピード負けしてたけど、これでいいの?」



 どこから襲撃されても即応できるように周囲に視線を走らせながら、ユクは脳裏にこびりついた先ほどの一撃を思い返す。


 固まっていたわけでもない自分たちが、としか感じられないタイミングで蹴り飛ばされていた――しかも


 それだけで、自分たちとあのメイドとの間に、絶望的な戦力差があるのを痛感させられていた。



「大丈夫……とは言えないけど、これしかない。あの機動力で木を盾にしながら錯乱されたら、それこそ何が起こったかも分からないうちに全滅だ。

 それならお互いをカバーできて、相手も隠れる場所のない空地ここの方が、まだ目がある」


「なるほどねぇ~。あとはあっちが、どんだける気なのかって話だけど……そこら辺どうなの? ココ」



 ユクの問いかけに、ガリッと歯を噛み締める音が返ってきた。


 普段の平坦な様子からは考えられないそれは、これ以上ない侮蔑に晒されて軋みを上げた、魂の憤怒だった。



「……殺意無根。あれは完全に――遊んでる」


「然様にございます」



 またしても、三人の誰一人に気づかせることなく現れたダニアは、客人を案内するような物腰の柔らかさで、緩やかな笑みを浮かべていた。



わたくしが仰せつかったのは、ご主人様があちらの方でご用事を済ましている間の皆様のお相手。間違っても殺すようなことはございません。どうぞご安心を」



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