17話
§ § §
昼時ともなれば、問題児しかいないようなこの学園でも、いささかの和やかさというものがでてくる。
それが表向きだけとはいえ、比較的優等な生徒たちが集まるAクラスともなればなおのこと。
講義終了のチャイムが鳴ったのに合わせて、生徒たちは席から立ち上がり各々行動を開始する。
食堂に向かう者、本を取りだして広げる者、様々だ。
そんな穏やかな空気が流れる教室に、脳ミソを酷使しすぎて擦り切れた感じの咆哮が響き渡った。
「あ゛ぁ~……やぁっっっと終わったぁーー!!」
万感を込めた叫びと共に、ユクは全身から力が抜いて机にだらしなく体を預けた。
口の端から、魂のような、
だがまぁ見えるだけできっと気のせいに違いない、ということにして
「お疲れ様。昼どうする? 久しぶりに外に行く?」
「んん~? そうだなぁ~、アタシは……」
「甘味所望、迅速即応。エネルギー欠乏間近」
「あっ、ちょっ!?」
だらけ切って間延びしたユクの言葉をココの力強い要望が断ち切った。
さすがにそれを傍観しているほど腑抜けてはいなかったのか、ユクはガタッと音を立てて椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、何食わぬ顔で結紀に腕に擦り寄っていたココに詰め寄った。
「ちょっとココ! ユーキはアンタじゃなくてアタシに訊いたんだから! 割り込んでこないでよッ!」
「優柔不断、油断大敵。だらけているココが悪い」
「なんだとぉー!?」
ぎゃあぎゃあと早速じゃれだした二人に、結紀は苦笑を深めて仲裁に入る。
「まぁまぁ。それなら色々と頼めるファミレス系に行く、っていうのでどうかな? 俺もこれが食べたいっていうのまだ決まってないし、メニューでも見ながら考えてればそれぞれ食べたい物が――」
「――た、大変だぁ!!!」
ぬるま湯のような空気に誰もが頬を緩める正午――その
和やかな空気は呆気なく消し飛んでいた。教室に残っていた生徒たちは驚きに目を丸くしながら、悲鳴の主に視線を向ける。
肩で荒く呼吸をしながら、切れ切れの息の隙間から言葉を吐きだそうと喘いでいたのは、クラス委員長の
「はぁはぁっ、んぐっ……い、今、か、
なんとかそれだけ絞りだすと、枝薙は力を使い果たしてその場に崩れ落ちた。
「え、枝薙!」
結紀は慌てて近づくと、四つん這いで顔を伏せたまま未だに荒く乱れる息を吐く枝薙を助け起こそうと肩に手を添えた。
「大丈夫か!? 一旦落ち着いて、何がどうなって……」
「……ご……さい…」
「なんだ? どうしたんだ?」
「ごめんなさい……ッ! 僕の、僕のせいだ! 僕がもっと慎重に行動してれば、こんなことにはッ!」
添えた腕に縋りつき、体をよじ登るように迫ってきた枝薙に驚きながらも結紀はその小さな痩躯を支えた。
耐えていた痛みが弾けるように持ち上がった顔は、くしゃくしゃに崩れながら汗とも涙ともつかない雫を滴らせていた。
「……まずは呼吸を整えよう」
その青白く悲痛に染まった顔に、結紀は静かに語りかけながら、落ち着くようにとその背をさすってやる。と同時に、弱く、最小の力で
すると、先ほどまで身を切られるような焦燥と、肺が引き攣るような自責の念が、波が引くように静まっていった。
「――ッ!? こ、これって……?」
「安心していい、俺の業だ。詳細は話せないけど、少しは楽になったんじゃないか?」
そう微笑んでみせた結紀の顔を、枝薙は丸く見開いた目で凝視して息を呑んだ。
自分の業を知られることの危険性。それを押してまで自分の身を案じてくれたことに驚き、そしてそれ以上に活力が湧いてきた。
枝薙は胸に手を当て、目を瞑り、大きく三度深呼吸をした。
「――はぁ~ぁ。……うん、もう大丈夫。ありがと……それとごめん。心配かけて」
「気にしないでいい。友人が辛そうにしてるんだ、手助けぐらいいくらでもするさ」
快活にそう言い切ってみせる結紀に、枝薙はこの得難い友人の在り様に深く感謝した。だからこそ、自分も明るく笑っていることにした。
「それで、どうして殻木はそんな無謀を? 彼女の危険性は十分に伝えたんだろ?」
一転して、笑みを引っ込めた結紀が真剣な面持ちで尋ねてくるのに、枝薙は慌てて頷いて返すと、気を引き締めて続けた。
「ああ、間違いなく伝えたよ。直接ね……っていうのも、彼がDクラスの生徒と関係を持ってるって噂を耳にしてたからなんだ。ただ、その……」
「なんだ?」
視線を教室に残っている他の生徒たちへチラリと一瞬だけ流し、言葉が詰まった枝薙に、結紀は若干顔を寄せながら続きを促した。
その意図を察し、自分も顔を寄せると、他に聞こえないように続きを囁いた。
「……その関係っていうのがさ、あまりいいものじゃなかったみたいなんだ。その、カツアゲとか、それ以上に危ないこととか、色々……。
殻木君自身も結構後ろ暗い噂が絶えなかったし、もしかしたらDクラスに探られたくないことがあったのかも」
「それで、お前から話を聞いて、居ても立っても居られなくなって、彼女を排除するために実力行使に打って出た、と?」
「……たぶん」
そこで言葉は切れ、二人の間に沈黙が流れた。
結紀は聞いた話を頭の中で整理しながら、次に自分が打つべき一手は何か、自身の中に沈んでいくように逡巡する。
床の一点を見つめたまま押し黙ったその横顔を、枝薙は不安に揺れる瞳で上目遣いに見つめていた。
「――仕方ない、か」
数秒の間に降り積もった沈黙を払うように、徐に結紀は決意を口にした。
「――俺もその闘禅に出よう」
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