19話


 確かな反抗の意思を瞳に宿し、こちらをまっすぐに見つめてくる視線を正面から受けながら、昧弥まいやは先ほどから自分の中で渦巻く思考と向き合っていた。


 即ち――何故なにゆえあの三人が、だ。


 特にその中心にいる少年――結紀ゆうきに関しては見過ごせなかった。


 足を組んで背もたれに体を預け、肺に溜まった紫煙と共に余計な思考を吐きだす。すると、世界は灰を被ったように色褪せ、自分以外のすべてが刻むべき時を見失う。


 思考だけが果てしなく加速していき、昧弥は一刹那の間に永劫となった思念の海に没入していった。


 仮説が泡となって浮かんでは、これと形が定まる前に弾けて消える。


 しかし、どれだけ思考を重ねても、現状ここに並んだ情報では真相こたえに辿り着くことはできないことを、海の底に折り重なった仮説の残骸が示していた。


 ――だが、だからといって捨て置ける問題でもない。


 Dの面々にしたような、人格が変形するほど強力なモノではなかった。だが、確かに三人は自身の業に呑まれていた。それは間違いない。


 結紀に至っては、決定的な一撃は寸でのところ止められたとはいっても、人工精霊タルパに、つまりは剥きだしの精神に、痛烈な傷痕が刻まれたはずだ。


 だというのに彼らは立っている。

 ばかりか、再度自身に向かってこようとしている。


 素直にその精神性ありかたを賞賛してやりたいところだが、それもない。

 なぜなら、自身の業はたった数日の内に持ち直せるような生易しいものではない。


 むしろ一度でもその身に受けたのなら、滅びのその時まで、永遠に続く懊悩煩悶おうのうはんもんを伴侶とする……そういう類の地獄だ。


 ――ならばこれも、常軌まっとうではないのだろう。


 考えるまでもなく、物質的な医療ではない業を使用した外法による処置。だが、現状が業によるものだとするならば、考えれば考えただけ可能性が生まれてくる。


 だとすれば、これも無用な思考だ。


 ――今は捨て置くしかない、か……仕方あるまい。


 つまり、今、考えるべきは――。



「ダーニャ」


「はい」



 主人からの呼びかけに従者メイドは即応する。


 背後に控える腹心からの返答に、昧弥は振り返ることなく、半分ほどになっていた紙巻を残らず灰に変え、一際大きく紫煙を吐きながら命を下す。



「三人の相手はお前に任せる」



 主人からの命令コマンダに、否応などあるはずもなく、ダニアはカーテシーで低頭し、主人の望みを体現すべく全霊を捧げる。



調理法ルセットはいかがいたしましょう?」


ミ・キュイ生かさず、殺さずだ。――存分に遊んでやれ」


御心のままにイエス ユア オース



 昧弥が立ち上がり、羽織を靡かせて前に出る。ダニアはスカートを翻し、主人の一歩を後ろに控えて続く。



 ――賽は投げられた。



 これより、ここは真の意味でと化す。


 行われるは悪鬼羅刹をも震撼せしめる、悪逆非道の蹂躙凌轢さつりくげき

 さりとて主従に特別な感慨はなく、その悪辣こそ尋常であると、その在り様で語っていた。



『――双方、支度は済んだと判断します』



 どこからともなく無機質なアナウンスが流れる。その声は確かに人のものであるのにどこか機械的で、用件だけを無機質に伝える。



『時間は十五分。修了条件は定めた時間の経過、もしくは、どちらかの陣営の全員が、修行の続行が不可能な状態になるかの二つです』



 アナウンスを聞きながら、結紀たちは視線を前に固定し、どのようなタイミングで始まろうともすぐに反応できるように備える。


 昧弥たちのやり取りは聞こえていただけに、自分たちを分断しようとするだろうことは予想できていた。

 しかし、結紀たちの目的は殻木の救出にある。離されてしまっては、それが難しくなることなど考えるまでもない。


 では、どうするか?


 ――開幕と同時の速攻で分断させる間を作らせない!


 その思考はココの業を通して二人に伝わり、意図を察したユクとココは、それぞれ挑戦的な笑みと静かな闘志を滾らせた。



『何か質疑があれば、今行ってください。闘禅とうぜんは、条件が満たされた場合を除き、中断も外からの手出しも許されません』



 アナウンスからの最後通告が響き渡る。



「俺は大丈夫です」


「さぁあっさと初めてくれぇ~」



 昧弥は口を開かず、無言で先に進めるように促す。

 三者三様に無用と断じ、意識を戦闘にのみ集中させていく。


 にべもなく切り捨てられたにもかかわらず、それを気にした様子もなく、アナウンスはやはり無機質なまま続けた。



『では、各々名乗りを』



 その言葉に、結紀たちは勇んで一歩前に踏みだした。



「Aクラス、名子残結紀なこごりゆうきです」


「ユーキとおんなじAクラスのユクでぇ~すッ!」


「前同。Aクラス、ココ」



 競うように名乗りを上げた三人の背後で、殻木がポケットに手を突っ込み、大型の肉食獣のように上体を丸めて、下から抉るように昧弥を睨み据えて静かに告げる。



「――殻木括からきくくる



 その声に滲むのは覚悟か、はたまた愉悦か――確かなことは、すでに後戻りはあり得ないということだった。



堺昧弥さかいまいや


瓜月うりつきダニアにございます」



 昧弥は煙管キセルに右手に持って浅く腕組みながら、ダニアは略式のカーテシーを行いながら、それぞれ簡潔に名乗りを終わらせる。



『照会――完了。全員のデータとリンクが取れました。それでは――』



 僅かな間、その一瞬が永遠と感じる緊張に、空気が切れる寸前の糸のように張り詰め――、



『闘禅――始め』



 ――弾けた。


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