20話



      §      §      §



「なぜ誰も止めなかった!?」



 道祖みちのやの声は怒りと焦りに掠れていた。

 怒りのあまり息は荒く乱れ、深くしわの寄る尖った目からは殺意すら感じられるほどだった。



「……逆にお訊きます、学園長。なぜ止める必要があるのですか?」


「なぜだと!? 堺昧弥さかいまいやの危険性をあれだけ説明しただろう! 何かあってから遅い、いや何が起こるかすら予想が――」


「――だからこそでしょう」



 しかし同等に、いやそれ以上に、対峙している観測・研究員たちの目にも静かな怒りが満ちていた。


 その無機質でありながら、疑いようのない反抗の意思を感じさせる声音に、道祖は気圧されて言葉に詰まった。



「学園長。貴女がここを『学び舎』などと呼び、覚者かくしゃたちを未来ある若者、生徒のように扱いたがるのは勝手ですが――ここは研究機関です。

 そして彼らはManasマナスを解明するための被験者であり……実験体モルモットです」



 まるでガラス玉のような目に良心の呵責かしゃくは見られない。彼らは本気で、覚者のことを実験用の消耗品としか考えていなかった。


 しかし、道祖も自分に味方がいないことなど先刻承知している。

 そして、彼らが言うように学園ここがそういう場所だということも……。


 だからこそ引くことはできない、自身が最後の防護壁なのだ。



「……ああ、お前らの主張も間違っていない。だが、被験者をいたずらに危険に晒し、数が少なくなってしまっては本末転倒だ。この闘禅とうぜんはその可能性が大きすぎる。今すぐ緊急システムを作動して中止しろ」



 引き下がらない道祖に、観測・研究員たちの代表は首を横に振り、あからさまに溜息を吐いてみせた。


 まるで出来の悪い生徒のテスト結果を目の前で確認する教師のような、隠そうともしない侮蔑の態度は、彼らの道祖への評価がそのまま表れていた。



「いいえ、それも不要です」


「なッ!? 何を馬鹿な! ここの覚者が増えていることは事実だが、国全体の人口から見た割合ではごく少数! 消耗品として扱っていいわけが」


「無益な消耗ではありません。最大限活用し、有益な結果を導きだす。そのために我々がいます。特に堺昧弥の研究は急務です。

 彼女が今までの覚者には見られない、なんらかの特異性を持っていることは疑いようがない。それを解明し、他の覚者と比較、検証できれば、そこからもたらされる利益は計り知れない」



 あくまでも実験を優先するその姿は、まさに人間の悪性を象徴するようだった。


 ぞわっと背筋を走る寒気に怯みそうになりながら、道祖はなおも食い下がる。



「そのためなら他の覚者が死んでもいいと言うのかッ!?」


「ええ。そのために必要な実験材料です」



 しかし、どれだけ訴えようと彼らの態度は一向に変わらない。


 それどころか、自分たちの正当性を微塵も疑うこともない様子は、この場での悪は道祖の方であると、言外に突きつけてきていた。



「加えて、貴女の言うように堺昧弥の危険性を周知させるなら、なおさら有益でしょう。この闘禅は他の覚者たちにも公開されていますから。

 我々としても目の届かないところで勝手をされて、データが取れないようなことは避けたいですからね」



 これで話は終わりだと言葉を切り、研究者たちは各々の作業に戻っていく。

 取り残された道祖は、唇を噛み締めるだけで動くことができなかった。


 その様子に何を思ったのか、代表はふと足を止め、背を向けたまま世間話をするような軽さで声をかけた。



「ああ、変なことは考えないでくださいね? すでに結界は作動していますから、いくら貴女でも割って入るのは不可能ですよ。大人しくしていてください」


「――ッ!! 分かっている!」


「そうですか。なら良かった、私たちも自分の仕事に集中したいので」



 そう言い残し、今度こそ道祖をその場に捨て置いて、誰一人として気にかけることはなくなった。


 何もできることはない――その自分の矮小さを呪いながら、道祖は今まさに闘禅殺し合いが始まった地下を映すモニターを縋るような視線で見つめた。



「……頼む。誰も死んでくれるなよ」



 その言葉がどこにも届かないことを、誰よりも道祖が知っていた――。


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