12話
ぬるっと意識の隙間に滑り込むような動きで、
額を突き合わせながら誘うような声で囁き、周囲からは見えないように懐にある透明の小袋を見せた。
「ぅっ……ぁ……ぁあ……!」
それを目にした瞬間、
――中には青褪めた色の結晶が入っていた。
そのわずかに青みを帯び、くすんだ欠片がなんなのか、説明されるまでもない。
つい数日前まで、小腹を満たすような気軽さでさんざん使っていたのだから……。
自分が一回りも二回りも大きくなって、この世のすべてを思い通りにできるとさえ思える万能感も、脳髄に蜜を流し込まれるような痺れるほどの多幸感も、
――すべて、骨身に、血肉に、染みついている。
小貫の瞳に熱に浮かされたような欲が蠢くのを確かに感じとり、殻木はニチャッと粘り気のある笑みを浮かべた。
――そうだろう。忘れらんねぇえよなぁ?
そう、一度でも手を出してしまったら止められるはずがない。
本人がどれだけ強く意思を持とうとも、肉体がその味を覚えてしまっている。これのためなら、自分も他人も簡単に売り渡せるほどに。
楔のように深く打たれた刷り込みが容易に外れることはない。
それこそ地獄のような苦しみの果てに、ごく一部の運の悪い奴が抜けだせるかどうかといった具合だ。
そして抜けださせないために自分がいるし、抜けだした先に待つのは死のみ。結局のところ、すべての結果は決まり切っていて、こいつらの人生は行き詰っている。
それを確信しているからこそ、殻木は余裕に浸り、調子に乗って言葉を重ね――、
「オレもさ、なんにも持たずにお金貸して~ぇってのわりぃな~って思ったからさ? こうやってちゃぁあんとお
ここんとこやってねぇだろ? 効くぜぇえ? 質も間違いねぇしよぉ。
ほらっ、オレって友達思いだからさーぁ。これくらいはサービス? っていうか当然? みたいな? えひっ――」
「――い、いらない」
「ひゃひゃは…………はぁ?」
――今度こそ、思考が空白に飲み込まれた。
目を点にして見開き、唖然としながら小貫を見つめているが、実際にその目には何も映ってはいない。
今、目の前で起こったあり得ないことを、脳が理解することを拒んでいた。
開いた口が塞がらない殻木から二歩、三歩と離れ、小貫はどこか勝ち誇ったような、それでいて安堵したような笑みを浮かべた。
「そ、そんなものは、もういらないんだ! お前が持ってくるそんなものがなくても、俺はもっといいのを貰える……手に入れられるんだよ!」
興奮が抑えきれないのか、言葉を重ねるたびに小貫の声は大きくなっていった。
肩で息をしながら、震える手をゆっくりと持ち上げていく。
きちんと伸び切らず、中途半端に曲がったままの指は、殻木の眉間を指し示した。
「――お前、もういらねぇんだよ」
その言葉が耳に届くと同時に、殻木はバッと風を切る勢いで周囲を見回した。
――誰もが
Dクラスの半分以上はいた自分の家畜たちが、こちらを見て目と口を愉悦に歪ませながら、抑えきれない嘲弄を滲ませていた。
――何が……どうなってる……?
この段になっても、殻木の思考は止まったままだった。
それほど、この事態はあり得ないことだった。
いくら
むしろ脳や内臓に至るまでタフだからこそ、薬物の濃度も使用頻度も通常の致死量を遥かに超える。
それによりもたらされる薬効は、人間が一生のうちに感じる幸福の数十倍を濃縮して、一瞬で爆裂させるようなもの。
死に戻るような強烈すぎる多幸感。
一度知れば、その泥沼の至福から抜けだすことは解脱するよりも困難、つまりは不可能……な、はずだった。
――それが、いったい何があったらこうなるッ!?
ここは自分の牧場だったはずだ。
それが今、完膚なきまでに破壊されている。
怯え眼でこちらの機嫌を窺い、媚びを売るしかできることのなかった、Dクラスの
かつての主人に、いつまで得意面で間抜けを晒しているのかと、いつまで勘違いをして上から見下ろしている気になっているのかと、嗤っている。
――人間のオレが……
その事実をようやく認め、殻木は脳ミソを直接殴られたような衝撃を受け、思わず手で顔を覆い隠した。
――あり得ない、あっちゃあならないッ!
だが、どれだけ否定しても目の前でそれは起こっている。なら受け入れるほかないだろう。しかし、理解はできても納得とは程遠く、体はこの事態を拒絶するように微かに震えていた。
――いや。落ち着けぇ、オレ。
だからといって、いつまでもこの状況に甘んじているわけにもいかない。
殻木は一瞬だけ瞑目すると、混迷する思考を静めるように小さく息を吐いた。
確かに、この事態は想定外だ。
それでも、その原因はすでに把握している。
殻木は目蓋を開き、視線を教室の後方へ向けた。
ことの一切に興味はないと、優雅に紅茶を傾ける
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