24話



      §      §      §



「――ひっ、ひひ、ひひゃひゃひゃはぁ!」



 愉悦に引き攣った笑声が響いた。



「アンタみたいなバケモンでも、こんだけ淀んでちゃあカルマを読み切んのは手間ぁみてぇえだなぁ、おぉい!」



 視線の先、十メートル前方で爆炎の名残が揺らめいている。

 白くけぶった空気に交じり、紙巻の葉っぱが辺りにぱらぱらと散らばった。


 繰り返し闘禅とうぜんを行ってきた結果なのか……地下ここには業の残滓が色濃く漂っている。


 それに加え、開始前から一帯を業によって覆っていたこと。

 そして、昧弥の意識が殻木からきより結紀ゆうきたちに向かっていたこと。


 様々な要因を見極め、千載一遇の好機を掴んだ奇襲だった。


 これが地上うえであったなら、業を行使した瞬間に察知され、発動前に潰されていただろう。まさに値千金の一撃だった……のだが、



「――私の煙管キセルの火に圧縮した空気を引火させ、急激に膨張、誘爆した……といったところか。ふむ、やはりその業、なかなかに応用が利く」



 煙を手で払いながら出てきた昧弥まいやに、目立った傷はなかった。


 愉悦に口端を吊り上げていた殻木の顔に、再び深いしわが刻まれる。



「チィッ! あんだけモロに食らったってぇのに無傷かよ。マジで人間か怪しくなってきやがったなぁ、あぁ~ぁマジでクソだわ」



 半ば予想していた通りとはいえ実際に目にすると、その強度の人外ぶりに思わず悪態の一つもつきたくなるのは当然だろう。


 歯噛みする殻木に、昧弥は牙を見せつけるような壮絶な笑みを浮かべてゆっくりと踏みだす。



「そう悲観したものでもない。畜生にしては頭を使った方だぞ? くくっ。だがまぁ所詮は畜生による人の真似事。どれだけ知恵を絞ったところで高が知れる。畜生には畜生に相応しい頭の使い方というものがある。そう思わんか?」



 煙管を右手に持ち、浅く腕を組んだ姿勢のまま距離を詰める昧弥。

 くつろいでいるようにさえ見えるその姿勢は、とても脅威には映らない……にもかかわらず、接近した瞬間に首が飛ぶ予見ビジョンが拭えない。


 絶望的な死のプレッシャーが殻木の足を押し下げた。


 ――こえぇ……けどなぁ、オレの業ならそもそも近寄る必要がねぇ!


 殻木は地下ここに足を踏み入れた瞬間から行使し続けている自身の業に、さらなる力を込める。


 その業とは――『観念動力テレキネシス』。


 往々にして『念動力サイコキネシス』と混同されがちだが、その性質は根本からして異なる。


 不可視、不定形の力場を操り、それそのもので他に干渉する念動力サイコキネシスに対して、観念動力テレキネシスは指定した対象にエネルギー、覚者の場合はManasマナスを注ぎ、その存在を操作する。


 純粋なパワーでならば念動力サイコキネシスに軍配が上がることが多いが、観念動力テレキネシスの強みはその特異性にある。


 個々によって異なるが、念動力サイコキネシスでは操作がしづらい、または不可能な水や重力など、様々な対象を操作できる。


 殻木の場合――それは『空気』だった。


 殻木がマナスを注ぎ込んだ空気は、その意に従って気圧の変更や大気組成をある程度操作することもできた。


  つまり、彼にとって自分たちを取り巻くすべては武器であり、自身の周囲にいる人間はすでに腹の中に収めたも同然だった。

 

さすがの昧弥も、その規模での業の行使ができるとは考えていないのだろう。


 故に彼は嗤う、獣の口の中で踊る滑稽さを。確かな強者が、驕り、慢心し、格下に嵌められている、その現実を。



「ひっ、ひひ、ひひゃひゃ! そう言ってくれんなよ~ぉ、昧弥ちゃ~ぁん。それになぁ~……ケダモンが頭ぁ下げんのは、降伏するときだけじゃあねえんだぜぇ?」


「ほう? 興味深いじゃないか、いったいどんな時に頭を下げるというんだ?」



 眉を吊り上げ、大げさに驚いてみせて嘲笑する昧弥に、殻木はクツクツと喉を鳴らして笑い返す。その表情に余裕は微塵もないが、さりとて諦めが滲んでいることもなかった。



「教えてやるよぉ。そりゃあなぁ――獲物に襲いかかる瞬間さ」



 殻木が地面を蹴って大きく飛んで後退する。

 その顔の笑みが俄かに狂相を帯び、禍々しい愉悦に歪む。


 明らかな作意を感じさせる面容――そして、それを見せるということは、すでに仕込みは終わっているということだった。


 ――しかし、それを昧弥はただ悠然と笑い、放置した。



「よかろう。獣らしく無様に足掻いて見せるがいい」



 煙管を担ぐように肩に置き、ただ殻木が繰りだす次なる一手を見守るように眺める。それはもはや余裕ですらない、掌の上の畜生サルを見る眼差しだった。


 明らかに無視できる態度ではない――だが、そうと分かっていても、ここで止める理由は見当たらない。


 殻木は不気味な泡のように腹の底に浮かび上がった不安を無理やり飲み下した。



「――そのしたり面でテメェの墓ぁ飾ってやるよぉ!!!」



 詰まりそうになる言葉を感情で押し流し、殻木は咆哮と共に業を行使、仕込みを起動させた。


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