23話
まるで今日は天気がいいですね、とでも言うような何気なさで発せられた言葉は、簡単に言えば死刑宣告と同義だった。
「勘違いされるのも無理はありませんが――」
「逃げろぉ!!」
――決断は早かった。
少しでもダニアから距離を取れるよう、一秒でも早くここから逃げられるよう。
ことここに至っては作戦など無意味だった。
だが――、
「それは悪手にございます」
「ぐぅッ!?」
「――かはっ」
「あぐ!?」
ものの五秒後には、一纏めになるよう同じ場所に蹴り飛ばされていた。
「
視界の通るここでは、どのようにお逃げになったところで私から逃れることは不可能でございます」
地面に這いつくばる三人を見下ろすダニアは息一つ乱していない。それに対して呼吸が安定しない三人、しかしその呼吸の乱れは疲労によるものではなかった。
『Sクラス』
それは他のクラスとは異なり、同レベルの者たちを一つの教室に纏められるための振り分けではない。
そこに選抜される要件はただ一つ。それは――、
「――厄災」
その厄災を人の形に押し込めたメイドは、ただ嫋やかに微笑んでいた。
「はい、然様にございます。我が身は災厄……
結紀はユクとココを背に庇いながら、一ミリでもダニアから遠ざかるべく、少しずつ、少しずつ後退る。
「しかし、どれだけ大仰に飾り立てたところで
その
ですが……」
「ぐっ!?」
「ユーキッ!?」
「くっ。この……」
しかし、どれだけ注意を払おうと、ダニアの目から逃れられるはずもない。
目の前にいながら腹に突き立てられるまで気づけなかったダニアの蹴りに、結紀は呻きながら後退を止めた。
「核弾頭を隣に置きながら安心しろと言われて、素直に頷ける人間などそういるはずもございませんもの……その反応は正常でございます。ご自身を卑下する必要はございません。むしろ未だに諦めた御様子ないだけで感嘆すべきものです」
「く、はは……お褒めに預かり光栄です、とでも言えばいいのか?」
腹に食い込む足を退けようと藻掻くも、まるで根が生えたように動かない。できることは精々が皮肉るぐらい。
しかしダニアが賞賛したように、結紀の瞳は恐怖に染まりながらも、諦観に暗く陰ることはしていなかった。
その意思の光に、ダニアは眩しそうに目を細めながら笑みを深める。
「ご謙遜を。その意思こそ、何よりも
結紀は卑屈に歪んでいた顔をハッとさせ、すぐに深くしわが刻まれるほど歯噛みした。自身を足蹴にしている者から痛いところを突かれるなど、自分の不甲斐なさに叫びたいほどだった。
「しかし、真に賞賛されるべきは私との実力差に折れないことではございません」
そこ言葉を切り、ダニアは突き刺さっている足を徐に持ち上げた。
ごほごほと咳き込む結紀と、その背を支えるように手を当てる二人の少女を眺めな、ダニアは喜悦に頬を紅潮させながら抑えきれない感情を吐きだした。
「真に賞賛されるべきは――ご主人様の業をその身に受けながら、再びあの方の御前に立つことができたことです!」
天啓を得た信者の如き高揚。腹の底から溢れてくる至福に、ダニアはゾクゾクと背筋を震わせながら高々と声を上げる。
「ご主人様の恐怖は私のような即物的なものではございません! 抗いがたく、人間の根源を侵し、生きとし生けるものを余すことなく、すべて蹂躙する。
極上の――地獄です」
自らの肩を抱きながら、はぁはぁと熱く呼気を乱し、
「――だからこそ、」
その高ぶりがピタリと止まる。
熱に浮かされたように広がっていた灰色の瞳孔が、針のように引き絞られ、冷え冷えとした狂気が滲んでくる。
その冷気に、結紀たちは恐怖とは違う、言いようのない焦燥を感じた。
――ここにいちゃいけない、と。
「貴方方は可能性なのです。あの方が、ご主人様が、さらなる深みへと至るための可能性であり。ご主人様を脅かす、障害となり得る可能性なのです――故に、確かめねばなりません」
しかし、逃げられるはずがない。
すでに定めは裁可され、歯車は動きだしている。
それは結紀たちが抗うことすら、すべて織り込み済みの決定だった。
「あの方が、貴方方をお相手するよう下命されたのも、そのために違いないのですから――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます