22話


 その言葉通り、声音には殺意どころか敵意すら滲んでいなかった。


 それどころか所作の一つひとつに、主人から仰せつかった命令コマンダを忠実に完遂することを己に定めた、忠義と矜持が感じられる。


 それは翻って、結紀ゆうきたちへの敬意にすらなっていた。



「――では。改めまして、お客様方」



 左足が滑るように後方へ引かれ、スカートは広がるように裾を摘まんで持ち上げられる。跪くように曲げられた膝と低く下げられた頭、その美しいカーテシーに目を奪われたのは、もしかしたら彼女の敵だからこそかもしれなかった。



「お初目にかかります。わたくし堺昧弥さかいまいや様の侍女、兼女中頭を務めさせていただいております、瓜月ダニアと申します。以後――」



 しかし、結紀たちも呆けているわけにはいかなかった。


 確認するまでもなく、こちらは格下。馬鹿正直に真正面からやり合っては、相手に触れることすらできない――それを確信している故の不意打ち。


 ダニアが頭を下げたことで視線が切れた瞬間、体勢が戻るのを待つことなく三人は一斉に飛びかかっていた。



「――お見知りおきを」



 それでもなお、服に触れることすらできなかった。


 いつの間に移動したのか、三人の背後で姿勢を正したダニアは下腹部の前で手を重ね、昧弥の背後に控えるときと変わらない立ち姿でそこにあった。



「やっば。マジでんだけど!?」



 結紀たちの眼には攻撃がすり抜けたようにしか映らなかった。


 退路を断つように両サイドの背後から人工精霊タルパを回り込ませ、結紀たちは正面から上中下段に向かってそれぞれ全力で手足を振り抜く。


 ――直撃まで三センチ。


 今から避けようとしても確実にどれかは当たる……いつもなら、その未来図ビジョンがユクの眼に映っているはずだった。



「今の連携はとても良うございました。特に決定打ではなく、当てることに重きを置いたことは高く評価できるでしょう。分を弁えてらっしゃいますね」



 しかし、すべては空しく空を切っただけだった。


 まるでダニアの体をすり抜けていったような感覚。

 達人と呼ばれるような武芸者が、そういった体捌きをするというのは稀に聞く話だが、実際に目の前で実践されると感動なんてする暇もない。


 認識すべき現実が何かすら理解できず、ただ困惑に足が止まる。


 それでも――、



「止まるな!! 攻撃を続けるんだ!」



 それは鼓舞ではなく、自分たちの尻を蹴り飛ばすための叱責、足が竦みそうになった自分への発破ブラフだった。



「その対応も正解でございます。間断なく連携で攻撃を続けることで、わたくしが攻撃に集中する時間を作らせない。

 そしてリーダーからの指示に異議を挟むことなく、即応してみせるチームワーク……ふふ、とても良い信頼関係を築いていらっしゃるご様子。

 眩しいくらい……私、少々当てられてしまいました」



 ダニアは幼子を見守る母のように目を細め、少し赤くなった頬に手を当てて微笑む。しかしそれに構う暇などあるはずもなく、結紀たちは夢中で手足を動かした。



「こなくそぉおお!」


「――ッ!!」



 ユクの人工精霊タルパから、ぼこぼこと泡立つように生えてきた腕が伸び上がり、ダニアの頭上から矢のように降り注ぐ。


 それに呼応して、ココの人工精霊タルパは腕の代わりに生えている触手を、見た目通り毛細血管のように張り巡らせて取り囲む。


 頭上からの数撃ちゃ当たる戦法と、逃れてきたところを絡め捕る置網での追い込み漁。二者択一を迫り、どちらを取っても相手はなんらかの損害を受けざるを得ない、見た目の派手さとは裏腹に堅実な戦術。


 しかし、どれだけ緻密に一手を積み重ねても、その盤ごと引っくり返されたのでは意味がない。



「――少々見縊っていたことをお詫び申し上げます。まさか学園ここで飼いならされた覚者かくしゃが、ここまできちんと戦闘を熟せるとは……」



 腕の連射が止み、巻き上がった砂埃が晴れて見えたのは、腕の密林に囲まれて優雅にスカートを翻すダニアの姿だった。



「……うっざぁ。マジで嫌味にしかなってないんだけど?」


「そんな、滅相もありません。ただ、ここでは覚者を被験体として扱うと窺っていたものですから……私、正直に申しまして、いささか驚いております」


「チッ! それが嫌味だって言ってんの! あの腕の雨ん中で突っ立てたくせに、埃一つ着けてないアンタが何言ったとこで、こっち下に見てんのは変わんないじゃん」


「始終同意」


 肩で息をする二人を見下ろしながら、ダニアは頬に手を当てて困ったように笑う。

 そこに謙遜などという感情はなく、ただ芸を上手にできた犬を誉めたら、なぜか拗ねられてしまったという、純粋な困惑が広がっていた。



「そう仰られますが……皆様は正規の戦闘訓練も積んでおらず、格闘に関しても素人に毛が生えた程度、あくまでも未成年の学生です。

 にもかかわらず、曲がりなりにも実戦の場で、崩れることなく連携をしている。それだけで驚嘆すべきなのですよ?」


「じゃあ、それを汗一つかかないで、遊び半分に凌いでるアンタはなんなのよ!?」



 小首を傾げ、諭すように言葉を重ねるダニアに、我慢ならないと叫びをあげたユクはピンと伸ばした指を突きつけた。



「アンタみたいなバケモンがDクラスとかあり得ない。絶対に詐欺ってる!」



 その言葉に微かに目を丸くしたダニアは、何かに気がついたようにぽんっと掌を打ち合わせた。



「なるほど。それで……どうやら勘違いをなさっているようですね」


「はぁ? 勘違いって何よ?」



 怪訝そうに眉根にしわを寄せるユクとココに、ダニアは笑みを湛えて、これ以上ない絶望を突きつけた。



わたくしのクラスはDではございません――Sという組み分けにございます」


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